97話 始業式②
要望をいただけましたので、京と健吾の関係修復の話についての話を活動報告に載せました。3話構成にする予定なので、途中までとなりますが、よろしければ読んでいただければ幸いです。
また、今回の話は前半は京視点ですが、後半は健吾視点です。
健吾視点が本編ではもう無いとは何だったのか……。
「熱海京、少しよろしいでしょうか?」
後ろからそう声を掛けられた僕は後ろを振り返ったんだ。そこには
「久川さん……」
久川さんがいたんだよね。久川さんは体育祭のときに僕が倒れた原因を作った人らしいんだ。本人からそう言って謝って来たんだよね。あのときはいきなり周りにたくさん人がいる中で急に頭を下げられて本当にビックリしたなぁ。それにしても、どうしたんだろ? 何故かフルネームだし、それに何か鬼気迫るものも感じるし……。久川さんの雰囲気に気圧された僕は最後の方の言葉が小さくなっちゃたけど、名前を返したんだ。すると久川さんがビクッと体を跳ねさせてから纏っていた雰囲気を霧散させ、自嘲の笑みを浮かべながら、
「申し訳ございません。やはりあのときのように私が熱海さんをフルネームで呼ぶと怖いですわよね」
そう言ってきたんだよね。久川さんにフルネームで呼ばれたことあったっけと心の中で思いながらも、久川さんの浮かべている表情を見た僕は慌てて両手を前で振って、
「い、いや。そんなことないよ? ただフルネームで呼ばれることなんて滅多にないから少しビックリしただけで」
久川さんが勘違いしていることについて否定したんだ。僕がもう気にしていないことなんだからもう気に病む必要なんか無いもんね。そう思って言っただけだったんだけど、久川さんは今度はさっきの自嘲した笑みじゃない、穏やかな笑みを浮かべながら、
「やはり熱海さんはお優しいですわ」
と言ってきたんだ。僕が優しいかどうかは別にして、久川さんの勘違いだったって気付かせることが出来てホッとしていると、久川さん「ですが……」と言ってから雰囲気をまた僕を呼び止めたときのようなものへとしていたんだよね。急に雰囲気が元へと戻ったものだから、何も言うことが出来ずに久川さんの様子を窺っていると、久川さんは意を決したように、表情を真剣なものへと変えてから、
「夏休みに入る前に言わさせていただきましたが、やはり私は中山さんを諦めることが出来ませんわ。なので同じ人を好きになったライバルに改めて宣戦布告をさせていただきますわ!」
って言ってきたんだ。……え? 久川さんは何を言っているの……? 同じ人を好きになったって……。僕が……? 健吾を……?
牧野さんからも指摘されたけど、どうしても正面から向き合うことが出来ずに逃げて来た問題を改めて突きつけられてしまったような感覚に陥った僕は何も言い返すことが出来なかったんだ。それでただ久川さんの方を見返していると、久川さんは僕に宣言出来て満足だったみたいで、
「それでは私はこれで。夏休みが終わるまでは最低限のコンタクトしか取らないように自重していましたが、これからは遠慮無く、中山さんに迷惑とならない程度にいかさせていただきますわ。それでは失礼いたしますわ」
と言って、僕に軽く頭を下げてから校舎の中へと入っていったんだよね。だけど、僕はそれを見送る余裕もなく、今まで逃げていた問題について考えていたんだ。
確かに健吾のことは好きか嫌いかって聞かれると好きだけど、それは同性のそれなはずだし。牧野さんにはあんなことを言われたけど、やっぱり僕は男なんだから健吾のことが好きになるなんておかしいもん。だからきっと記憶を失っていたときに健吾に抱いてしまったこの気持ちは間違っているんだ。仮にこの気持ちが間違っていないとしても、伝えてしまったら健吾に気持ち悪がられるに違いないしね。それで今までのように一緒にいられなくなってしまうくらいなら……。いや、そもそもやっぱり僕は男なんだから……。
どれだけ考えても結局同じところに思考が戻ってしまい、僕は健吾と何故か健吾と一緒にいた勇輝に声を掛けられるまでその場で考え続けたのであった。
~~一方その頃~~
「丘神はいるか」
京のクラスに入った俺はそう言いながら教室の中を見渡した。すると
「うん? 中山どうしたんじゃ? こんな朝っぱらからこっちのクラスに来る用事なんてなかろうて。それに京はどうしたんじゃ? 今日も一緒に来たんじゃろ?」
丘神はすぐに見つかり、丘神の方に近づくと丘神はそう言ってきたんだ。俺はそれに
「京とは正門付近で別れたんだ。それよりそれだよ、それ。俺はそれに用事があってお前んとこに来たんだよ」
顔をしかめながらそう返した。すると俺の顔を見た丘神は俺がなぜ丘神のところに来た理由を察したのか、顔をニヤつかせながら
「それってどれじゃよ。ハッキリと口にしてもらわんとわからんのぅ」
ワザとらしくすっとぼけるように言ってきやがったんだ。それに俺は
「嘘つけ。そんな笑みを浮かべながら言われても説得力の欠片もねぇよ」
切り捨てるように言い返すと、
「ははは。まぁ、じゃろうな」
丘神は肩をすくめがらそれを肯定したんだ。
「……おい」
丘神のその態度に、俺は目を細めながら呟くと、
「まぁまぁ。さすがに今のは冗談が過ぎたかの。すまんすまん」
丘神は両手を顔の前で合わせながら謝って来たんだ。
「……自覚してるならやめろよ」
俺はそれに謝るくらいならするなという意味も込めて、顔の表情を変えずにそう言うと、
「いやぁ、すまんすまん。つい……な。それで、中山が俺のところに来た理由はあれじゃろ? 俺と京の呼び方についてじゃろ?」
丘神はもう一度謝ってから俺が京のクラスにまで来た理由はやはりわかっていたようで、確認するように聞いてきたんだ。
「……はぁ。わかっているならなぜ……いや、それはもういい。で? いつからだ」
それに俺はまた言い返そうとしたんだが、それをすると話が進まないと思った俺は言い返すのを自重し、いつからその呼び方になったのかについて尋ねた。すると、
「それは別に言わないといけない義理はないとは思うが……。最初に俺が中山をからかってしもうたからなぁ。まぁ、京の人格が戻ってからとだけ言っておこうかの。それに京が記憶を失っている間は兄貴のせいで中々会わせてくれんかったしのぅ」
最初は渋っていたが、いつからなのかについては教えてくれたんだが、ついでのように京に会うことが妨害されていたってことも言っていたんだ。兄貴って丘神先生のことだよな? なんであの人が丘神が京に会うことを妨害していたんだ?
「は? それってどういう……」
詳しく聞くために聞き返そうとしたんだが、
「……これは少し口を滑らしすぎてしまったかのぅ。まぁ、中山には教えたくない内容じゃから精々憶測するといい。それよりも……じゃ」
言い切る前に丘神がそれを遮るようにまた口を開き、俺に指を突きつけながらそう言ってきたんだ。
「な、なんだよ」
普段の丘神ならしないような人に指を突きつけるような態度に少しだけ気後れした俺は少しつまりながらそう返すと、
「これで少しばかりは追いつけたかの? 記憶を失っている間に突き放されてしもうたと思ったが、幸いにして記憶を失ってしまっていた間のことは覚えていないみたいじゃからな」
丘神はどや顔をしながらそう言ってきた。だが、丘神は京が記憶を失っていたときの記憶が残っていることについては知らないということを知った俺は、
「……ふぅん」
含みのある笑みでそうとだけ返した。すると
「な、なんじゃ!? その意味深そう笑みは」
丘神が思っていた反応とは全く違う反応を俺がしたことへの戸惑いもあったのだろう、言葉につまりながらそう聞き返してきたんだ。
「さてな。それよりも京、遅くないか?」
だが、京の記憶のことに関しては丘神に教える義理もない俺は先ほど丘神がしてきたように肩をすくめながら返し、露骨に話題を変えて視線を教室の扉の方へと向けた。
「おい……。まぁ仕方あるまい。確かに少し遅いのぅ。一緒に来たはずならもうとっくに着いていないとおかしいはずじゃからな」
それに丘神は咎めるような視線を送ってきたが、丘神も京がまだ教室まで来ていないことは気になっていたようで、丘神も視線を扉の方へと向けながらそう言っていたんだ。
「あぁ。まさかまだ正門にいるわけないだろうし、どこに行っているんだか」
「そうじゃなぁ。でも万が一ってこともあるし正門の方も見てみるかの」
さすがに遅すぎるだろうと思ってそう呟くと、丘神がまだ正門の近くにいるんじゃないかと半ば冗談のように言いながら正門が見える窓の方へと歩いていったんだ。それに俺もついていって窓へと近寄り正門の方を確認すると、
「そうだな。……って、本当にいたよ」
京は顔を下へと向けて何か考え事をしているようだった。帽子で顔が完全に隠れてしまっているため表情はわからなかったが……。それにしてもまだ朝早いとはいえ、ずっと太陽の光を浴び続けることは体に良くないことがわかっているはずなのに何しているんだ? あいつ。
そんなことを考えていると、
「……本当におったのぅ。でも何か考え込んでおるな」
丘神も京が何やら考え事をしていることに気付いたらしく、そう呟いていた。
「あぁなると京は周りが見えなくなるからなぁ」
俺もそれに呟くように返した後、俺らは一瞬見合い、
「とりあえず迎えに行くとするかの」
「あぁ」
苦笑してから京を迎えに正門へと向かったのであった。




