111話 ダンスの練習 -2学期- 2
前半は京視点
後半は勇輝視点です。
「本当に誰もいないね……。勇輝早速お願い出来……る……?」
真琴に言われた教室に入ると、ご丁寧に机はすでに端に固められていたんだよね。それを教室の中まで入って確認した僕は勇輝の方に振り返ったんだけど、勇輝は入口で立ち止まって何かを小声で呟いていたんだよね。
「……ごを……るんじゃ。べん……じゃなく、他……れる……思って……になるんじゃ」
何を言っているのかを聞き取ろうとしたんだけど、少し距離があったせいで上手く聞き取ることが出来なかったんだ。だから僕は勇輝の方へと少し近づくと、
「よし……。いざ参る」
勇輝はそう言葉を締めたところだったんだよね。だけど、
「えっと、参るってどこへ?」
もう教室の中だし、どこにも行きようがないと思うんだけど……。どういうことなのかがわからずに思わずそう聞き返しちゃったんだ。すると僕が近くまで戻って来ていたことに気が付いていなかったみたいで勇輝は
「え? あっ、きょ、京!?」
今僕が近くにいることに気が付いたみたいで驚きの声を上げて、
「え、えっとじゃな……。聞いておったんかの?」
恐る恐る僕にそう聞いてきたんだよね。
「いや、何か小声で呟いているのが聞こえてきたから戻ってきただけだし、最後しか聞こえてないよ?」
何か都合の悪いことでも言っていたのかなと思いながらも僕は勇輝にそう返したんだ。実際教室が静かなこともあって最後の一言は近づいたおかげで聞こえたけど、それ以外は半分以上聞き取れなかったしね。
そんな僕の返事に勇輝は安心したかのようにと息を1つはいてから、
「ならいいんじゃが……。それよりも、さっきのは少しばかり自己暗示をしていただけじゃよ。京の指導をするのに俺が不甲斐なかったら意味がないからの」
そう言ってきたんだ。実際に踊れるのかを見せる僕ならともかく、勇輝が自己暗示する必要とかないと思うんだけど……。
一体何を自己暗示していたのか聞こうかと思ったんだけど、僕が口を開く前に
「それじゃあ、始めるとしようかの」
勇輝はパンと手を鳴らしてそう言われちゃったんだ。見てもらう立場である僕は勇輝の言葉に逆らうことも出来るはずもなく、開きかけた口を閉じたのであった。
…………
……
「ど、どうだった?」
通しで踊りきった僕は勇輝にそう尋ねたんだ。僕としては問題なく踊れたと思っているんだけど――やっぱりあのクセは出ちゃっていたけど――勇輝から見たらそれ以外にもダメなところがあるかもしれないしね。
勇輝的にはどうだったかなと判断を待っていたんだけど、中々返事がなくてどうしたんだろうと思っていると、勇輝が僕から視線を逸らして明後日の方向を見ていたことに気が付いたんだよね。
「え、えっと……、どうしたの?」
勇輝が見ていた方向を見ても特に何もないことを確認してから勇輝に尋ねたんだ。だけど勇輝はすぐには何も答えてくれなかったんだよね。それでもただじっと勇輝の答えを待ったまま見ていると、
「え、えっとじゃな……」
勇輝は何か戸惑ったような声色でそう話し始めてくれたんだ。口にするのが憚れるようなことみたいで、すごくゆっくりだったけど、そのことに何も言わないで続きを待っていると、
「き、京は今制服じゃろ? それでじゃな……、制服のままで踊っておったからな……」
勇輝は言葉に詰まりながらも続きを言ってくれたんだ。途中で言葉が途切れちゃったけど、それでも十分に勇輝が言おうとしていたことがわかった僕は慌ててスカートを手で押さえ
「み、見たの?」
顔に熱が集まっていることを自覚しながらも勇輝に恐る恐るそう尋ねると、勇輝は両手を目の前で全力で振りながら
「み、見とらん!! 見えそうになったからすぐに視線を逸らしたんじゃ!! ……まぁ、そのせいで京が上手く踊れているかどうか確認出来なかったんじゃがの……」
何がとは言わないけど、見たことに対して否定してきたんだ。動きが大げさだから少し怪しいけど、健吾ならともかく勇輝ならそんな嘘はつかないよね、うん。
もしかしたらということも考えたけど、勇輝ならきっと大丈夫だとそう結論付けたんだ。だけどそれでもやっぱり勇輝に見られたかもしれない可能性は捨てきれないわけで。段々と恥ずかしくなってきた僕は
「そ、そう? えっと、ごめん。ジャージ取ってくる」
と言って、勇輝の返事が来る前に逃げるように教室を出てジャージを取りに言ったんだ。
そしてその後、ジャージを履いてから練習を再開したんだけどお互いに意識してしまってほとんど何も成果を得られず、真琴と優花ちゃんにやっぱりフラグだったかと呆れられてしまったのであった。
~~勇輝視点~~
「覚悟を決めるんじゃ。勉強だけじゃなく、他でも頼れる男だと思ってもらえるようになるんじゃ」
篠宮さんに言われた教室に入り、京が中へと入っていくのを確認してから俺はそう自分に言い聞かせていた。そうじゃ、今回のことをきっかけにして京には他のことも出来るということを知ってもらわねば。服部さんや篠宮さんにきっかけを作ってもらってからしか動けていないことが情けないと言われてしまえばそれまでじゃが、折角もらったチャンスなんじゃ。わざわざ篠宮さんたちがセッティングしてくれたんじゃから邪魔が入ることもないじゃろう。
今日から変わるんじゃと心の中で言い、
「よし……。いざ参る」
決意を言葉に乗せ、教室の中に入ろうと一歩踏み出したところで、
「えっと、参るってどこへ?」
目の前からそんな声がしたんじゃ。
「え? あっ、きょ、京!?」
慌てて声がした方を向くと、先程まで教室の中を見渡していたはずの京が目の前にいたんじゃ。じゃから思わず素っ頓狂な声を上げてしまったんじゃが、もしかしたら自分に言い聞かせていたことも京に聞かれていたかもしれん。そう思うと羞恥で顔に熱が集まりかけたんじゃが、無理矢理抑えつけ、
「え、えっとじゃな……。聞いておったんかの?」
そう内心冷や汗をかきながら京に尋ねると、
「いや、何か小声で呟いているのが聞こえてきたから戻ってきただけだし、最後しか聞こえてないよ?」
そのような返事があったんじゃ。京の様子から見るに、嘘をついているように見えなかった俺はいつの間にか止めていた呼吸を再開するためにも溜まっていた空気をはき出し、
「ならいいんじゃが……。それよりも、さっきのは少しばかり自己暗示をしていただけじゃよ。京の指導をするのに俺が不甲斐なかったら意味がないからの」
京にそう伝えたんじゃ。さすがに内容までは恥ずかしすぎて言えんからの。じゃが、このままでは聞かれかねんと思った俺はパンと手を鳴らしてから
「それじゃあ、始めるとしようかの」
と会話を切って、ダンスを促したのであった。
…………
……
今俺は可能な限り京の方を見ないようにしておる。ダンスを始めるまではよかったんじゃ。前もって俺の携帯に入れていた音源を再生するだけでよかったしの。じゃが、そこからが問題じゃった。京は制服のままじゃったんじゃ。クラスの女子は練習するときにはスカートの下のジャージを履いておるから何ら問題なかったんじゃが、京はそのことを忘れてしまっておったみたいで、スカートとニーソックスの隙間から素肌が見えておる状態なんじゃ。少し遠回りな表現をしてしまっておるが、とどのつまり何が言いたいのかというと、やはりダンスじゃから、ターンとか色々するわけじゃ。じゃからそういったときにアレが見えてしまうのを防ぐためにジャージをスカートの下に履いておる。じゃが、京は今ジャージを履いておらん。だからの、ターンするまではよかったんじゃが、ターンをしたときにその……白いアレが見えてしまったんじゃ。もうそこから俺はすぐに京から視線を外し、見よう見ようとする体を理性でねじ伏せて教室の角を見続けていたんじゃ。すると、
「ど、どうだった?」
という京の声が聞こえたんじゃ。どうやら一通り踊り終わったようじゃが、今京の方を向くとアレのことを意識してしまう自覚があった俺は身動き出来なったんじゃ。そうして体を強張らせている内に、京が俺の様子がおかしいことに気が付いたらしく、
「え、えっと……、どうしたの?」
そう聞いてきたんじゃ。これ以上引き延ばしにすることは出来ないかと俺は覚悟を決めて京の方へと向き、つい視線がスカートの方へと向かってしまいそうになるのを歯を食いしばって止めていると京が俺の方をじっと見ていることに気がついたんじゃ。……明らかに俺の様子がおかしかったものなぁ。素直に謝ってもう一度踊ってもらいたい気もしなくもなかったが、そうすると先程の二の舞になることはわかりきっておるんじゃから、あのことを京に伝えねばならん。さて、どう伝えれば良いかと考えようと思ったんじゃが、今の精神状態ではとてもではないが思いつく気もしなかった俺は
「え、えっとじゃな……」
素直に伝えようと思ったんじゃが、こういうときに限って舌が回らなく、かなりゆっくりとした口調になってしまったんじゃ。何度も止まろうとする舌を無理矢理動かし、
「き、京は今制服じゃろ? それでじゃな……、制服のままで踊っておったからな……」
何とかここまでは伝えることが出来たんじゃ。ここまで言うと京も俺が言いたいことを察したみたいで、スカートを手で押さえ、
「み、見た?」
俺にそう聞いてきたんじゃ。さすがにここも本当のことを言ってしまうと嫌われてしまうかもしれんと思った俺は慌てて両手を前で振りながら、
「み、見とらん!! 見えそうになったからすぐに視線を逸らしたんじゃ!! ……まぁ、そのせいで京が上手く踊れているかどうか確認出来なかったんじゃがの……」
必死で絞り出した言い訳を口にしたんじゃ。このときに白という単語を出さなかった俺は本当によくやったと思う。それはともかく、下手な言い訳じゃったが、京は信じてくれたみたいで追求されることはなかったんじゃ。じゃが、それでもお互いに気まずい空気になってしまい、少しの間何も口に出せずにいたんじゃが、
「そ、そう? えっと、ごめん。ジャージ取ってくる」
と言って教室を飛び出した京を俺は罪悪感を覚えながら見送ったのであった。
その後、ジャージを履いて戻ってきた京とダンスの練習を再開したんじゃが、上手くいくはずもなく、様子を見に来た篠宮さんと服部さんに呆れられてしまったのであった。
……今度京にはお詫びとして何かせんとな。自己満足じゃが、そうでもせんと京に堂々と顔を合わせることが出来なくなってしまいそうじゃ。
練習時間も終わり、京たちと別れた後、俺は京が喜びそうなものを必死で考えたのであった。




