136話 クリスマスイヴ
今回から冬休み編です。
ここから色々と大きく動き始める……はずです。
「…………」
今は午前8時、朝ご飯の後片付けも終わり、後は健吾が来るのを待つだけなんだけど……
「…………」
僕はせわしなく自分の部屋を動き回りながら、チラリチラリと時計を確認していると
『もう少し落ち着いたらどうですか?』
彩矢から呆れたような声が投げかけられたんだ。その言葉に僕は体の動きをピタリと止めて
「う、うん。そうだよね。僕は待っているだけでいいし……」
と彩矢に返しながらも視線を時計へと送っていると
『まずはその時計を気にするのを止めましょうか』
彩矢は溜息をつきながら僕にそう指摘してきたんだよね。その言葉で僕はようやく視線をピタリと止めて
「わかってはいるんだけどね……」
ハァと息を吐きだしながら昨日の夜のことを思い出していたのであった。
…………
……
『京、明日はどうするのですか?』
明日の準備が出来た頃、彩矢がそう声を掛けてきたんだよね。
「どうするって何を? もう全部準備しちゃったけど……」
だけど、準備が終わった後にどうして聞いてきたのかがわからなかった僕は彩矢にそう聞き返すと
『いえ、準備のことではありません』
と僕の認識が間違っていると指摘し、その後に
『明日の健吾さんとのお出かけのことです』
彩矢は僕にそう問いかけてきたんだ。
「……いつも通り過ごすつもりだよ」
その問いに僕は少し言葉を詰まらしかけたけど、何とか間を開けずに返すことが出来たんだ。だけど
『誤魔化したつもりかもしれませんが、私に対しては無意味なのはわかっていますよね? もう一度だけ聞きます。明日はどうするつもりですか?』
彩矢は容赦なく切り捨てた後、改めて聞いてきたんだ。それに僕は何も返さないでいると
『前にも一度言いましたよね? 自分の気持ちをハッキリとさせてくださいと。今回は運良く健吾さんが誘ってくださいましたが、このままだと次は無いかもしれませんよ? それこそ次は久川さんを誘うかもしれません』
彩矢は続けてそう言ってきたんだ。いつもの小言ならば余計なお世話だと言い返すんだけど、これは2学期の初めに気付きながらも、文化祭やスポーツ大会、定期試験といったイベントで忙しいことを良いことに目を逸らしていたことなだけに、今度は本当にすぐに何かを言い返すことが出来ずに言葉を詰まらせてしまったんだ。それでも何かを言おうと、口を何度か開いて閉じてを繰り返した後
「あはは……。そうかもしれないね……」
口から漏れたのは諦めに近い言葉だったんだ。ただ、その後は結局言葉が続かず、口を閉じてしまったんだ。それから少しした後
『…………少しお尋ね……、いえ、違いますね。京の口から聞きたいのですが、どうして健吾さんとの関係をもう一歩踏み込むことをそれほどまでに躊躇っているのですか?』
彩矢はその沈黙を破るように僕にそう尋ねて来たんだ。
『中学生と高校生では健吾さんへ向ける感情が違うものへと変わっていることは貴方自身が一番わかっているでしょう? それなのに――』
さらに僕が自分の気持ちを誤魔化していることを咎めるように言ってきたんだけど
「わかってるよっ! そんなことっ!!」
僕は彩矢の声を遮るように大声で返したんだ。そして
「……わかってはいるんだよ。夏休みのあの出来事からハッキリと、でも少しずつ変わっていっていることなんて……。でも、僕だよ? 元男の、男なのか女なのかも曖昧な僕が健吾に気持ちを伝えられるわけないじゃない。伝えてしまったら、今の関係すら無くなってしまうんだよ? それだけは嫌なんだ。 それだけは……」
ポツリと今まで心のどこかでは考えていても、決して表には出さなかった気持ちを彩矢へぶつけ、最後に『嫌なんだ……』と心の中で繰り返した僕は、座っていた椅子の背もたれに身を預けたんだ。
思わず彩矢に隠していた気持ちを吐露してしまう結果になってしまったけど、これで彩矢も余計なことは言ってこないだろうと思っていたんだ。だけど
『……くどいですがもう一度だけ言います。京はそれで本当にいいのですか? 今の関係を維持するということは、京以外の女性と健吾さんがお付き合いすることになるんですよ? それを笑って見られるのですか?』
彩矢は僕の思いを無視するかのように再び聞いてきたんだ。
「だってしょうがないじゃない」
それに対して僕はやっぱりあきらめの言葉を呟くように返したんだ。下手な希望を持ってしまって、この気持ちに気付かれてしまうくらいならば、この気持ちに蓋をしてしまえば、誰にも気づかれることなく昔の関係のままだとしても一緒に居られるわけだし……。それにしても、隠し事が下手だと色々な人に散々言われてきた僕でも、本気で隠そうとすれば誰にも気づかれないようすることが出来るってことがわかったことは今後にも活かせそうだね、あはは……。
彩矢に返事をした後、自嘲的な笑いをこぼしていると
『……ちなみにですが、健吾さんの前ではまるで知らないかのような態度を取っていましたが、明日が何の日なのかはわかっているのですか?』
彩矢はさっきまでの険のあるものとは違う、僕の様子を窺うような口調で尋ねて来たんだ。それに僕は
「クリスマスイヴでしょ? さすがに忘れないよ」
淡々と返すと
『やはりそうでしたか……。でしたら、1つだけお願いがあるのですが、いいでしょうか?」
彩矢は僕にお願いがあるって言ってきたんだよね。
「……うん? 何?」
急にお願いとか言われて少し戸惑ったけど、内容を言われないことには判断が出来ない僕は彩矢にそう返すと
『健吾さんのことを諦めるかどうかを決めるのはもう少し、そう、明日が終わるまで待っていただけないでしょうか。別に特別なことをしろとはいいません。ただ、明日の健吾さんとのデートで、脈が本当にないのかどうかを判断して欲しいのです』
彩矢はまるで懇願するかのようにそう言ってきたんだ。僕としては下手な期待を持つくらいならば、最初から見なかったことにしておきたいけど、でも……
「答える前に、僕からも1つだけ聞かせて? 彩矢はどうしてそこまでしようしてくれるの? 言い方が酷いかもしれないけど、彩矢には何のメリットがないよね?」
こうして諦めかかっている僕とは比較にもならないくらい彩矢から必死さを感じた僕は、彩矢の質問に答える前にそう問い返したんだ。すると
『京は私が健吾さんへどのような感情を抱いているのかは知っていますよね?』
彩矢は僕にそう聞き返して来たんだ。
「それは……。……うん」
彩矢と会ったときから、そのことを知っていた僕は彩矢に肯定を返すと
『我儘を言うならば、私が健吾さんの特別になりたいですよ。ですが、私はあの人によって偶然自我を持つことが出来た存在です。とどのつまり、私は貴女の贋作、つまりは不確かな存在なんですよ。貴女も薄々気付いているかもしれませんが、あの人の気まぐれで明日にでも消されてしまう可能性だってあります。しかも京、貴女の同意がなければ表にも出ることさえ出来ないんですよ。そんなどうしようもない私の代わりに、というつもりは毛頭ありませんが、せめてこうして自我がある間に、想いに蓋をしてしまっている貴女の、最も望んだ形で健吾さんと関係を築くことが出来たところを見届けたいのです』
彩矢は今まで秘めていたであろう思いを僕に伝えてくれたんだ。そして
『だからこそ、こうして踏みとどまることを是としている貴女に発破をかけて、もう1歩踏み出して欲しいと思っているのです。どうでしょうか? 明日だけでいいのです。明日だけでも、1歩踏み出していただけないでしょうか』
彩矢は僕に改めてそう言ってきたんだ。それに僕は
「……少しだけだからね?」
彩矢の思いを聞き、心の奥底に閉じ込めていたものが再び広がり始めていたのを感じていた僕は、少しだけならば彩矢の提案に乗ってもいいのかもしれないと彩矢にそう返したんだ。すると
『はい!! それだけでも全然かまいません!!』
彩矢からは嬉しそうな声で返事があったんだ。その返事を聞いてから僕は
「ただ、彩矢にもお願いがあるんだ。もし、僕が1歩踏み込もうとして、色々な意味で僕が耐えきれなくなったときになんだけど……」
……
…………
『……京、大丈夫ですか? そろそろ時間ですよ』
彩矢の言葉で、昨日の彩矢とのやりとりに思いにふけていた僕は我に返って、慌てて時計を確認したんだ。するとまだ約束の時間までもう少しだけ時間があることを確認出来た僕はホッと安堵の息を漏らした後
「うん。大丈夫だよ」
と返したんだ。あの後、服も彩矢の意見を取り入れながら見直し、ほんの少しだけ変えたんだ。普段のものと大して変わらないけど、よく見ると違うくらいなんだけどね。健吾は気づいてくれるかな?
ほんの少しの期待を持ちながら、持ち物などの最後の確認を行っていると、健吾が家に着いたことを知らせるインターホンが鳴ったんだ。それに僕は
『それじゃあ彩矢、約束通り、もしもの場合はお願いね』
と心の中で彩矢に伝えた後、帽子を手に取り、玄関に向かって足を進めたのであった。
書いている最中に、ツールがフリーズにして書き直しになったときの気持ち、プライスレス




