章間㉔ 健吾の憂鬱
今回は健吾視点です。
【追記】章間の話の締めの文章を追加しました。
「そうですか。それじゃあ俺はこれで」
都さんにそう告げた俺は頭を下げて熱海家を後にした。
最近、正確には京の記憶が戻ってから俺は京に避けられている。メールや電話だといつも通り話してくれるんだが、直接会おうって言っても全然会ってくれないんだ。今も京を訪ねて熱海家まで来たんだが、都さんにやんわりとだが断られてしまっていた。都さんには京は今出掛けてていないと言って京が不在だと言われたんだが、京の部屋を見ると部屋のカーテンが僅かにだが不自然に揺れていたんだ。つまりそこには誰かがいたわけで……。
どうしてこうなってしまったのだろうという気持ちを込めて1つ溜息をついてから俺は京の記憶が戻ったときのことを思い返していた。あのときの京はいつもとは様子が違っていたんだ。あのときは長い眠りから覚めたということに戸惑っていたからだと特に深く考えもせずにそう思っていたんだが、今思うともしかした違っていたのかもしれない。よくよく思い返せば、あのときの京の挙動はどちらかというと何かを隠しているような仕草だったような……。
実は記憶を失っていたときのことを覚えていたりしてな。……いや、さすがにそれはないか。記憶を失っていたときのことを京にそれとなく話したときも最初の反応は完全に他人に対してのそれだったし。だから京にあのときの話をしても意味がないだろう。
俺としても京があのときのことを覚えていてくれなくて安心した……と言えばいいのかはわからないが、心の中で一息をつけたのも事実だ。京ちゃんの最後のあの行為の真意について聞きたくなかったというと嘘にはなるが、それを京に聞いてしまって俺と京の関係が変わってしまうことを俺は最も恐れたんだ。だから京に京ちゃんのときのことを覚えていないと言われたときは特にそれ以上追求することはしなかった。
それでこれからも一先ずは今までと同じ関係を築いていけると思っていたんだが、今現在はこうして会うことを避けられてしまっているんだ。
どうにかしないといけないことはわかっているが、打開案が何も思いつかずに、もう一度溜息をついていると、
「あら? 中山君じゃない」
ふいに声を掛けられたんだ。誰だと思って声の方に振り向くと、
「どうしたんですか? 浮かない顔をしていますが?」
篠宮さんと服部さんがいたんだ。2人揃っているってことはどこかに出かけるところだったんだろう。折角話しかけてくれたんだが、どこか出掛けるところであろう2人に俺と京の問題を相談するものでもないと思った俺は、
「いや、何でもない」
と頭を振りながらそう答えたんだ。だが、
「そんなわけないでしょ。そんな顔しながら言われても説得力ないわよ」
「そうですよ。原因はそうですね……」
篠宮さんは呆れた顔をしながらそう返して来たんだ。服部さんはその横で何か考える素振りをしていたんだが、その思考もすぐに終わったみたいで俺の方に改めて向いてから
「京さんと喧嘩でもしたのですか?」
俺にそう聞いてきたんだ。喧嘩はしていないが、大して変わらない現状を言い当てられたことに何も言えなくなってしまっていると、それを肯定と取ったらしく、
「……一体何をしたんですか?」
少し問い詰めるような視線を俺に送りながらそう聞いてきたんだ。これはまた俺が京をからかいすぎて怒らせてしまったと思っているのかもしれないが、
「むしろ俺が聞きたいくらいだよ……」
俺は力なく肩を落としながらそう答えた。そんな俺を見た服部さんは、
「そうですか……。早とちりをしてしまいすみませんでした。ですが、ならどうして喧嘩かそれに近い状態になっているんですか?」
すぐに勘違いだと察してくれたみたいで、一言謝ってから改めてどうしたのか聞いてきてくれたんだ。
「いや、本当にわからないんだ。京の記憶が戻ってからなのは確実なんだが……」
2人に話せば、俺じゃ思いつきもしないことに気付いてくれるかもしれないと藁にも縋る思いで、今わかっていることを伝えただが、
「貴方、京が記憶を失っているときに何したのよ?」
返ってきたのは呆れたような顔をしながらも目だけはさっきよりも少し鋭くした篠宮さんの答えだった。だが、
「いや、何もしていない……というよりはされたというかなんというか……。っていうより、記憶を失っているときのことは関係なくないか?」
京は記憶を失っていたときのことは覚えていないはずなのにどうしてそんなことを聞いてきたのかがわからずにそう返すと、
「……そういうことね」
篠宮さんと服部さんは2人で何かに合点がいったみたいで、俺の質問には答えずに頷いていたんだ。
「そういうことってどういうことなんだ?」
その2人がわかった何かについて聞くことが出来れば今の状況を改善出来るかもしれない。そんな希望が見えた俺はさすがに教えてくれるだろうと思いながら聞いたんだ。
「これは中山君には悪いんだけど、あたしたちは何も口出さない方が良さそうね」
だが、それに返ってきた答えは無慈悲なものだった。少しでもきっかけを掴めると希望を持ったところへの回答だったこともあり、希望が閉ざされたような感覚に陥っていると、
「えっとですね。正確には口を出さないのではなくて口を出せないんですよ。こればかりは京さんの口から言ってもらうしかありませんから。お役に立てなくて申し訳ございません」
服部さんが補足としてそう言ってきたんだ。京の口から言ってもらうしかない? どういうことだ? やっぱり京は何か隠しているってなのか……?
2人に会う前に一瞬だけ浮かんだあの疑問が気のせいではなかったのかもしれない。結局何も教えてもらうことは出来なかったが、それでも2人のおかげでそのことに思い至れた俺は
「そうか。それでも今ので少し見えた気がする。ありがとう」
2人にお礼を言ったんだ。
「あたしたちは何も言ってないわよ。まっ、こればっかりは当人同士の問題だし、頑張りなさい?」
「そうですね。こればかりは下手に私たちが口を出していいものではありませんしね」
2人には気にするなって感じで返されてしまったが。そしてそのまま続けざまに
「さてと、それじゃああたしたちはそろそろ行くわね」
「2学期が始まるまでには仲直りしておいてくださいね? それでは」
篠宮さんは軽く手を挙げて、服部さんは軽く頭を下げながらそう言った後2人は元々向かっていたであろう方へ歩き出したんだ。俺は彼女たちの背中に向かって「ありがとう」ともう一度言い、2人が見えなくなるまで見送った後、俺は携帯を取り出し、京に思い至った疑問をぶつけるべく京へメールを打ったのであった。
<健吾の憂鬱 END>
後1話、京視点での章間を書いた後、2学期編に入る予定です。




