章間㉖ 健吾の場合
「……はぁ」
「そんなに熱海さんのことが気になりますか?」
「えっ!? あ、ご、ごめん!」
俺はまた気が付かない内に溜息をついてしまっていたらしい。久川さんに指摘された俺は慌てて謝ったんだが
「いえ……、中山さんが熱海さんのことをす……関心があるのは十分にわかっていますから……」
俺から視線を逸らした久川さんにそう言われてしまったんだ。折角勇気を出して誘ってくれたのに、俺は何をやっているんだと、俺は頭の後ろをガシガシとかいてから、
「……久川さん、ごめん」
もう一度、今度は頭を下げて謝ったんだ。もちろん頭を下げる前に周りに誰もいないことを確認をしてからだぞ? そうしないと久川さんにも迷惑がかかってしまうし。ただ、久川さんはその確認が出来ていなかったみたいで
「は、早く頭を上げてください!! 誰に見られているかわかったものではありませんし……」
辺りをキョロキョロと見渡しながら俺にそう言ってきたんだ。俺はその言葉を聞いてから頭を上げ
「大丈夫、人がいないことは確認したから」
と久川さんに告げてから、もう一度頭の後ろをかき
「後……、ごめんついでというわけではないんだが、俺ってそんなにわかりやすいか?」
先程久川さんに指摘されたことを確認するためにそう尋ねると
「あ、そうなんですか……。こ、こほん。わかる人にはわかると思いますわよ? 熱海さんが近くにいるときは中山さん、ほぼ常に目で追っていますから。少しでも中山さんのことを知っている人だったら誰でもわかるんじゃないですか? ……当の本人は気付いていないようですが」
久川さんは俺が回りを確認していたことにポカンとした表情を浮かべていたんだが、小さく咳払いをした後俺にそう言ってきたんだ。最後に何か小声で言っていたようだが、それよりも
「てことはクラスの連中には……」
京が俺のクラスに来たりしたときにもそうなっていたってことだよな? だから思わずそう呟くと
「えぇ、ほとんどの方がご存知だと思いますわ。熱海さんが来られたという連絡を受けたのに、扉の方を見るとまだ熱海さんが中山さんを探しているところだったということが何度かあったのではないでしょうか?」
久川さんはそれに頷いてからそう返して来たんだ。やっぱりかと、思い当たる節々を思い出しながら思わずため息をついていたんだが、ふとあることが気になってしまった俺は
「そこまで気付いているならどうして……」
俺に好意を持ってくれているんだ――という言葉を口にする前に久川さんの人差し指で止められてしまったんだ。
「それを聞くのは野暮というものですわ。現状のままでは中山さんが私の気持ちに応えていただける可能性が低いということも十二分に承知しています。ですが、頭でわかっていても心までは納得出来ていないんです。ですのでどうか、もうしばらくの間夢を見させてくださいませ」
もちろん夢のまま終わるつもりはありませんがと久川さんは最後に添えて俺に言ってきたんだ。予想外の真っ直ぐな告白に俺は思わず口をポカンと開けてしまっていると、久川さんはクスリと笑ってから
「今すぐに返事をもらおうとは思っておりませんわ。今も言った通り、色よい返事をもらえるとは思っておりませんもの。念のため確認をさせていただきたいのですが、中山さんはまだ熱海さんとはお付き合いをされていませんよね?」
俺にそう尋ねてきたんだ。人差し指で俺の唇に触れられるくらいの距離に久川さんの顔があることもあり、普段こんなに女子に近づかれることもない俺はギギギともし機械だったら音が出ているんじゃないかと思うくらいゆっくりとだが何とか首を縦に振ると
「でしたらまだチャンスはあると考えていいですわよね? もちろん、中山さんが嫌だとおっしゃればすぐに身を引くつもりですし、熱海さんと正式にお付き合いを始めたという報告をしてくださってもすぐにでも身を引くつもりですわ」
久川さんはそう言ってから、一歩下がったんだ。久川さんが離れてくれたことで、少しだけだが余裕が生まれた俺は
「……俺が言うのも何だが、可能性はほとんど無いぜ?」
下手に希望を持たせて傷つかせるわけにもいかないと思い、久川さんの方をしっかりと向いてそう伝えたんだ。それから俺はふぅと最後の言葉を告げるために1つ息をついてから
「今日はもう別れた方がいいか。もし友達に俺はどうしたのかと聞かれたのなら何とでも言ってくれていいから」
それじゃあと言って俺は久川さんに背を向けようとしたんだが
「えぇ、もちろん存じ上げています。その上で中山さんの心の片隅に私を居させてくださいとお願いしているのです」
その前に久川さんは俺にそう言ってきたんだ。そして俺の動きが止まったのを確認した久川さんは
「今はまだそうとだけでもしていただければ嬉しいですわ。本来ならば中山さんにとって私はあの事件のこともあって、憎む対象にはなれど、逆の対象にはなり得ないはずですもの。それなのにこうして告白に対して絶対的な拒否はなされないだけでも、今の私にとっては十分ですわ」
続けてそう言って微笑んできたんだ。2回も真っ直ぐな気持ちをぶつけられてしまった俺は思わず顔に熱が集中してしまっていることを自覚していると
「なので、今日はこのまま別れるなんてことはしませんわ。中山さんが嫌だとおっしゃるのならば別れますが……」
久川さんは俺にそう聞いてきたんだ。俺は顔に集まった熱を逃がすためにも少し大げさに顔を左右に振ってから
「そ、そんなことはない。約束もしたしな」
久川さんにそう返すと、久川さんは
「なら問題ありませんわね。残り時間も少ないことですし、早く行きましょう」
と言って歩き出してしまい、俺は慌てて追いかけたのであった。
その後、俺のことを何て言ってもいいなんて言ってしまったことから、2人きりでいるときは下の名前で呼んで欲しいと言われたのを何とか逃げ切れたりしたこともあったが、無事に久川さんとの文化祭巡りは過ごすことが出来たのであった。
<健吾の場合 END>
そう言えば健吾に直接気持ちを伝えたことがなかったなと思って入れた話でしたが、
無理矢理すぎた感が否めないお話になってしまいました(・ω・`)




