【二創企画】 リブレの宅急便
王都マグンの南ゲートから、道具屋を曲がった先にあるサン・ストリート。
その通り沿いにある、酒場「ルーザーズ・キッチン」は、今宵も常連客で賑わっていた。
「マスター! もう一杯追加!」
「グラン、おまえいい加減ツケ払えよな!!」
どん、と音を立てて、テーブルにジョッキが置かれた。歯を見せて笑ったグラン・グレンは、マスターの怒声などまるで聞かなかった様子で、ジョッキに口をつけた。
グレン・グラン。金髪蒼瞳に、仲間うちからは「ハンサムではある『けど』」と言われる顔立ち。
赤いマントにテーブルに立てかけられた杖は、彼が魔術師であることを表していた。
「グラン、このままだとまたツケの分働かされるぞ」
ドスドスと足音をたてて去っていくマスターの背中を見送って、リブレ・ロッシが顔を引きつらせながら言った。前にもグランは、ツケを溜めすぎてここでウエイターとして働かされたことがある。
そのときのマスターの鬼の形相といったら、もう。「グランを連れてこい! 今すぐ!」と言われたときのことを思い出して、リブレは身震いした。そこいらのモンスターに出会ったときよりよっぽど、そのときは怖かった。
リブレ・ロッシ。濃いブラウンの髪に、緑色の瞳。腰に下げたロング・ソードは飾りかとからかわれることはあっても、彼はれっきとした剣士である。
言われたグランはやはり、耳を貸さなかった。「大丈夫だいじょーぶ。ツケなんてそのうち、ぱーっと耳をそろえて返してやるよ」などとのたまっている。それを見て、どうなっても知らないぞ、とリブレはため息をつき、自分のジョッキに口をつけた。
「もし働かされたら、また通ってあげるよ」
そう言ったのは、アイ・エマンド。短く切った赤髪に、女性らしさを残しつつも引き締まった身体つき。彼女の職業は槍使いだ。
アイはグランがここで働かされていたとき、毎日ここに通っていた。もちろんグランが目当てだったのだが、周りの人間は全員「なんでアレが好きなんだ?」と思っている。
どうも本人もはっきりと理由がわからないらしい。「でも、いいじゃないか。好きなんだから」という言葉に、処置なしといったようにみなは首を振ったものだ。
アイの言葉に、グランが言う。
「そんときゃチップはずんでくれよ。うんとサービスするわ」
「騙されちゃだめよ、アイ」
ぴしゃりと言い放ったのは、ヒーラーのリノ・リマナブランデ。グランとはまた違った形状の杖を置いて、彼女はぶどう酒を飲んでいた。
小柄な身体に、なにも知らない人からすれば「希望はある」と言われそうな胸板。しかし実は、このパーティの誰よりも年長である。その実年齢は、誰も知らない。
彼女はその豊富な人生経験を生かして、グランをけん制する。
「ちゃんと働かせないと、いつまでも同じこと繰り返すのよ、男って。甘い顔してちゃつけあがるわよ」
「ケッ。冗談の通じねえやつらだぜ」
本当に冗談だったのか。グランの皮肉げな笑い方からは、その真偽がはかれない。
そんなふうなやりとりをしているうちに、いつの間にか夜が更けていくのがいつものパターンだったが、今日はしかし、リブレが立ち上がった。
「なんだ、帰んのか」
イスからこちらを見上げるグランに、リブレはうなずいた。
「うん。明日は郵便配達のクエストがあって」
剣士リブレ。彼は幼少のころから、伝説の勇者である父にモンスターの巣に放り込まれるなどの、厳しい訓練を受けさせられてきた。
おかげでたぐいまれなるスピードを手に入れることはできたものの、その足はもっぱら、逃げるときに使われている。極度のモンスター恐怖症。エンカウントした瞬間に逃げ出す、なんてことも、よくある話だ。
しかしそんな彼にも、その足を生かしてできるクエストがあった。それがこの、郵便配達である。
日頃の訓練にもなるし、お金も入るし一石二鳥――と、仲間に連れ出されてモンスター退治に行くのと同じくらいに、彼は郵便配達のクエストをこなしていた。
「もうおまえ、郵便局員になっちまえよ」
からかうように、グランが言う。
確かに、案外それって合ってるのかもしれない――アイとリノがそう思ったとき、リブレが反論した。
「嫌だよ。俺がなりたいのは郵便局員じゃないんだよ。勇者なの! じゃあな。明日早いから――おやすみ」
そう言って店を出ていくリブレを、三人は「やれやれ」といった調子で見送った。
△▼△
翌日。マグン南郵便局で荷物を受け取り、リブレは町中を走っていた。
手紙。小包。隣町からやってきたものもあれば、遠く海を越えてやってきたものもある。
そのなかのひとつ、小さな箱を手に、リブレは一軒の屋敷の前にたどりついた。
「うわー……大きなお屋敷だなあ」
思わず、見上げてそう言ってしまうほど、その屋敷は立派なものだった。
二階建ての大きな屋敷に、それを取り囲む高い壁。鉄柵越しに玄関は見えるが、柵に入ってからもなかなかの距離がある。
大きな木が植えられたその家は、いったい誰が暮らしているのだろうか。
とは思ったものの、いちいちそんなことは気にしていられない。リブレは鉄柵に手をかけ、屋敷の敷地内に入ろうとした。
――と、その手が止まる。
犬が。
こちらを見つめてきていた。
黒い犬だ。精悍な顔立ちで、警備犬としてもよく使われる、大きな犬。
リブレの顔に、一筋の汗が流れた。
しばらくその犬とにらめっこをして、リブレは結局、愛想笑いを浮かべた。
「ど、どうも……」
そう言って屋敷に入ろうとした瞬間、犬は猛然とリブレに吠えかかってきた。
△▼△
「ど、どうしよう……」
その場から回れ右して逃げ出し、ひとつ先の角からリブレは屋敷の様子をうかがっていた。
犬。犬怖い。普通の犬だったらともかく、あんなモンスターみたいなでかい犬、誰だって怖いはずだ。
――ゲレットさんに言って、この荷物だけは勘弁してもらおうかな。
雇い主の郵便局員の顔を思い浮かべて、リブレはそう思った。また灰皿を投げつけられてどやされるだろうが、犬に噛まれるよりはマシだ。
そうしよう。だってこれはほんとに、しょうがない。
カバンの中に小包をしまおうとしたリブレは、しかし、見てしまった。
小包の宛先の、メッセージ欄。そこに子どもの汚い字が書かれているのを。
『おばあちゃんへ これをのんで げんきになってね』
「う……っ」
リブレは固まった。彼の中の良心が、ずきりと音を立てて震える。
遠い異国から、はるばる運ばれてきた小包。中身を書く欄には、薬と書いてある。
それをこのまますごすごと持って帰るのは、いかがなものか――?
わかっている。別にこれは、今ここでリブレが持っていかなくても、違う日に他の郵便局員か誰かが代わりに持って行ってくれるはずだ。
こんな風に小包で送ってくるということは、今日明日を急ぐ病気というわけでもないのだろう。いい薬が見つかったから、とりあえず送ってきた――そんな雰囲気だ。
持って帰ればいい。こんなメッセージなんて見なかったことにして、他の配達先を回って、何食わぬ顔で郵便局に戻ればいい。
理由はいくらでも思いついた。だって怖いのだ。しょうがないではないか――そう自分に言い聞かせて、リブレは小包をカバンに突っ込もうとした。
そのとき。
「よお。ごくろーさん」
リブレの後ろから声をかけてきたのは、赤マントの魔術師、グラン・グレンだった。
△▼△
「あっはは! だっせえ! もう犬もだめなのかよ、おまえ!」
事情を説明し終わった瞬間、グランは腹を抱えて笑った。
モンスターが怖いのはわかるが、まさか犬までとは。そう言うグランにリブレは食って掛かる。
「しょうがないだろ! ものすごい吠えてくるし、ものすごい牙が見えたんだよ! あれで噛まれたら絶対痛いって! そこまで言うならグランも見てみろよ!」
「ああ? じゃ、ちょっと見てみることにしますかね」
二人は屋敷の前まで移動した。鉄柵越しに、グランが犬を見る。
「あー。まあ確かに大きい犬だな。足も速そうだし――でも、ま、あんなの大したことねえよ」
「バァウッ!!」
グランのセリフを聞いていたかのように、犬が一声吠えた。それに一瞬びくりとしたグランを見て、それ見たことかとリブレは思う。
「な? だから言ったんだよ。無理だって。だから俺、今回はあきらめようと思ってたところで――」
「いいこと思いついた」
「え?」
グランが楽しそうにこちらを見てくるのを、リブレは見返した。まさか、なにか妙案があるのだろうか。
彼は自己流の炎系魔術しか使えないが、持ち前の悪知恵で修羅場を乗り切ってきた。リブレはそんなグランを何度も見てきている。
まあ、それと同じくらい悪知恵で自滅したときもあるのだが。それでも聞いてみる価値はあると思って、リブレは期待して、グランの言葉を待った。
「『陽炎』だよ――姿隠しの魔法。それをかければ、犬にも気づかれずにいけるんじゃないか」
「なるほど!」
『陽炎』――グランオリジナルの、姿隠しの魔法だ。あれを使えば、周りからはほぼ見えなくなる。
さっそくリブレはグランに魔法をかけてもらった。きれいさっぱり、彼は周りから見えなくなる。
「ん。調子いいぜ俺――完璧」
グランがそう言ったので、リブレは気をよくした。鉄柵を開いて、屋敷の玄関へと向かう。
姿が見えなくなったとはいえ、犬の前を通らなければいけないことに変わりはない。犬に近づくにつれて、リブレの緊張が増していく。
心臓の音が聞こえるんじゃないかと思って足が止まりかけるが、大丈夫だ。そんなのは錯覚だ。自分の鼓動なんて、自分にしか聞こえない。
大丈夫、大丈夫。そう思って進んでいくと、犬がピクリと反応した。
――あれ?
なにかがおかしい。心臓の音はともかく、足音が聞こえてしまったのだろうか。そう思ったリブレはさらに慎重に、足音を殺して進んでいった。
しかし――
「バウワウッ!! ウウッ! ワウワウワウッ!!」
「なんでえええええっ!?」
間近で犬に吠えられて、リブレは逃げ出した。
△▼△
「あーそうか。犬ってあれだな。視覚じゃなくて嗅覚で周囲の状況を判断するんだっけか。じゃあ見えなくてもわかっちゃうよなあ」
「おまえ……わざとじゃないのか……?」
屋敷の外まで全力疾走してきたリブレは、肩で息をしながらグランをにらんだ。
少し考えればわかったはずだ。この男のことを信用した自分が馬鹿だった。
もう、怖いのはこりごりだ。
他の手紙やらの配達もある。だいぶ時間を食ってしまったし、もう本当に、あきらめよう。そう思ったとき、またしても見慣れた顔に声をかけられた。
「なんだいリブレ。そんな汗だくで」
「まーたなにかから逃げてきたの?」
二人で歩いてきたのは、アイとリノだ。二人で買い物にでも行くつもりだったのか、アイスを片手にこちらを見てきている。
「聞いてくれよ、こいつさあ――」
止める暇もなく、グランが今あったことを話し始めてしまった。こいつはなんで、こんなに人の苦しんでることを楽しそうに話すのか。
特にリノには恥ずかしいから話してほしくなかったのだが、遅かった。アイは苦笑いし、リノは呆れた顔で「情けない」と言った。
「リブレは足早いんだからさあ。あんな犬なんて気にしないで、玄関までぶっちぎっちゃえばいいんだよ」
アイが犬を見ながら言った。敵を見れば突撃していく、ランサーの彼女らしい意見だ。
モンスターから逃げ出すときのリブレの足は、そんなランサーのアイから見ても驚くほどのものだ。犬に追いかけられたって、そうそう追いつけるものではない。
そう思ったアイの意見は、しかしリブレに一蹴された。
「嫌だよ。もうあんなのに近づきたくないよ」
「だめだこいつ」
おかしそうにグランが笑った。こいつ、他人事だと思って。リブレは半眼で、グランをにらんだ。
「あ、こんなのどう?」
あごに手を当てて考えていたリノが、ぱっと顔を上げた。彼女もグランに負けず劣らず、知恵の回るほうだ。
リノはその小さな身体で、屋敷を取り囲む壁を指差した。
「あれを登って、二階からお屋敷に入ればいいんじゃない?」
違う。壁ではない。彼女が指差したのはその壁その向こう――敷地の中にある、大きな木だ。
△▼△
「もう、泥棒のやることだな、これ」
グランに肩車してもらって壁に上り、さらに木に足をかけながらリブレは言った。
勇者を目指している人間がやることではないが、なりふり構っていられない。
あの犬から逃げるためなら、俺はなんだってやってみせる。そんな情けなさすぎることを考えつつ、リブレは屋敷の二階のベランダ方面に伸びる枝を掴んだ。
下を見れば、犬がうらめしげにこちらを見上げ、吠えている。いくらあの大きな犬でも、こんな高さまで飛び上がってはこられまい。
よし、これならどうにかなりそうだ。さすがリノ。リブレは落ちないように慎重に、ベランダに向かって進んでいった。
二階のベランダまで、あと少しだ。しかし枝が細くなってきて、下手に手を伸ばすと落ちそうになる。
もう少しなのに――わずかに届かない手先がもどかしい。どうしたものかと思って、鉄柵の向こうにいる仲間を振り返って、リブレは言った。
「どうしよう。もうちょっとなんだけど、届きそうにない」
「あー。困ったねえ」
「どうしようかねえ」
「……ん?」
リノとアイが若干棒読み気味に返してきたことに、リブレは違和感を覚えた。なんだこの二人。そう思っていると、リノがにっこりと笑いながら言ってきた。
「じゃ――がんばってねリブレ。怪我したら、治してあげるから」
ヒーラーである彼女の杖が振られる。
怪我? その単語に、一気に違和感が増した。
おかしい。そういえば、グランの姿が見当たらない。あいつどこに行ったんだ――そう思ったとき、どん、と背中に衝撃が走った。
予想外のことに、ずるり、と身体が枝から離れる。落下する感覚に、反射的に身体が反転して受け身の姿勢になった。
だからリブレにはグランの姿が見えた。『陽炎』の魔法が解け、揺らめく空気の中から赤マントを羽織った彼が姿を現す。
今、背中を押したのはグランだ。直感的にそう悟って、リブレは驚いてグランを見た。こいつ、なにをしてくれるんだ――目をむく彼に、グランはニヤリと笑って、言い放った。
「玄関まであと少しだなあ――がんばれリブレ」
「うそだろおおおおおっ!?」
グランのニヤニヤ顔が急速に遠ざかっていく。ついで背中に衝撃が走って、リブレは自分が地面に叩きつけられたのを知った。
とっさに抱えたおかげで、小包は無事だ。周りを見れば、鉄柵の向こうでアイとリノが困ったように笑っているのが見えた。
そして、犬。
大きな黒いその犬は――屋敷への侵入者に向かって、容赦なく襲い掛かってきた!
「ぎゃああああああああああああっ!?」
リブレ は にげだした!
△▼△
「はっはっは。逃げろ逃げろー」
木の上からそれを見下ろして、グランは愉快そうに笑った。
「うわー。早い早い。相変わらず逃げ足だけは異常に早いねえ」
「あれでもうちょっとちゃんとしてくれれば、ものすごい戦力になるはずなのにねえ」
鉄柵の向こうからアイが感心したように、リノが呆れたように言った。
△▼△
「ちょっとやめてやめて怖い怖い犬怖い! 誰か、助けてええええええっ!?」
犬と反対方向――つまり、玄関のほうに向かって猛ダッシュしながら、リブレは叫んだ。走る。走る。走る。
呼び鈴を狂ったように鳴らして、住人に助けを求める。中の気配がもどかしいぐらいゆっくりと近づいてくるのがわかった。
そしてそれ以上に、ものすごいスピードで背後から犬の気配が近づいてくるのが察せられた。大きな身体と大きな牙の映像が頭の中にフラッシュバックして、パニックに拍車をかける。
「もうやめてもうやめてもうやめて! 痛いの嫌だ噛まれるの嫌だあああっ! あああもう、なんでもするから誰か助けてよおおおおっ!?」
「ほんとー?」
後ろからリノの声が聞こえてきた。藁にもすがる気持ちで、リブレはがくがくとうなずいた。
「ほんとですほんとです! なんでもします! だから助けて!?」
「じゃあ今度、魔石集めのクエストにつきあって。私の護衛として」
「わかりましたああああっ!!」
言ってから、あれ、これって犬以上のモンスターと戦わされるってことじゃないの? と思ったが、この状況から逃れるためだ。背に腹は代えられない。
それにリノと一緒に出掛けられるなら、それはそれで少し嬉しい。強いモンスターと会いそうになったら、また逃げ回ればいいだけの話で――
「じゃあ、ちょっと勇気を出して、後ろ振り返ってみよーかー」
「……え?」
リノの声が聞こえて、リブレはふと冷静になった。そういえばさっきから、犬の気配が一定以上近づいてきていない。
吠え声は相変わらずだったので、気づかなかったが――振り返ってみれば、犬は鎖の限界に阻まれて、それ以上こちらに来られないようだった。
「はいはい、遅くなってすみませんね。どちらさま?」
呆然とするリブレの背後で、玄関が開いて老婆が姿を現した。
△▼△
「あー、おもしろかった」
笑いすぎて涙をにじませたグランがそう言うのを、リブレはうらめしげに見やった。
グランたちはリブレが木に登っているわずかな間に、それぞれの行動方針を話し合ったのだ。グランが『陽炎』で姿を消し、アイはグランが壁に登るのを手伝った。
あの短時間で、よくもそこまでやってのけたものだ。無駄に優れたチームワークに、呆れを通り越して感心する。
そのおかげとは言いたくないが、小包はなんとか届けることができた。中の薬を飲んだ老婆は、なんだか久しぶりに元気が出てきたと言って、犬の散歩に出かけていった。
そんなわけで帰りは犬におびえず屋敷の外に出ることができたものの――さすがにあれは、ないのではないか。そうグランに文句をつけようとすると、リノが言った。
「約束、忘れてないわよね?」
「う……」
言葉に詰まる。確かにさきほど、クエストに付き合うと全員の前で宣言してしまった。
今度は郵便配達ではなく、冒険者らしい魔石集めだ。モンスターと出会うこともある。
逃げるための準備を整えておかねば――立ち止まって考え始めるリブレに、今度はアイが言ってきた。
「だいぶ時間経っちゃったね。太陽も一番上を過ぎそうだよ。リブレ、他の荷物は大丈夫?」
「ああ、そうだ……」
リブレはカバンを見た。今日は他にも、手紙や小包の配達がある。
急がなくちゃ。また、ゲレットさんにどやされる。
こいつらに文句をつけるのは後回しだ。走っていこうとすると、グランが後ろから声をかけてきた。
「その宝の持ち腐れの足で、配達なんてとっとと終わしてこいよ」
「わかってるよ」
言われなくてもそうするつもりだ。リブレは振り返って、グランを見た。
グランはさきほど木の上で見たときと同じように、笑っていた。いたずらが成功した、子どものようだった。
「じゃーな。今日も『ルーザーズ・キッチン』で待ってるぜ!」
そう言われて、リブレは目をぱちくりさせた。
グランの後ろでは、アイとリノも、苦笑交じりにこちらを見ている。
「……ははっ」
腹が立っていたのがさっぱり消えてしまって、リブレは笑った。
昨日も行った、行きつけの酒場の光景がよみがえる。
グランがいて、アイがいて、リノがいて。それぞれがジョッキやカップを傾けながら、ああだこうだと話している。
レベルが低くてどうしようもないあの会話に、参加するのは――きっと今夜も、とても楽しいだろう。
さて、そのためにはこのカバンの荷物を、全部片づけてこないといけない。リブレは手を振って走り出しながら、グランに言葉を返した。
「わかったよ――じゃあ、またな。『ルーザーズ・キッチン』で」
「おう。行ってこい、ボケリブレ」
グランの言葉を背に、進んでいく。なぜだろう。とても速く走れそうな気がする。
今日はたくさん走ったから、きっとお酒がおいしいかな――次の手紙をカバンから出して、リブレはそう思った。