弾ける水とふやけたビスケット
ごくり、と喉が鳴る。
逞しいようで細いその喉についた喉仏が上下する様をつい見てしまう。私の視線に気付いたのか、一弥はペットボトルを口につけたまま眉をぴくりと動かした。
元々眉間に深い皺を刻んだような眉が更にしかめられると、もうとてもではないが普通の青年には見えない。
「なんだ、欲しいのか」
一弥は私の視線の理由を喉が渇いたからだと勘違いしたらしく、そんな的外れなことを言った。
「違う」
欲しいか欲しくないかと問われれば、勿論欲しいと返す。でもそれは、ペットボトルの中で弾ける水のことではなく、彼のことだ。
もう何年もこんなふうに、付かず離れずの関係を続けてきた私の心と脳は正直限界に近い。
それでも彼が私をどう思うかはわからずに、こんなふうなやり取りをするだけで時間は無情にも過ぎていく。
「素直じゃねぇ女」
一弥の科白に泣きそうになるのも、限界の証なのだろう。
ずっと水に浸かっているせいでふやけた皮膚のように、心もふやけているのだ。
一弥に何も返さずにビスケットを口に含んだ。口腔内の唾液でビスケットを丹念に溶かしていくのは、口を開かなくて済むように。
仄かな甘さがずっと舌の上に居座る。
横顔を見詰めるだけで、引きも押しもしない。
一弥の手の中にある弾ける水と、私の口の中にあるふやけたビスケット。
「なあ、告白していいか?」
一弥の声に、私は思わず口を開けてしまった。
いいよ、とも、駄目、とも言えない。
「俺は、本当はあまーいジュースが好きだ」
炭酸水を手にした男がふざけたことを言うので、拍子抜けしてしまった。何が言いたいのかさっぱりわからないし、要らぬ期待をした自分が恥ずかしくなる。
何より、一弥に甘いジュースなんて似合わない。炭酸水が一番お似合いだ。
味気のない飲み物が。
「……じゃあ、私も。本当は甘いビスケットよりも、苦いチョコレートが好き」
小さくて目が大きくて、そんな私には皆、甘いケーキがお似合いだというが、本当は甘いものはそんなに好まない。
「てことは、俺達両想いだ」
にかりと笑う一弥が憎らしくて。
でも、そっと手を繋ぎたくなるほどに嬉しくて。
「口の中が甘いから、その水ちょうだい」
「口の中が寂しいから、そのビスケットくれ」
私達がずっと隣り合わせにいた理由はきっとこれなのだろう。
一人称、そして文章の練習。内容は思い付きです。