107話 補講とその後
「よぉし、やるぞおまえらぁ」
そう言いながら国語の先生の鳳先生が入ってきたんだ。その声にさっきよりも少しだけ心が落ち着いた僕は顔をあげると、丁度全員席に着いたみたいだったんだよね。鳳先生は僕たちが全員座っているのを確認すると、
「やる前に、あー……、先におまえらに1つ言っておくことがある」
と無精ひげを指でなぞりながらそう言ってきたんだ。作文でマイナス点を取るなってお小言を言われてしまうのかなと少し身構えていると、
「正直すまんかった」
と軽く頭を下げてきたんだ。先生がいきなり頭を下げてきたのもあって、あちこちで戸惑いの声があがっていたんだよね。僕も何で先生が頭を下げたのかがわからずに困惑していると、
「熊谷のやつが……、あー……、校長のやつが急に減点方式のテストを作れと言いだしやがってな。雇われの身である私はどうしても断り切れなかったんだ。一応何とか作文だけってことにはしたんが……。ほんとあの狸はいらないことしか思いつかねぇ」
鳳先生が事情を説明してくれたんだよね。最後は校長先生の愚痴になっていたけど……。それを生徒の前で言って大丈夫なのかなぁ……。少なくても僕は誰にも言いふらすつもりはないけどさ。
そんなことを考えながら、素直な感情を表に出している鳳先生に苦笑いを向けていると、
「それでもまぁ……、説明不足なこともあって今日集まってもらった作文で零点以下を取ったやつがこれだけ集まったわけだ」
また無精ひげを指でなぞりながらそう言っていたんだ。あれ? でも補講って赤点以下の人全員対象だよね? 補講の日が他にも設定されたっていうのも聞かないし……。そんな疑問を頭の中で浮かべていると、
「作文で1点でも取ったやつは無理矢理にでも点数をあげて赤点は回避させてある。めんどくさかったんだが、そうでもしないとこうして集められないからなぁ。ほら、おまえらの周りでもいただろ? 今回は赤点回避出来たとかどうとか騒いでいたやつら。本当に無理矢理点数を上げるのは面倒くさかったんだぞ。マジであの狸、いらない仕事ばっかり増やしやがって……。早く変わらねぇかなぁったく」
鳳先生はそう説明してくれたんだ。そういえばそんなことを言っていた人も居たような居なかったような……。点数がショック過ぎてあのときは周りは見えていなかったからあまり覚えていないけどね……。未だにグチグチと言い方を変えながら校長先生の悪口を呟いている鳳先生に、逆にそれだけよく色々な表現で罵倒できるなと思いながら眺めていると、
「っと、ここで愚痴を言っても仕方がないな。おまえらには早速補講としてテストを受けてもらうんだが……。今から言うことをここにいるやつら以外には絶対に口外しないでくれ。それが約束出来るなら言うんだが、約束できるか?」
暫くして我に返った鳳先生がそう言って僕たちを見渡してきたんだよね。なんだろうと思いながらも僕は頷いて返したんだ。僕以外も全員頷いたり返事したりして、全員が肯定で返したのを確認出来たらしい鳳先生は頷いてから、
「よし。それじゃあ、今からおまえらにはあのときのテストであった作文をもう一度してもらう。点数はあのときの3分の1の20点満点なんだが……」
補講のテスト内容について説明を始めたんだけど、途中で一度区切ってから僕たちをもう一度見渡したんだ。そして、
「この作文において最低点が40点だ。そこからこの作文の点数を加算して、それを今回の実力テストのテストとして評価する」
そんなことを言ってきたんだよね。思わず聞き間違えたかのような採点方法に僕を含めあちこちで声があがると、
「うるせぇ、うるせぇ。あぁ、めんどくせぇ。これはおまえらのためじゃなくて、あの狸への意趣返しだ。だから絶対に他にはしゃべってくれるな。絶対くっそめんどくせぇことになるからな」
鳳先生はワザとらしく片耳を手で塞ぎながらそう言って、僕たちが静かになったのを確認した後に
「ちなみにこの採点方式で文句がいるやつはいるか? もしいるならすぐにこれはやめて通常通りにするんだが」
そう言って僕たちを見回し、
「いなさそうだし早速テストを開始するぞ。おまえらはあれだけ間違えたんだから同じ間違いはするやつはいないだろ? 人間強烈な出来事はそうそう忘れないし、暫くおまえら作文においては大丈夫だろ。もちろん初歩的なミスに関してだけだが」
最後に一言余計なことを言ってニヤリと笑みを浮かべた後に僕たちにテスト用紙を配ったんだよね。そして僕たちに行き渡ったことを確認した鳳先生の開始の合図とともに僕は予想していたよりもかなり簡単になったテストに取り掛かったのであった。
………………
…………
……
「まさかあんな補講になるとはなぁ」
補講が終わり、約束通り健吾と一緒に返っている途中に補講のことを思い返すかのように健吾はそう呟いていたんだよね。
「そうだね。でも本当に助かったよ」
僕もあのテストのことを思い出しながらそう返したんだ。まだ多少引きずっているのもあって少しばかりぎこちないけれど、それでも健吾とまた会話が出来ていることにホッとしていると、
「そうだな。俺も今回相当やらかしていたからかなり助かった」
健吾も同意するように頷いていたんだよね。そこでふと1つの疑問が思い浮かんだ僕は
「そういえば、健吾はどうして補講になったの? あの補講にいたってことは作文で零点以下を取ったってことなんだろうけど……。普段の健吾なら補講になんてならないよね?」
健吾にそう尋ねたんだ。健吾の成績って上位に入っていたはずだし、補講になることなんてないと思っていたしね。だからこそ教室に入ったときにかなりビックリしたもん。一体健吾に何があったんだろうと思いながら健吾の返事を待っていると、
「まぁ……あれだ。少しだけいつもより集中出来なくてな。だから色々と初歩的なミスをしまくって作文が零点だったんだ。だからこそ今回は本当に助かった」
そんな答えが返ってきたんだよね。
「へぇ。健吾でもそんなことあるんだ」
何でもそつなくこなすイメージが強かった僕は健吾でもそんなことがあるんだと思ってクスリと笑みをこぼしていると、
「おまえは俺を何だと思っていたんだよ……。まぁそれはいいや。それよりも京、1つお願いがあるんだがいいか?」
健吾は呆れたような声でそう呟いた後に僕にお願いがあるって言ってきたんだ。
「余程無茶なことじゃなかったら別に大丈夫だけど……、何?」
今回、僕の勘違いで健吾を避けちゃっていたからね。罪滅ぼしってわけじゃないけど、健吾のお願いを1つくらいなら叶えてあげたいかなと思いながらそう聞き返すと、
「あぁ、それは大丈夫……なはずだ。気が向いたときでいいんだが、また弁当を作ってくれないか?」
健吾は少しだけ溜めて、意を決したかのようにそう言ってきたんだよね。思っていたよりも簡単なお願いだったのもあって僕はすぐに返事が出来ないでいると、健吾は何か勘違いしたみたいで、
「ほ、ほら。京も体力がついて自力で自転車通学出来るようになっただろ? 今も現に自力で自転車で帰っているし。だから自転車に乗せる代わりに弁当を作ってもらうって約束が無くなってしまうだろ? だけど、やっぱり京の作った弁当を食いたいからさ。出来ればこれからも作って欲しいんだ。もちろん金を払えっていうなら払うし」
健吾は少し早口になりながらそう言ってきたんだ。その健吾の焦り様に僕はまたクスリと笑いをこぼしてから
「健吾が望むならそれくらいいつでも作るよ。もちろんお金もいらないし」
と返したんだ。すると、
「ほ、ほんとにか!?」
と食い気味に確認してきたから、僕は今度は苦笑を浮かべながら
「少し前までずっとしてきたことだしね。それに健吾も美味しいって言ってくれるから作り甲斐があるしね」
と返したんだよね。すると健吾は「そうか。なら頼むな」と言ってきたから「うん」と返したんだ。それからは特に言葉も無く、ただ2人で自転車を漕いでいると、
「なぁ?」
と健吾が声を投げかけてきたから
「うん? なぁに?」
と返したんだ。すると
「弁当だけじゃなくて……、いや、何でもない」
健吾が何かを言いかけたんだよね。だけど途中で言葉にするのを止めてしまって何を言おうとしたのかがわからなかった僕は
「えー……。途中で止められたら逆に気になるんだけど」
抗議の声を上げたんだ。だけど、
「それはまた今度ってことで。それじゃあ、弁当よろしくな」
丁度僕の家の前に着いてしまい、健吾はそう言い残して帰っちゃったんだよね。
「あっ、ちょっ!? もうっ!!」
と僕が言っているときには健吾の姿も見えなくなってしまい、僕は1つ溜息をついてから家の門をくぐったのであった。
ようやく一歩前進……したはずです。




