90-2話 最後の一時②-2
今回は前回の話の京ちゃん視点です。
「んっ……」
目が覚めると、
「知らない天井です……ね……っ!!」
知らない天井が視界に広がり、私のまま目が覚めたことを安堵して体を起こしたのですが、それと同時に強烈な眠気が襲ってきました。
「これは……中々にキツいですね。これが延長してもらった代償……と言ったところでしょうか」
彼女が何の見返りもなく施しをしてくれるわけがないですしね。もう1度目覚めさせてもらえただけでも感謝すべきなのでしょう。
気を抜けばすぐにでも眠ってしまいそうな眠気に、どのように耐えようか考えていると
コンコン――
とドアをノックする音が聞こえました。丘神先生でしょうか? ……もしかしたら健吾さんかもしれません。丘神先生だったとしても、健吾さんを呼んでもらうつもりですが。一先ず私は眠気に負けないように気合を入れなおし、
「はい」
ノックから少し間が空いてしまいましたが、返事をしました。すると扉が開き、扉を開けた人物を確認した私は
「あっ、健吾さん」
と思わず呟いてしまいました。こうもタイミング良く健吾さんが来てくださったことは嬉しかったのですが、この顔合わせが恐らく最後になると思うとやはり寂しいですね。ですが、その感情は健吾さんの前では出すものではありません。気持ちを何とか切り替え、そのことを悟られないために口を開こうとしたところで
「京ちゃん! 今日はごめん!!」
と健吾さんが急に頭を下げて謝ってきたのです。
「えっ!? えっ!?」
突然のことに言いかけたことが全て頭から抜け、言葉にもならない言葉を漏らすだけしか出来ませんでした。何も言葉に出来ず口をただパクパクとしていると、
「折角のデートだったのに俺がまともに考えなかったからちゃんと楽しめなかっただろ? それに最後は俺の不注意であんなことになってしまったし……。本当にごめん」
健吾さんが改めて説明してくれました。私が倒れてしまったことを言っているのだとは思いますが、あれはどちらかというと私のせいですし、それに午前中もほとんど私のことしか出来ていないと思うのですが……。私こと謝るべきだとは思うのですが、まずは健吾さんに頭を上げてもらわないと話が進まないと思った私は
「け、健吾さん! 私は気にしていませんから! 大丈夫ですから! お願いだから顔をあげてください」
気にしていないということを強調しながら頭を上げるようにお願いしました。すると
「よかった。京ちゃんならそう言ってくれると思ったんだけど、やっぱり不安だったからね」
健吾さんは顔をあげてくれたのですが、顔はニヤリと挑発的な笑みを作っていました。これは恐らく私こそがデートを台無しにしてしまったと謝ろうとするところを、許すという言葉を引き出すために演技だったのかと怒るように誘導するためにあえてしてくださっているのでしょう。本当ならば謝るべきだとは思うのですが、残された時間が少ない私は
「もしかして今のは形だけだったんですか? ……むぅ」
あえてその挑発に乗り、不貞腐れた顔をして咎めるように言いました。
「ごめんごめん。申し訳ないと思っているのは本当なんだ。だからお詫びというわけではないんだけど……」
すると健吾さんは片手で謝罪の形を取りながら、もう片方の手でポケットから何かを取り出して私に渡してくれました。
「え……? こ、これは……?」
ですが、中身がわからない物を急に渡されても、戸惑うことしか出来ませんでした。
「あぁ……、えっとだな……。一先ず何も聞かないで開けてくれると嬉しいかな。開けたら爆発するとかもないし、もちろんドッキリ要素もないから」
私が中々中身を確認しなかったからでしょう。健吾さんが安全だということを強調しながら開けることを促してきました。私はそんなことは最初から気にしていませんよと心で呟きながら封を開けて中身を確認すると、
「うわぁ……」
思わずそんな声が出てしまいました。小包の中には私好みなヘアピンが入っていました。思わずそのヘアピンに見入っていると、
「京ちゃんはいつもヘアピンをつけているだろ? 何種類かあるみたいだけど、種類は多いことにこしたことはないと思ってね」
健吾さんが私の様子を窺うように言ってきました。
「本当にもらってもよろしいのですか? あっ、でも私は何も用意していません……」
嬉しさのあまり、少しテンションが上げながら嬉しさを伝えていたのですが、途中で私自身が健吾さんに何も用意していないことに気付いてしまいました。最後の言葉が尻窄みになりながらも健吾さんに何とかそのことを伝えたのですが、
「さっきも言ったことだが、俺が不甲斐ないせいでデートらしいデートが出来なかったんだ。せめて相手にプレゼントを贈るくらいの甲斐性は見させてくれないか?」
健吾さんは苦笑した後、そのように言ってきたのです。
「……その言い方は卑怯です」
これでは何も言えないではないですかと、私は今度こそ本当に拗ねるように言いました。すると自分でもそう思ったのでしょうか、健吾さんは私から軽く視線を逸らしてから
「ははは……。それじゃあ、卑怯ついでということでもう1つ。今日の昼前によった店の、京ちゃんが気に入ったぬいぐるみがあっただろ? あれも明日には京ちゃんの家に届くようになってるから」
さらなるサプライズを私にくれたのです。確かにあのぬいぐるみが一番気に入ったとは言いましたが、まさか買っていただけていたとは……
「えっ!? ぬいぐるみってあのぬいぐるみのことですよね? さすがにそこまでしていただいて私からは何も返せないというのは非常に心苦しいのですが……」
ですが、ここまで色々としてもらえているのに何も返すことが出来ない気まずさから私は言い訳がましく自分の不甲斐なさを呟いていると、
「俺が好きでやったことだから気にしないでくれ。それに、俺の部屋にぬいぐるみがあってもおかしいだけだろ? 後、京ちゃんは何も俺に渡せていないって言っているけど、俺からしたらむしろ返せないくらいもらっているんだぜ?」
健吾さんがいつもより少しだけ大きい声で遮るように言ってきたのです。その大きさに思わず軽く体を跳ねさせてしまいましたが、あのぬいぐるみを大事そうに抱きながら嬉しそうな笑みを浮かべている京の姿を思い浮かべた私は
「……はい。ありがとうございます。きっと喜ぶと思います」
気が付くとそう返事をしてしまっていました。
「喜ぶと思うって……。京ちゃんのために買ったんだぜ?」
そこを聞き逃す健吾さんではなく、案の定健吾さんに指摘されてしまいました。ただ、健吾さんが先ほどから逸らしていた目を私にしっかりと合わせて言ってくださったことから、本心で言っていただいていることがわかりました。
「っ……そうですね。ふふ……、ごめんなさい」
私は京ではなく京をしっかり見てくださっていた嬉しさと今日が最後だという悲しみを何とか内へ押し込もうとしながら謝罪し、
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」
改めてお礼を言いました。ただ、このときにほんの少しばかり気を抜いてしまったのがいけなかったのでしょう。健吾さんと会ってから潜めていた眠気が急に襲ってきたのです。しかも、先ほどよりもより強く。
「すみません。先ほど起きたばかりなのですが、まだ少し眠たいようです」
一瞬耐えきれなくなり、あくびが出てしまいましたが、健吾さんに眠くなってきてしまったことを伝えました。
「わかった。ごめんな、寝たかっただろうに長引かせてしまって」
やはり急な話題転換ではあったので、健吾さんは戸惑っていました。それでも健吾さんは私に気を使って会話を終わらせようとしてくださいました。
「いえ……、私の方こそ気を使わせてすみません。あの……、健吾さん……、ここまで色々してもらっているだけでも恐縮なのですが……、最後にもう1つだけ……、お願いを聞いてもらえないでしょうか?」
ですが、このまま終わってしまっては意味がない私は刻一刻と強くなる眠気に何とか抗いながら、最後にと健吾さんにお願いしました。
「あぁ。別に最後って言わなくても、また起きてから俺を頼ってくれたらいいんだぜ? 頼られないより頼られる方が俺もうれしいしな」
すると健吾さんは内容を聞く前に了承してくださいました。すでに目を開けているのも億劫な状態で、顔を確認することが出来ませんでしたが、
「ありがとうございます……。それで……、あの……。大丈夫だとは思うのですが、万が一ということもありますので……、耳を貸していただけないでしょうか?」
最後の爆弾を仕掛けるために、私は健吾さんに近寄っていただくようにお願いしました。
「あぁ。それくらいならお安い御用だ。それでお願いってのは何……!?」
そして私は半ば押し当てるように健吾さんの顔に口づけをしました。正直に言ってどこに口づけを出来たかまでは確認することが出来ませんでした。ですが、急に口に当たっていたものがなくなったことから、きっと成功したのでしょう。
「……っ!!」
健吾さんの言葉にならない言葉を聞いて、私は最後の力を振り絞って目を開け、
「ふふ……。悪戯成功……です……。健吾さん、ありがとうございました。そして、おやすみなさい」
せめて記憶の片隅にでも残ってくださればと、悪戯っぽく笑って健吾さんにお礼を言った後、ベッドに潜りこみました。
おそらくここで意識を手放すと京はもう目を覚めないでしょう。
ですが、彼女に宣言した通りに爆弾を仕掛けることは出来ました。
この爆弾がどのように転がるかを見届けることが出来ないのが心残りではありますが、私の役目はここまででしょう。
……何とか抗っていましたがそろそろ限界のようですね。
健吾さん、こんな私を気にかけてくださってありがとうございます。
お別れの言葉を言えなくてすみません。
そして――
さようなら――




