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アイたいよう  作者: Taku
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Looking for

翌日の朝かおりはベッドからなかなか出られなかった。昨日はあんなに楽しかった学校だが、仲良くなりたいといってくれたなつきが変わっていくところを見たくなかった。小学校のときのような空気のような自分になりたくなかった。誰からも見えなくて話しかけてくれる友達もいない。誰かが「死に神」という声が聞こえる。教室にいることが苦痛だった。持っている限りの勇気をかき集めて、足りない分はあきらめで埋めるとかおりはベッドから起き出した。




教室に着き自分の席に座って机上のふでばこを眺めていると声がかかった。




「おはようかおり。そのふでばこかわいいね。どこで買ったの」なつきがかおりの隣に立っていた。




「お、おはよう、なつきちゃん。これはお母さんが中学校祝いにって。たぶん駅前のデパートだと思う」




「なつきでいいよ。わたしもかおりって呼んでみたんだけど。よかったかな。無礼ぶれいでなかった」自分の席に着きながらなつきがいう。




「全然。本当になつきって呼んでいいの」




「いいよ。なつでもなっきーでもなんとでも呼んでくれ」




「うん。がんばるね」




なつきは目をぱちくりさせた。「なにをがんばるの」




「その、なつきって呼ぶこと」




「あはは。かおりって面白いね。確かにうちの父親にはがんばってほしいね。だって私やお母さんのことをおい、とか呼ぶんだよ。おいって誰ですかって」




「私の両親もそうかも。おい、とねぇで呼び合ってる。わたしのことは名前で呼ぶけれど」




「仲が良いってことでもあるんだろうけれど、娘のことは名前で呼んでほしいよ」




なつきとかおりが家族のことを話すうちにチャイムが鳴り担任の野口勇次が入ってきた。生徒たちはそれぞれの席に着いていった。学校が始まってまだ2日目だがこのクラスには落ち着きのようなものが出始めていた。誰も特に目立とうと無理をしないし影響力を持ちたがる生徒もいないようだった。まだ野口勇次の独特の雰囲気に呑まれているのかもしれないしその外見と口調の違いに戸惑っているのかもしれない。かおりと同じ小学校の子たちも十人ほどいたが特にかおりのことを意識している様子もなかった。江崎なつきはかおり以外の子たちとも話しているようだったが家庭科室や体育館などの教室の移動のときなどはいつもかおりに声をかけてきた。




中学校二日目の最後の課業はホームルームだった。ここでクラス委員や各係を決めたのだがかおりはなつきに誘われるままに緑化委員に立候補した。「気楽そうじゃない」なつきはいったのだが確かに他の係に比べると責任は少なそうに思えた。だがなつきのように考えた生徒は少なくなかったらしく結構な数の手が上がった。十六人の中から四人がじゃんけんで選ばれるという激戦になった。「かおりがんばってね」なつきはいってくれたが、小学校では他の生徒と競争するなんてことのなかったかおりはとても緊張した。だが結果からいえばかおりとなつきは勝ち残った。




「すごい。私たち幸先さいさきがいいわね」なつきがかおりの手を取って喜ぶ。




「はやくも運を使い切ってしまった気がする」というかおりに、なつきは教室の窓際で喜んでいる男子ふたりをみて「いや、やっぱり幸運のバランスは取れているかもしれない。緑化委員の残りのふたりで」といった。かおりもそちらを見ると小学校まで坊主だったらしき伸び始めの髪の毛がツクシのように立っている男子ふたりが変なポーズをとって喜び合っていた。親指と人差し指を立ててL字にしてその親指を使って眉間をぐいと上に引っ張っている。変な格好で変な顔だ。「中学生になっても男子はやっぱりバカだね」なつきがしみじみといった口調でいった。小学校では男子に死に損ないとかゾンビなどといわれてからかわれ続けてきたかおりにとって男子は怖いものだった。そのため窓際でふざけ合っているふたりを見ても私のことをからかわないでほしいと思うだけだった。たけくんにもからかわれることがあったが、たけくんのそれは自分のことを笑うための言葉ではなく、自分を笑わせたくていうのだということがかおりにはなんとなくだが分かっていた。課業の終わりを告げるチャイムが鳴りかおりはなつきに声を掛けられて学校の東に位置するプールへと向かった。八蒲やつかま中学校のプールの入口は2つあって、それぞれ屋内と屋外のプールに分かれている。今の時期は屋内用プールという看板のある入口でいいのだろう。よく見ると入口の隣に木の板に水泳部と墨で書かれた歴史を感じさせる看板がかけてあり横に小さく部員募集中とパソコンから印刷されたらしき紙が貼ってあった。




「女子水泳部と書かれていないけれどいいのかな」立ち止まってかおりがいうと「そういえばそうだね。中に入って聞いてみよう」なつきはさっさとドアを開けて入っていってしまった。




かおりも慌てて後へと続いて入った。中に入るとまず左右に靴箱がありその先は右手に一般の生徒が授業で使う更衣室が、左手には女子水泳部部室と書かれた部屋があった。正面にはおそらくプールへと続くのだろう大きな扉がある。部室のドアは少し開いていて中から人の話し声が聞こえた。




「失礼しまーす」なつきが大きな声で呼びかけるのと同時に部室の中の人が飛び上がるのがかおりの位置からも見えた。少し遅れて「きゃあっ」という悲鳴が聞こえる。声をかけたなつきも驚いた様子でその場で固まっている。やがてそろりと中から日に焼けた女生徒の顔が突き出てきた。塩素で脱色したのか、染めているのか分からないがかなり明るい髪を伸ばしている。背中の真ん中までかかりそうだ。「誰ですか」目を見開いて問いかけてくる。




「見学に来たんですけど。私一年の江崎なつきです。こっちは鳴瀬かおりです」なつきが答え、かおりは隣で頭を下げる。




「見学?」大きな声とともにもうひとつ顔が突き出してきた。こちらも日に焼けているが黒髪でかおりと同じくらいに短くしている。といってもこの子はさらさらのストレートだ。かおりは眩しげに二人の黒と栗色の髪を見た。綺麗な髪に憧れるのだ。黒髪の子と目が合ってかおりは慌てて目を逸らした。「そういうことなら入って入って。今日はあなたたちで三人四人目だ」そういうと日に焼けた顔は二つとも中に引っ込んでいった。




部室の中は意外に広かった。部員用のロッカーが奥に並び手前には畳が6枚敷いてある。畳の上には小さなこたつ机が置いてあり、その上にはノートやお菓子が乗っている。中の二人はこたつ机の横に座っていてどうぞどうぞとなつきとかおりに座布団を出して勧めた。「失礼します」といって1年生二人は座った。




「私は2年の小沢おざわ知美ともみだよ。よろしくね」黒髪の子のほうがいい「私は相家あいかゆきです。見た目と名前が合ってないとよくいわれるんだけど」もうひとりの栗色の髪の子が小さめの声でいった。




「確かに先輩夏っぽいです。けれどそのギャップが素敵かも」なつきがいう。「他に先輩は何人いらっしゃるんですか」




「先輩はあたしたちだけだよ。あとはあなたたちと同じ1年。先に来てもうプールで泳いでいるわ」知美がお菓子を差し出しながらいう。コアラのマーチだ。「見学に来たばかりでもう泳いでいるんですか」コアラを一匹つまみながらなつきがいう。かおりにも箱を差し出してくれたので会釈をして一匹とった。とれたのは宇宙服を着たコアラだった。




「そう。熱心よね、それも若さかしら」雪が長い髪をかき上げていった。




「もうちょっと年相応なことをいいなさいよ、ねぇ」といって知美がかおりのほうを見た。かおりはなんといってよいのか分からず「わ、わたしはまだ若輩者じゃくはいものですので」というと顔を伏せた。かおりを除く三人が笑った。




「面白い子が入ったわね。さっきの男の子たちも面白いと思ったけれど」雪が知美にむかていった。「会っていきなり、パンツ下さいっなんて頭下げるんだもんね。びっくりした、今思い出すと笑えるけど」




なつきとかおりは愕然がくぜんとした。「それであげたんですか」なつきがたずねる。




「まさか、あげるわけないじゃない。でも簡単にあきらめなくって大変だったのよ。いくら断ってもお願いしますって頭を下げるばっかりで。先生呼ぶわよっていったら、分かりました今日は諦めます、だって」知美が頭を振りながらいった。




「で、あなたたち本当に水泳やる気あるのっていったらあの通り。あ、あなたたちはまだ見てないのね。結構綺麗な泳ぎなのよ」と雪が続ける。




「あの」なつきが質問といったふうに手を上げてたずねる。「つまり部員は今のところ男子が二人だけで女子が私たちも入れて四人だけしかいないんですか」




「そう」といって雪が知美を見る。知美が後を続ける。




「私たちが入った当初は部員も多くて男子と女子水泳部に分かれていたんだけどね」知美がいいにくそうに言葉に詰まる。




「何かあったんですか」なつきがたずねる。知美は雪と顔を見合わせて頷くと先を続けた。




「事故があったの。その後に変な噂が立ってね」知美はため息をひとつつく。「私たちと一緒に入部した女の子が屋外のプールで死んでいるのが見つかったの。学校の用務員さんが朝プールに浮かんでいる彼女を見つけて」




「練習中に溺れたんですか」なつきが声を落としてたずねる。




「その子は前日の練習には参加してなかったのよ。朝練でプールを使うことは許されていなかったし、鍵もかかっていたはずなのにどうにか入って泳いだのね。そういう悲しい事故があったのだけど、それからしばらくして誰もいないプールから人が泳いでいる音がするとか、プールの授業中に底に吸い込まれていくようにして消えていく女の子を見たなんていう噂が立ち始めて。悪いことは重なるっていうけれどその子が死んで一ヶ月後くらいに水泳部の顧問をしていた先生が車の事故に遭って死んでしまって」車の事故と聞いたところでかおりは目を閉じて手を握りしめた。かおりの様子には気付かずに知美は話を続ける。「呪いだって噂になったの。男女合わせて三十人近くいた水泳部員が私たちだけになってしまったのが昨年の九月だよ。この中学の水泳部が呪われているって噂は結構有名だと思っていたけれど、こうして新入生が4人も見学に来るところを見ると思い違いだったみたいね」




「私は引っ越してきたばかりなんです」なつきがいうと知美は納得した顔で頷く。かおりは顔を伏せたままだ。友達がいないかおりには噂話には縁がないのだ。だがここでそのことを話しても仕方がないと思った。それに車の事故の話を聞いて自分の思い出もよみがえってしまった。雪はかおりがうつむいているのを別の意味に解釈したらしい。かおりの肩に手を置いていった「だからあなたたちが今の話を聞いて気味が悪くなっても無理はないのよ。水泳部に入らなくっても私たちは全然気にしないから」




「先に来た二人はその話を知らなかったんですか」なつきがたずねる。肩をすくめるようにして知美が答えた。「知っていたわよ。私たちがそのことをいうと、知ってますよ。こえーっすよね。でも俺ら幽霊見えないし、といってたわ」




「勇気があるわよね。昨年の事故があったときだって男子は十人以上いたのにみんな臆病風に吹かれて辞めちゃったんだもの。あ、あなたたちのことは水泳部に入らなくてもそうは思わないわよ。女の子だもの。ただあのときの男子にもっとしっかりしてほしかったなって思うだけ」雪がいう。




「勇気があるというよりただのバカかもしれないけどね」パンツの件を思い出して知美が笑いながらいった。

あとからなつきとかおりが覗いてみたプールではすでに二人がで泳いでいた。一人はクロールでもう一人は平泳ぎだ。伸びやかなフォームで水面にはほとんど飛沫しぶきが立たない。屋内プールには全部で八レーンあり部員全員で使ってもレーンが余る。駅の近くのスイミングクラブではかおりが行く時間帯では一つのレーンを二人から四人で使っている。貸し切ってプールを使っているような二人を見て、やはり今日は水着を持ってこればよかったかもとかおりは思った。




翌日からなつきとかおりも練習に参加することにしてその日は帰ることにした。かおりは水泳部の噂よりも部員が少ないことにほっとしていた。先輩の小沢知美と相家雪ともうまくやれそうだ。教室の中でもかおりはおとなしくなつき以外の生徒と話すことはなかったが特に無視されているような雰囲気もない。登校開始から二日目の朝は少しの希望が生まれていた。|(私は変われるかもしれない)ベッドの上、心の中で呟くとかおりは支度を始めた。




放課後になり、かおりとなつきが部室に行くとまだ鍵がかかっていた。隣の部屋には何があるのだろうとかおりがドアを開けてみると薄暗い中で何かが動いているのが目に入った。びっくりしてかおりの腰が引ける。




「おおっ痴漢」「いやんっ見てんっ」男子の声だ。そういえば男子が二人いるといっていた。ここは男子部室として使われているのだ。「ごめんなさい」かおりは慌ててドアを閉めた。かおりとなつきが女子部室の前で待っていると水泳パンツに着替えた男子二人が先ほどの部屋から出てきた。




「あなたたちが一年の新入部員。よろしくね」自分も新入部員なのになつきが先輩のような態度でいう。




「どうもっよろしくお願いします」男子もつられて敬語で応える。




小野おの悠太ゆうたです」




「俺は小島こじまとおるです」




「私は江崎なつき、そしてこっちが」といって横に移動する。それまでなつきの後ろに隠れていたかおりが男子ふたりに向き合うことになる。「な、鳴瀬かおりです」




「あれ、二人の名前ってもしかして」小野悠太と名乗った方が近づいてくる。




「やっぱりそうだ。同じ緑化委員じゃない」「えっ同じクラスのなつきちゃんとかおりちゃんなの?ラッキー」小島透と名乗った方も近づいてくる。同級生と分かった途端になれなれしくなる男子たちだった。なつきが先輩のような態度をとったことも気にしてないらしい。




「俺たちすごくね?クラス一緒で係が一緒で部活が一緒。運命感じます」小島透がわざとらしく両手を胸の前で組んでいう。




「偶然よ」なつきは落ち着いている。




「なっきーとかおりんは今日から練習するの」小野悠太が二人の持ったバッグを見ながらたずねる。




「するよ」




「ねっ競泳用?それともスク水」小島透だ。近くで見ると丸顔なのが分かる。




「チームメイトを変な目で見ないように。先輩に言いつけて練習時間を変えてもらうよ」




「いつに」小野悠太だ。こっちは少し垂れ目だ。人が良さそうにもいやらしそうにも見える。




「私たちが練習していないとき。真夜中とか早朝」




「いじめだろ」男子二人が声を合わせる。




「それが嫌なら練習に集中すること。水泳部なんだから」




そのとき玄関のドアが開き小沢知美と相家雪が入ってきた。




「ごめんね。二人とも待たせちゃって。部室の鍵のスペアを作りに行っていたら遅くなってしまった。といって白いクマの人形がついた鍵を差し出した。かおりとなつきの前に差し出した。なつきが受け取り、かおりにも見せる。鍵は新しく光沢を帯びており、クマの人形も新品のようだ。




「昨日の帰りに学校近くの鍵屋が閉まっていてね。さっき作ってもらったばかりだよ」




「ありがとうございます」一年女子は声を揃えてお辞儀をした。




「あの俺たちの部室の鍵ってあるんですか」小野悠太が新しいスペアキーをのぞき込みながらたずねる。




「男子部室の鍵は私たちはノータッチなのよ。今度顧問の先生に聞いてみるね。ふたり、もう着替えたなら先に行って準備運動しときなさい」というと知美は先に行った雪に続いて部室に入った。なつきとかおりもあとに続いた。




先輩たちは着替えるのが早く、かおりが荷物をロッカーの中に入れた頃には競泳用のパステルブルーの水着に着替えていた。一年生二人も急いで水着に着替える。なつきは黒と紺の競泳水着でかおりがスクール水着だった。かおりは競泳用の水着も持っているのだが、部活でどちらを着ればよいのか分からなかったのだ。三人ともが首から肩と太股までを覆った競泳用の水着なのを見て、かおりはやはり競泳用にすれば良かったと思った。四人がシャワーを浴びてプールのふちに立つと水の中から歓声が上がった。小野と小島が水の中を飛び跳ねながら叫んでいる。




「ガキというか、毛のない猿というか」なつきが呟く。「スク水最高ー」という声も聞こえる。やっぱり明日は競泳用の水着を着てこようとかおりは思った。




「つくづくバカなのが入ったね」小沢知美が相家雪の方を見ていうが、その顔は笑っている。「半年近くも二人だけのプールだったからああいう声は耳障みみざわり」と雪はいいつつもモデルのようなポーズをとっている。容姿端麗な雪なので絵になる。本物のモデルといっても通用しそうだった。小野悠太と小島透の歓声がそれに応える。ひとしきり男子二人を騒がせてから知美がいう。「さぁ練習始めるよ。一年男子は、準備運動したの」




「うぃーす」二人がプールから応える。




「ならアップで200メートルフリーはじめ」




「うぃーす」と二人は泳ぎ始めた。小野悠太がクロールで小島透が平泳ぎだった。




「それじゃあ私たちは準備運動から。なつきが号令やって」「はい」なつきの元気のいい「1,234」のかけ声で女子四人は跳躍、屈伸からはじめる。




水の中に入るとアップから始まり、キック、プル、スイムの基本練習に加え、それぞれのスタイル1で1500メートルを泳ぎ、クールダウンの200メートルを泳ぎ切った。その頃には心地よい疲労に包まれていた。スイミングクラブでは一人で黙々と泳ぐだけなので、仲間と数あるメニューをこなしていくのは楽しかった。それはかおりが今日初めて見つけたことだった。小島も小野も自分たちが泳いでいない間は騒がしかったが、その中にはかおりへの応援も含まれていて、応援されることもかおりにとっては初めての経験だった。部室に戻って制服に着替える頃には外は夕暮れになっていた。




「なつきとかおりの家はどっちの方向なの」相家雪がきいてきた。話してみると小沢知美と相家雪の家は裏門から出た方向で、1年の二人とは逆方向だということが分かった。部室を出ると建物全体の入口近くで小野悠太と小島透が待っていた。




「お疲れ様でした」大きな声をかけてくる。二人とも全然疲れていないように見える。「みなさんお家はどちらですか」小島透が聞いてくる。どうやら1年は四人とも同じ方向だということが分かった。建物を出ると裏門の方向へ向かう2年と正門の方へと向かう1年に分かれた。なつきとかおりを挟んで小野悠太と小島透が両端について横一列で歩き始めた。かおりのすぐ隣で小野悠太が歩いている。かおりの目の位置に悠太の肩があり、並ぶと意外に背が高いことに気が付いた。




「なっきーはどうして水泳部に入ろうと思ったの」透が聞いてくる。




「私は小学校のとき転校ばっかりでさ。学校変わっても影響の少ない個人競技の部活に入ろうと思ってたんだ。おばあちゃんの家が海沿いの田舎にあって夏休みとかに帰ると海で泳ぐのが楽しみでさ。それでかな。あんまり深く考えてないよ」




「そっか。かおりんは」




「私は、小学校からスイミングクラブに入っていたの。水泳部にはなつきが誘ってくれたから」




「だからフォームがきれいだったんだね。いや、なっきーの泳ぎも大胆で華麗かれいだったけど」




「そこ別にフォロー要らないって。自分が初心者だということは分かっている」となつきはさっぱりいう。自分に自信があるんだとかおりは思った。なつきはいつも堂々としているように見える。できるだけ目立たないようにしている自分とは正反対だ。




「あなたたちはどうして入ったの。見たところ初心者ではないみたいだけれど」なつきがたずねる。




「それは二人とより多くの時間を過ごすために決まっている。クラスも係も一緒だし」透が鼻の穴を膨らませていった。顔の輪郭りんかくが丸いのでユーモラスな見た目になる。




「まぁこいつはクラスの二人に一人は同じようなことをいってるな」悠太が続ける。




「女子にだけということ」思い付いたのでかおりはいってみる。思いつきをすぐ口にするなんてかおりには珍しいことで、いつもなら黙ったままだ。泳ぎ疲れたことで、言葉がいつもなら働く頭の回路を迂回してそのまま口から出るようだった。




「ご名答」悠太がかおりを見て笑っていった。




「失礼だな。俺は今日かおりんのお尻となっきーの膨らみかけた胸を見てだな。それらに忠誠を誓うと決めた。お前こそどうなんだ。幸せ行きの列車は悠太が乗らなくってもかおりんとなっきーを乗せて出発するぞ」




「いや、私たちも乗らないから。勝手にどこへなりと出発して」なつきが手の平を下にして振る。犬か猫を追い払うようなしぐさだ。




「なっきーが乗らなくてもかおりんがいる。なっそうだろ」透が鼻の穴を膨らませてかおりを見る。




「わ、私もやめておきます」かおりは下を向いていった。




「そうか。まだ二人の信用を勝ち取るには時間と実績が足りないな。だがその過程もまた楽し。ふふふ」空を見上げて透が笑う。




「お前その顔不気味だって。頭のおかしくなったアシカみたい」悠太がいった。

妙にまとを得たたとえになつきとかおりは吹き出した。悠太と透の家はなつきとかおりの家よりも手前で左に行ったところにあるようだった。




手を振って別れる前に透と悠太はもう一度かおりに「かおりんのスク水すごく良かった。明日もよろしく」といってきた。「あなたたちかおりのことをなんだと思っているのよ。コスプレが好きなら自分の彼女に頼みなさい」となつきがいうと「彼女がいないからいっている」と透がしょんぼりとしていい、「かおりんのことは水泳部のマスコットと思っているし、それにこれから彼女になるかもしれないじゃないか」と悠太がいった。「いや、なっきーも彼女候補なんだよ。ただかおりんにはそういうのががいいやすいというか。そうだ、なっきーも明日からスク水で練習してよ」と透は期待に満ちた目でいう。

なつきはつんと鼻を上に向けると背中を見せて手だけを振った。かおりはなんといっていいか分からずに軽く会釈をして下を向いたままでなつきの隣で歩いていった。




帰宅の途中で相家雪は近所のスーパーに立ち寄った。お菓子を二つかごに入れ、考え直してあと二つかごに入れる。店内を移動して紅茶のティーバッグを熟慮じゅくりょしてかごの中に入れた。




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