88話 デート⑤
【追記】勇輝の発言内の熱海さんを京さんに修正しました。何で間違えてたんだろう……
「そういえば、京ちゃんのクラスはどこで練習しているんだ?」
学校についたはいいが、京のクラスがどこで練習しているかまでは把握していない俺は京に尋ねると、
「確か体育館で練習していたはずですよ。文化祭の練習をすると事前に学校に申請していれば使えるらしいので」
京からそのような返事が返ってきた。京が今言った通り、この学校では学校からは特に何も動かないが、文化祭についてはかなり優先してくれる。文化祭の練習という名目でならば各施設の優先権がもらえるんだ。なら、その間本来そこを使用する予定だった部活はどうなるのかというと、学校の空いている場所で筋トレを行ったりしている。普通なら部活組から不公平だと苦情が来そうだが、この学校は文化祭の準備期間に入ると全ての施設が貸出制に変わり、申請したところがその日は使えるというわけだ。もちろんこれだと全く練習出来ない部活が出てきそうだが、体育館などを使用出来るのは劇やダンスのような出し物をするクラスのみで、しかも優先権の使用回数は本来は決められているため、多少は練習回数が減るがある程度問題なく練習が出来るというわけだ。
まぁ、やはり例外というものがあるわけで、その例外が
「……?」
今チラッと京の方を見たときに首を傾げられてしまったが、京のいるクラスだ。生徒会からある依頼が京のクラスに出されていて、それを聞き入れるかわりに篠宮さんが出した条件の一つとして貸出回数無制限を出したというわけだ。さすがにそれは生徒会の一存では決められなかったらしく、体育館を使用する部活組と色々とあったらしいが、今は特に話すことではないだろう。
「えっと、行かないのですか?」
そんなことを思い返していると、いつの間にか俺は足を止めてしまっていたらしく、ふと気が付くと少し先を言っていた京にそう聞かれてしまったんだ。俺は慌てて京の方へ駆け寄り、
「あぁ、ごめん。行こうか」
京と共に体育館に改めて向かったのであった。
…………
……
「すみません、今はあたしたちのクラスが使用中で……って、京に中山君じゃない」
体育館の扉を開けると丁度休憩中だったらしく、来訪者に断りの文句を言おうとした篠宮さんが俺たちに気付いて駆け寄ってきた。
「どうしたの? 今日は中山君とデートだと聞いていたんだけど」
俺たちの近くまで来た篠宮さんは開口一番にそう京に尋ねると、
「あの……、練習にはまだ参加しなくてもいいとは聞いていたのですが、やっぱり雰囲気だけでも参加させていただきたいと思いまして、それで健吾さんに無理を言って連れてきてもらったんです」
京はそう返していた。それを聞いた篠宮さんは「なるほどねぇ」と呟いた後、俺の方をじっと見てきた。見るだけで何も言ってこなかったから思わず「な、何だよ」と話しかけると、
「今あたしたちのクラスがここで出し物の練習をしているの? で、中山君は別のクラス。あたしが言いたいことはわかるわよね?」
ニッコリと笑みを浮かべながら言われてしまった。さっさと出ていけとワリと直接的に言われてしまった俺は「ある程度したら京ちゃんを返してくれよ」とだけ言い、「それで、その真琴さんってのはどうにかならないの?」「なりません」というやり取りを聞きながら体育館を出たのであった。
…………
……
「ふぅ……」
体育館近くの自販機で飲み物を買い、一口飲んで溜息をついていると、
「おっ、ここにおったか」
丘神が体育館の外に出てきたんだ。
「ダンスの練習はしなくてもいいのか?」
休憩中ということを知りながらもそう尋ねると、
「あぁ、今は休憩中じゃしな。それに俺はもうある程度出来るようになっておるからの。つめないといけないところも残ってはおるが」
「現段階では俺も半分指導側なんじゃよ」と肩をすくめながら俺の方へと近づき、飲み物を買った後俺の横に立ったんだ。
それからお互いに何も言わずに数口飲んでいたのだが、
「で? それだけを言いに来たんじゃないだろ?」
痺れを切らした俺がそう丘神に問うと、
「もちろんじゃ。まぁ内容は察しておるじゃろうが、京さんのことじゃ」
「だろうな」
予想通りの返事があり、俺もそれに簡潔に返すと、
「俺はあまり遠回しな表現が得意じゃないからのぅ。休憩時間も残りわずかじゃし、率直に言わせてもらう」
そう一言前置きを置いた後、
「中山は京さんに元に戻ってもらいたいか? それとも今のままでいてほしいか?」
俺にそんな質問をぶつけてきたんだ。
京に戻ってもらいたいかどうかだって? それはもちろん――
「そ、そういう丘神はどうなんだよ?」
決まっている。そう、元に戻ってもらいたいと思っているはずなのに、気が付けば丘神に質問で返してしまっていたんだ。なぜ咄嗟にその言葉が出てしまったのかが自分でもわからずにいると、
「質問に質問で返すなと言いたいところじゃが、この質問をぶつける方が失礼じゃな……」
丘神は丘神で俺の回答を別の意味で取ったみたいで、一つ苦笑をしてから、
「俺は、元に戻ってもらいたいと思っておる」
俺をまっすぐ見ながらそう言ってきたんだ。丘神の答えが予想外だった俺は
「何でだ? 今の方がある意味丘神からしたらありがたい状況だと思うのだが?」
丘神にそう尋ねた。正直に言って、今までだと俺の方が丘神よりかなり有利……だと思う。京が京だから怪しいところではあるが……。まぁそれはともかく、今までの俺たちの記憶を失った京の方が丘神に取っては同じ位置からスタートが出来るという意味でもいいはずだ。そう思って尋ねたのだが、
「さすがに馬鹿にしすぎじゃぞ? お主に情けなぞ掛けられたら男として情けなさすぎるわい。中山がどう思っておるかはわからんが、今くらいの差じゃったらひっくり返してやるわ」
怒りの表情を浮かべた丘神にそう言われてしまったんだ。その言葉に何も言い返せずにいると、「それにの」と丘神は怒りの表情を沈めながら呟くと、
「俺はやっぱりあの溌剌とした京さんが好きなんじゃよ」
ニカリと歯を見える笑みを浮かべながらそう言ってきたんだ。そして、「うむ。それじゃあ、時間じゃし俺は戻るとするかの」と言い、そのまま体育館の中へと戻っていってしまったんだ。俺はその後ろ姿を眺めながら、
「何だよ、言い逃げじゃなぇか……」
と不貞腐れることしか出来なかったのであった。
…………
……
「すみません。私がずっと体育館の中でお話ししてしまっていたから……」
丘神とのやりとりを引きずって不貞腐れていると、体育館から出てきた京にそう勘違いされてしまい、謝られてしまったんだ。だから俺は慌てて、
「い、いや。違う。自分が情けなくて自己嫌悪してただけだから」
京の勘違いを解くためにそう言ったんだ。だが、これだけでは伝わるわけもなく、
「えっと……?」
京はどういう意味かわからず困惑していたんだ。だから俺は
「要は京ちゃんは別に悪くはないってことだ。だから気にしなくていいよ。俺の方こそ、気にさせちゃってごめんね?」
と言って軽く頭を下げたんだ。この行動が功を奏したみたいで、
「い、いえ。健吾さんが怒っていないのでしたら私は大丈夫ですので……」
何とか京の勘違いを解くことが出来たんだ。
ただ、俺はこのとき自分が思っている以上に丘神の言葉に動揺していたんだろう。
この場に余り居たくないという思いも強く、とにかく動こうと身体が向いている方向にそのまま歩き出してしまったんだ。
京はもちろんその後をついてくるわけで、そして俺たちは通りかかってしまったんだ。
運動場――
そう、大勢の人が動き回れる外の広場に――
運が特段良ければ問題がなかったかもしれない。だが、そう都合がいいわけもなく
キン――
という金属バットの音が聞こえた。いや、聞こえてしまったんだ。
俺はただ運動場は今は野球部が使っているんだな程度に思っていたのだが、急に後ろから軽い衝撃が襲ったんだ。何事かと思い、後ろを振り返ると、
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
様子を急変させた京が俺に抱きついてひたすら謝り続けていたんだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あのとき私が……、僕が……みんなの言うことを聞かなかったばっかりに……。ごめんなさい。健吾が……、健吾さんが死んでしまうと思ったとき僕……、私……、もう取り返しのつかないことをしてしまったんだと思って……。ごめんなさい。ごめんなさい……」
その謝罪の言葉は俺に何か言う隙を与えることなく繰り返され、
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんな……あっ……」
電池が切れるかのごとく京の意識が途切れるまで続いたのであった。
今回のデート編はこれにて終了です。
まともなデートをしたかは怪しいですが……。




