93話 戻る心③
「答えは決まったかい?」
健吾に連絡を取るだどうかについて僕の中で決まった頃、そんな声を掛けられて僕は顔をあげると、丘神先生がいつの間にか病室に入ってきていたんだよね。
「えっ……?」
声を掛けられて、そこで僕は思考を中断して我に返ったんだ。あれ? 丘神先生は明日来るって言っていたよね?
どうして丘神先生がいるのかがわからずに首を傾げていると、
「えっと……? もしかして寝ていないのかい?」
いつも冷静な丘神先生にしては珍しく軽く目を見開くように驚いた様子で僕にそう聞いてきたんだ。寝ていないのかって聞かれても、ついさっき丘神先生は出ていったばっかりだよね?
まだそれほど時間が経っていないと思っている僕は上手く質問の意味をとらえることが出来ずにいると、丘神先生はまるで自分を落ち着かせるかのように1つ息をはいてから、
「途中で一度様子を見に来るべきだったね。もう日付は変わっているよ」
そう言って、日光が僕に直接当たらないようにカーテンを軽く開けて外が明るくなっていることを見せてくれたんだ。そこでようやく一晩中悩んでいたことに気付いた僕は
「え……? もうそんなに時間が経っているんですか……?」
驚きを隠せないまま丘神先生に確認するように問い返すと、
「うん。その様子だと本当に一晩中悩んでいたいみたいだね。色々考えていたとは思うけど、一度気持ちの整理をするという意味でも一度寝た方が良さそうかな。だから京ちゃん、一度休みなさい。起きたときに改めて京ちゃんの答えを聞くことにするからね」
丘神先生は有無を言わさず僕をベッドに横にさせてきて、そのまま布団をかぶせてきたんだよね。するとやっぱり普段夜更かしをしない僕にとって徹夜はかなり無茶だったみたいで、今の今まで感じていなかった睡魔が急に襲い掛かってきたんだ。寝る前に僕が決めた答えを聞いて欲しいと思ってその睡魔に抗おうとしたんだけど、すでに体の疲れがピークに達していた僕はそのまま眠りへと落ちてしまったのであった。
…………
……
「さて、どうするか改めて聞かせてくれるかい?」
眠りから覚めてから僕は、丁度お昼時だったこともあり昼食を食べたんだ。そしてお腹の調子も落ち着いた頃合いを見計らったであろう時間に丘神先生は再び僕の部屋に来てそう尋ねてきたんだ。
どう言うか一瞬迷ったけど僕は
「健吾に……直接聞こうと思います」
言い方を捻ることなく直接的に丘神先生の目を見ながらそう答えたんだ。すると丘神先生は微笑むような笑みを作り、
「うん。よく決断してくれたね」
と言ってくれたんだ。丘神先生は気にしていないみたいだけど、それでも丘神先生から聞くと最初に言ったのに結局やめてしまった僕は
「あの……、ごめんなさい。丘神先生に聞くって言ったのに、結局やめてしまって……」
丘神先生に謝らなくちゃって思って謝ったんだ。すると丘神先生はポンと僕の頭の上に手を置いてから
「京ちゃんは気にしなくて大丈夫だよ。それに私は京ちゃんがこの決断をしてくれたことが嬉しいんだ。だから京ちゃんが謝ることなんか1つもないよ」
丘神先生は僕と視線の高さが同じなるまで下げてからそう言ってくれたんだ。丘神先生がわざわざ座っていた椅子から移動して僕に視線を合わせてまで言ってくれたこともあり、丘神先生が本心から言ってくれていると思った僕は
「はい……。ありがとうございます」
謝るのではなく、感謝の言葉を伝えたんだ。すると丘神先生は「うん」と言いながら頷き、その後僕から離れたんだ。丘神先生の手が頭の上から離れることに若干惜しみつつも、丘神先生の様子を窺っていると、
「さて、連絡は京ちゃんがするかい?」
って聞いてきたんだ。これはさすがに健吾への連絡をどうするかって意味はわかったんだけど、
「僕の記憶が戻ったことを連絡していなかったんですか?」
昨日の時点でみんなに連絡してくれているものだと思った僕はそう聞き返すと、
「さすがにご家族にはすぐに連絡をしたけど、京ちゃんが記憶を失っていたときの記憶も覚えていたからね。記憶が戻ったことを伝えるのは京ちゃんの決めたタイミングの方が良いと思って、私から京ちゃんの記憶が戻ったことを伝えたのはご家族の方と牧野君だけだよ。他には伝えないようにとお願いをしたからまだ君の友達も知らないはずだよ」
そう言ってくれたんだ。僕が本当に決心がついたときに連絡をすれば良いと思ってしてくれたんだと思った僕は
「ありがとうございます」
と頭をペコリと下げながら言ったんだ。そして顔をあげると、
「どういたしまして。余計なことはしなくてよかったのにと言われたらどうしようかと思っていたから、喜んでくれてよかったよ」
と少しホッとしたような表情を浮かべながら丘神先生が言ってきたんだよね。
「はい」
だから僕は少しでも丘神先生を安心させようと、少しでも僕が本当にうれしいと思っていることを伝えるために笑みを浮かべながら返事したんだ。すると、
「ならよかった。それじゃあ、京ちゃんの決意を聞くことも出来たし、私は行くとするかな。京ちゃんの身体は2日間寝ていたこともあって多少は固くなっているかもしれないけど、そのことを除けば健康そのものだしね。だから後数日もすれば退院できるから安心してね」
丘神先生は笑みを少しだけ深めて僕にそう言った後、よいしょと言いながら立ち上がったんだ。そして部屋を出ていこうとしていたから僕はそれを見送っていたんだけど、部屋を出ていく途中で僕の方に振り返って、
「あっ、そうそう。1つだけお節介をしておくとね。今日と明日に限ってだけど、京ちゃんへの面会希望者は都さんだけなんだ。だから京ちゃんが望むなら1人くらいならねじ込むことは可能だよ。まぁこれだけ希望者が少ないのも京ちゃんが3日前から昨日にかけて寝続けていたことに関してもご家族の方以外には伝えていなかったからなんだけどね。京ちゃんの記憶がまだ戻っていないときとはいえ、一度目を覚ましたときのことと少し精神的に不安定かもしれないから面会は控えてほしいということを勇輝経由で京ちゃんの友達に伝えていたから余計にね。健吾君は来る可能性はあったけど、健吾君もまだ気持ちの……っと、これは私がいうことではないね」
僕の面会予定がお母さんだけであることを教えてくれたんだ。それはつまり健吾と1対1で話す時間を十分に取ることが出来るということだよね? 最後に健吾の名前が出ていたような気がするけど、気のせいだよね、うん。
「本当に色々と、ありがとうございます」
今健吾の名前が出たかどうかはともかく、健吾とゆっくりと話し合う機会をくれたことにお礼を言わないとと思い、改めてお礼を言うと、
「うん。それじゃあ頑張ってね。健吾君がいつ頃来るかだけを私か牧野君に伝えてくれれば調整するから、京ちゃんの好きな時間に健吾君を呼んでくれていいからね」
と丘神先生は笑みを浮かべながらそう言って、そのまま再び僕に背を向けて、そのまま部屋を出ていったんだ。
それを見届けた僕は、思い立ったが吉日というわけではないけれども、下手に後回しにすると絶対に迷いが出てしまうと思い、すぐに携帯を手に取り、健吾に連絡を取るべくメールの文章を打ち始めたのであった。
一応補足となりますが、京はあくまで気の知れた人物から限定ですが、頭を撫でられるのが好きなだけであって、特別な感情を持っているわけではありません。
また、丘神先生は京の昔を知っているにもかかわらず頑張る健吾を応援していますので、自身の弟である勇輝が京に惹かれているのを知っていながらも基本的に勇輝へは情報を渡していません。
最後に、丘神先生の言葉に出てきた牧野君は序盤に出てきた京の担当の看護婦です。本編中では(出てくると会話が長くなるので)出てきていませんが、京が入院している間は暇さえあればすぐに絡んできています。もちろん、すぐに丘神先生に見つかって怒られていますが……。




