149話 〇〇が消えた日2
『さっきから京が言っている彩矢って誰だ?』
健吾にそう言われたとき、僕は健吾が言っている意味を理解出来なかった。
「……ごめん、上手く聞こえなかったから、もう一回言ってくれる?」
だから僕はもう一度健吾に繰り返すように促すと
『だから、彩矢って誰だ? 名前からして女の人だとは思うが……』
健吾はもう一度同じことを言ったんだろうけど、彩矢が誰かだって? ははは……。
「健吾、そういう冗談は要らないから」
今朝から彩矢が全く返事をしてくれなくて、知らない間に少し気が立っていた僕はキツい返しをしてしまったんだけど
『……すまん。本当にわからないんだ。京がそれだけ怒っているってことは、その彩矢って子に俺は会ったことあるってことだよな?』
健吾から返ってきたのは戸惑いの言葉だったんだ。その言葉に少し頭が冷えた僕は
「……本当の、本当にわからないの?」
確認をするためにそう尋ねると
『あぁ』
肯定の言葉が返ってきたんだ。だけど、それでも健吾がまだふざけている可能性を捨てきれない僕は
「それじゃあ、昨日の初詣はどうだったっていうの?」
健吾にそう尋ねたんだ。昨日はずっと僕は彩矢に代わってもらっていたし、健吾にはそのことを説明してフォローしてもらったんだから、昨日の今日の出来事なら健吾も忘れていないはず! そう思って聞いたんだけど、
『昨日って……。ほとんど話せなかったじゃないか』
健吾からは予想外の言葉が返ってきたんだ。そのことに
「えっ……」
思わず言葉を詰まらせていると
『昨日はずっと篠宮さんと服部さんの後ろに隠れていたじゃないか。まぁ、京が一番前を歩いていて、その真後ろに2人が居たから、正確には前に隠れていたって感じだったが……』
健吾は続けて昨日はこうだったと教えてくれたんだけど、僕が真琴や優花ちゃんたちと居た……? いや、確かに一緒に初詣には行ったけど、僕と彩矢が入れ替わっていることが万が一にもバレちゃいけないから健吾の近くにずっと居たのに……。何かがおかしい……。まるで……、最初から彩矢が居ないかのような……。
そう思い至ってしまってから、僕の頭の中はぐちゃぐちゃで何も考えられずにいると
『……京? 大丈夫か?』
暫く何も言い返さなかったこともあって、健吾が心配してそう声を掛けてきたんだけど、
「う、うん。だいじょう……ぶ……」
とだけ答えて、
「健吾ごめん。少し用事を思い出したから電話を切ってもいい?」
今健吾と会話をする余裕が無くなった僕はそう言って、
『いや、全然大丈夫じゃ……』
健吾が何かを言う前に通話の終了ボタンを押したのであった。そしてそのまま携帯の電源をOFFにした僕はベッドに倒れ込み
「ねぇ彩矢? どこに行っちゃったの? まさか本当に……?」
彩矢を知らないという健吾の言葉、そこに嘘を言っているような雰囲気も全くなくて……。本当に嘘をついていないのならば、彩矢は……。そこまで考えたところで、思考を放棄した僕は、逃げるように眠りについたのであった。
~~視点変更~~
「いや、全然大丈夫じゃ……」
明らかに京の様子がおかしいのに、大丈夫なんて言ってくるから、その理由を聞こうとしたんだが、その前に京に電話を切られてしまった。だから俺は掛け直したんだが……
「京のやつ、携帯の電源を切ってやがる」
携帯の電源そのものを切られてしまっていたせいで、繋がらなかったんだ。
「やっぱり『彩矢』……だよなぁ」
京の機嫌が悪くなった原因である彩矢……。それはまず間違いないはずなんだが、心当たりが全くない。
ただ……
「初詣……か……」
京が確認をしてきた初詣。俺の記憶通りのことを伝えたはずなのに、あれから京の様子がおかしくなったからな。そうなると……
「あの初詣に『彩矢』が来ていた……?」
あのとき居たのは、俺に京、小野と空元、後は服部さんと篠宮さんの6人だったはず……。それで結局京を守るように服部さんと篠宮さんが囲ってしまったせいで、ほぼほぼ男子と女子で分かれて行動してしまっていたし。それでも、ずっと一緒に行動していたから、京の言う『彩矢』の登場するタイミングなんてなかったはずなんだ。
「……あぁ、もうっ! わっかんねぇ!!」
京が機嫌を損ねた原因はわかっても、なぜ損ねたのかが全く見当もつかない俺は、頭をガシガシとかいてから、気分転換もかねてリビングに行くと
「健吾、どうしたの?」
丁度母さんが休憩していたようで、俺にそう声を掛けてきたんだ。
「どうしたって、なんで?」
ただ、どうしてそんな声の掛けられ方をされたのかがわからなかった俺はそう聞き返すと、
「普段と様子が違う。一目瞭然」
母さんはそう返してきた。まぁ、釈然としないままこっちに来たからなぁ。ただ、どう説明しようか……。
ただ、今のことをどう言えばいいかが上手くまとまらず、中々言えないでいると
「京ちゃんと喧嘩した?」
先に母さんからそう問いかけてきたんだ。
「いや、喧嘩をしたわけじゃないんだが……」
そう喧嘩はしていない……はずだ。ただ、ちょっとした行き違いのようなものが起きてしまっただけで……。
「なぁ、母さん」
ただ、その原因究明にに行き詰った俺は母さんにそう投げかけ
「何?」
首を傾げながら聞き返してきたのを確認してから
「『彩矢』って子を知っているか?」
と聞いたんだ。
俺は知らないとだけ返ってくるもんだと思っていたんだが、
「……それを京ちゃんに言ったの?」
母さんは目を細め、少し強めに問いかけてきたものだから、
「あ、あぁ。全く聞き覚えがない名前だったし……」
少し言葉を詰まらせながら返すと、母さんは大きくため息をついてから
「馬鹿……」
と呟いたんだ。ただ、大きい呟きだったこともあって、俺の耳にも届いたわけで、
「馬鹿ってなんだよ。馬鹿って」
母さんに詰め寄りながら、そう問いただすと
「詳しくは私からは言えない。それは健吾が自分で見つけなきゃいけないこと」
とだけ返してきたかと思うと、母さんは立ち上がり
「それじゃあ買い物行ってくる。よく考えて。後悔しないためにも」
俺にそう言葉を残して、本当に出て行ってしまったのであった。俺はただそれを茫然と見送ったのであった。




