何だか不穏な気がするけれど気にせず婚約することにした
『どうして……私が欲しいと望む愛をくれないんだ。私はそんなものを貰える人間ではないのか?』
嘆きながら自分の手のひらに顔を埋める十七歳程の男は、苦悩するようにゆるく頭を振った。
そのたびに白銀色の長い三つ編みが揺れる。
『お前がいるから、お前が!』
閃いたのはナイフだった。
それがまっすぐに向かってくる。
まっすぐ見つめてくる顔は息を呑むようだった。
胸に届いたと思ったところで、ルリイエは勢いよく目を開けた。
どうやら眠っていたらしい。
馬車の振動に眠気が負けたのだろう。
「顔が凄かったわ」
今しがたの夢。
ナイフが出てきたことよりも、顔の印象が強すぎる。
紫の瞳に白銀の髪が氷の精を思わせる、美しい姿だった。
表情は憎悪に歪んでいたけれど。
茶色のボブヘアーに可もなく不可もない顔のルリイエとは正反対だ。
瞳は金と少し派手なのが逆に浮いていて、ちょっとコンプレックスだったりする。
「ルリイエ大丈夫か?」
「大丈夫よ、お父様。見慣れなさすぎて驚いただけだから」
安心させるように笑うと、なんか変な夢でも見たんだなという顔をされた。
間違ってはいない。
「ルリイエ、今日はブリュッベルク公爵家の長男であるジェデル様とお会いする。二人きりではあるが見合いではなくただのお茶会だ、気負わなくていい」
ルリイエの家は公爵家よりも爵位が二つも下の伯爵家。
堅実な、やはり可もなく不可もない家柄だ。
何故声がかかったのか不思議に思ったけれど、父親がブリュッベルク公爵の先輩で交流があったそうだ。
驚きである。
しかしそこで何故、子供同士でお茶。
お見合いではないというのなら気楽なものだけれど、じゃあお友達にということだろか。
話によれば、これから会うジェデルとやらはルリイエのひとつ年上らしい。
ますます不思議でならない。
学園にいくらでも友人知人がいるだろうに。
(私ももうすぐ高等部なのよね。まさかまた、高校生をやるなんてね)
ヤンバー伯爵家の長女であるルリイエには、前世の記憶がある。
もとはいたって平凡な人間だった。
太く長く楽しくが心情で、家が嫌で転がり込んできた妹のオタク趣味を横で眺めていた記憶がある。
妹はなかなかのオタクだけどルリイエは違った。
『へえ、異世界に生まれ変わるとか流行ってるんだ』
『異世界転生はロマンだよ、おねえちゃん!』
自分が生まれ変わってもの凄く驚いた。
こういうのは妹の方が詳しいだろうけれど、自分には未知の世界すぎる。
まあでもなってしまったものは仕方ないと、一から人生を楽しんでいるわけである。
そんなことを考えている間に、公爵邸へと到着した。
応接室に通されると、中肉中背の紳士がほがらかに笑っている。
背中を押されて、ルリイエは一歩前に出た。
「ヤンバー伯爵家の長女、ルリイエと申します。よろしくお願いします。」
「よく来てくれた。こちらが私の息子だ。今年学園の二年生になる」
目の前にはルリイエの目をくぎ付けにするほどに綺麗な青年。
白銀の長い髪を後ろで細く三つ編みにまとめているのが尻尾みたいだとルリイエは思う。
紫の瞳は涼し気で、髪の色とあいまって冬の妖精もかくやという出で立ちである。
しかしその顔立ちにルリイエは驚愕した。
さきほどの馬車に出てきた美貌の男。
ルリイエに向かってナイフを突き立てた男だったからだ。
現在は憎悪の色ではなく無の表情だが。
「息子のジェデルだ」
「……はじめまして」
それ以上は声を出す気もないらしい。
ついでに言えば、紫の瞳は冷め切っている。
表情だってピクリとも動かない。
十七歳なら元気あふれる年齢のはずなのにどうした、と肩を叩きたくなる。
「じゃ、じゃあ二人でゆっくりお茶を飲むといい。私達もつもる話があるからね」
公爵がとりなすように言えば、ジェデルはひとことわかりましたとすぐに背中を向けて部屋を出て行くので、ついてこいということだろうと判断し追いかける。
お茶の準備がしてある部屋に到着してお互い椅子に座ると、特に会話もなくシンと静まり返った。
ジェデルは静かにお茶を飲むだけで、ルリイエを見ようともしない。
完全にいない者扱いだ。
(これはお父様の言ったとおりだなあ)
馬車のなかで聞いた話を思い出す。
ジェデルは誰とも交流をしようとしなくて、公爵がとにかくいろんな人に会わせている最中らしい。
(私に会っても何も変わらないと思うけどな。にしても、うーん、なんとなく最初から思ってたけど)
ふとジェデルが目線を上げる。
じっとルリイエはジェデルの顔、というか瞳を見つめた。
その不躾さにジェデルがわずかに眉を寄せるけれど、そんなものを無視してルリイエは視線をそらせないでいた。
(目は綺麗だし紫水晶みたいだけど……)
「目が死んでません?」
「は?」
おもわず漏れた言葉に、ジェデルがぽかんとする。
その表情にちょっとかわいいなと思ってしまった。
仮にも年上の男なのに。
「だから目が」
「いやいい……何だいきなり」
もう一度言おうとしたら顔を顰められて遮られる。
ルリイエは再びジェデルの顔を見返した。
白い肌は顔色が悪いのかもとからなのかがわからない。
けれど確実に言える。
「いきなりというか、挨拶のときから思っていたんですよね。高等部って大変ですか? ちゃんと休んだり息抜きしてます?」
「お前に関係ないだろう」
ジェデルが嫌そうに眉間に皺を寄せた。
すぐにフンと無表情へと戻ってしまったが。
ルリイエは特に気にせず紅茶にトポリとミルクを入れた。
ティースプーンで混ぜれば、くるくるとした動きにあわせて飴色が変わっていく。
「関係ないですけど、そんなに目が死んでたら気になってしょうがないですよ」
「なんだその死んだ目とは」
「生気がないというか、魚が死んでるときの目に近いですね」
「失礼な奴だな」
ひやりとした目がルリイエに向けられる。
その眼差しは夢で見たナイフのように鋭利な光を放っていた。
しかしそれなのに美しさは損なわれていない。
目が死んでるのに。
「ストレスためてません? 勉強のしすぎとか」
「やって当たり前のことにたいして、ストレスをためるわけがない」
バカバカしいと言うようにジェデルがお茶をひとくち飲む。
それにならって、ルリイエもティーカップを口に運んだ。
かぐわしい香りとまろやかなミルクティーの味が素晴らしい。
さすがは公爵家で出されるものだ。
一級品だとすぐわかる。
「それ違いますよ」
断言する声に、わずかにジェデルの目がルリイエに向けられた。
「駄目ですね。疲れは蓄積するものなんですよ。頑張るには休憩が大事だし、ご褒美も大事です。自分を褒めたりとかも」
ビシッとルリイエは勢いよく言い切った。
それはもう断言した。
そのルリイエの様子を見て、ジェデルがあからさまに奇妙なものを見る目になる。
完全に理解不能だと顔が語っていた。
「当然のことを褒めてどうする。それも自分で」
「いや、褒められなきゃやる気無くしますよ。努力だって誰かに認めてもらえなかったら疲れたって、もう頑張れなくなります」
ジェデルが今までの比じゃないくらい顔を不機嫌そうに歪める。
完全否定の顔だ。
「そんな顔しても、これは本当ですからね。褒められると自信だってついて、やる気が溢れます」
カップをソーサーに戻して胸を張ると、ジェデルの目が未知のものを見る目になった。
未知というか珍妙なものを見る目の方が近いかもしれない。
「もしかして公爵様には褒められたりしないですか?」
「父上が褒めたりするわけがない」
「やって当たり前だから?」
「そうだ」
んー……とルリイエは少し考えるように、かすかに首を傾げた。
(一番は親とか兄姉なんだけどなあ。あと友達)
ルリイエは一緒に住んでいた妹がよくねぎらってくれたものだ。
もしかしたら学園には友達がいるかもしれないと思いつつ、いない可能性にルリイエは内心唸る。
なんかいない可能性が高そうだ。
いても当たり障りがなさそうというか、お世辞でも褒めたりねぎらったりしなさそうである。
健闘を称えあうとかでもいいのだが。
褒められずに頑張るのは、正直しんどいと思う。
やってばかりで与えられないのは、いつか燃料が切れるよなというのがルリイエの持論である。
(これも縁でしょう)
ジェデルを見て、うんとひとつ頷く。
「じゃあ頑張ったら私のところに来てください」
「は?」
「沢山褒めますし、なんなら頭だって撫でちゃいますよ」
意外と頭を撫でられるのは嬉しいものだ。
ハグなんかも効果的だと思う。
ストレスが緩和されると聞いたことがあった。
にっこり笑うと、とても驚いた顔でジェデルが目を見張った。
テーブルに置こうとしていたティーカップの目測を誤ったように、カチャンとソーサーへ当たる音が存外大きく響く。
呆然としたような顔でルリイエを見たあと、ハッと我に返ったようにジェデルはきゅっと唇をひき結んだ。
「バカバカしい」
鋭く睨むジェデルに、ルリイエは受け流すように微笑んで。
「意外とバカにできませんよ」
とほがらかに告げた。
その後、二人にそろそろと声をかけた父親たちに促されてルリイエはブリュッベルク公爵家をあとにした。
馬車に揺られながら、美しい姿を思い出す。
「目の保養だったわ。死んだ目だったけど」
死んでいる目以外は完全なる美の化身だった。
あと意外と喋りやすかったなと思う。
口数は少ないし睨まれるけれど、許容範囲である。
空気が静かなので、沈黙が耐えられない人には辛いかもしない。
あと反応がほぼないので、それに腹が立ったり不安になる人も無理だろう。
ルリイエは全部平気だった。
返事が返ってくるなら喋りたいように話すし、遮ったりもされなかったので雑音が流れている程度に思われているのだろう。
だったらラジオとでも思ってもらえればいい。
もとからルリイエはひとりごとが多い方だ。
(あー……でもやっぱり余計なお世話だったかしら。男の子に頭を撫でるは子供扱いだったかな。それもひとつ上)
でもなあと思う。
ちょっと無視をするには気になりすぎたのだ。
死んだ目は気になるし、元気になればいいなあとは思うけれど。
「まあ、縁があればまた会うかもしれないわね」
窓の外を見ながら肩をすくめる。
ルリイエはそれなりにお茶とお菓子とついでに会話も楽しんだけれど、ジェデルは間違いなく楽しんでいなかった。
父親同士のつきあいで顔をあわせただけだ。
父親はともかくルリイエが公爵家と関わることは多分なさそうかなと思うので、まあ縁があれば会うかもねくらいに思っていた。
思っていたのだけれど。
何故か現在ルリイエはブリュッベルク公爵邸にいて、ジェデルと向かいあっている。
首を傾げたくなるのを何とかこらえた。
父親いわく、公爵からの申し出らしい。
何でもジェデルが引きあわせた人間と話を弾ませたのは、はじめてだと。
誰だそんな報告をしたのは。
十中八九、給仕をしていた使用人だろうけれど。
あれは弾んではいないだろう。
虚偽は駄目だろう、虚偽は。
ちらりと向かいを見ると、前回同様に静かにジェデルがカップを傾けている。
無表情、無感情、ついでに死んだ目。
変わりない。
静かな空気のなか、ルリイエはふと外を見た。
もうすぐ春だというのに、最後のあがきと言わんばかりに雪が積もっている。
例年通りなら、とっくにそんな時期はすぎたのに。
「公爵邸ってやっぱりお庭は広いですか?」
窓の外を見ながら尋ねると、沈黙。
ジェデルを見ると、目だけがだから何だという色をしている。
「お庭を散策しませんか?」
「一人で行け」
「お客様を放っておいていいんですか?」
疑問を投げかければ、眉をしかめられた。
想定内だ。
「素敵なお庭だから」
「雪しかない」
「雪、綺麗じゃないですか」
前世は雪とは無縁の地域に住んでいたルリイエは雪に興味津々だ。
母親が過保護気味で庭に出て雪遊びというものを、子供の頃からいい顔をされなかった。
今では年頃の娘がと雪遊びしようものなら叱られる始末だ。
せっかくその母親の目がないのである。
遊びたい。
「……」
「先に行きますね」
立ち上がるルリイエに、さらにジェデルの眉間に皺がよった。
そして結局立ち上がる。
お客様を放置するのも、勝手に屋敷のなかを歩かせるのも、そりゃあ駄目だろう。
庭は銀世界だった。
そして広い、本当にだだっ広い。
しかも多分ここは一部だろう。
吐く息が白くなって、風が頬を刺す。
先導するジェデルの後ろを歩いていると、細く編まれた長い三つ編みがわずかに左右へと揺れる。
「ふふ」
「なんだ」
微笑ましくて笑ったルリイエに、ジェデルが無表情に振り返る。
「いえ、三つ編みが尻尾みたいでかわいいなと思いまして」
思ったことを言ったら瞳が鋭さを増して、おっとと思う。
男の子に可愛いは禁句だったかもしれない。
話題を変えよう。
「厚着嫌いだから、マフラーあんまりしたくないんですよね。でもお母様が薄着は怒るんです。ジェデル様のお母様はどんな方ですか?」
なにげなく尋ねると、見てわかるほどにジェデルの顔色が悪くなった。
ひくりとジェデルの喉が浅くひくついて、瞳がかすかに揺れる。
ルリイエはひとつまばたきをすると、黙ったままジェデルに近づいた。
その長身がピクリとかすかに揺れて、体が強張るのがわかる。
「いいもの見せてあげますね」
ルリイエは気にしていない顔でおっとりと笑った。
実際あまり気にしていない。
倒れそうなほどではないし会って二回目の人間が踏み込んでいいレベルの顔色ではない。
ルリイエが出来ることといえば、気を散らす手助けをするくらいだ。
「最近魔法が上手くなってきたんです。ジェデル様は何の属性ですか?」
まだ顔が強張っていて、ジェデルは指先まで固まっている。
気にせず笑って話すルリイエに、わずかに紫の目が向いた。
「私は水と火なんですよ。水の適正が高かったみたいで、今は氷を作ることが楽しいです」
手をひと振りすると、その手のなかにドンとでかい氷塊が現われる。
でかすぎて慌ててルリイエはそれを両手で持った。
自分で出しておいてなんだが、とても重い。
ジェデルが目を思わずというように丸くした。
さすがに大きすぎる氷塊に驚いたらしい。
今ルリイエの手にあるのは、両手で持てる程度には小さいけれど、いかめしい大きさの氷塊だ。
ルリイエは実は細かい魔力コントロールが苦手である。
「魔力が少し多いらしくて」
えへへと恥ずかしそうに笑うルリイエに、ジェデルが小さくため息を出す。
その体からは強張りが解けていた。
呼吸も浅くないし、瞳も不安定に揺れていない。
「……大きすぎだ」
「細かい操作苦手なんです。でも大は小を兼ねるからいいじゃないですか」
ルリイエの手の氷塊をじっと見たあと、ジェデルが指先を動かした。
その動きによって、氷塊がパキパキと音を立てて削られていく。
削られていく光景を見ながら器用だなと思った。
ルリイエではこうはいかない。
魔力操作が緻密なのだろう。
「氷を操れるってことは水属性ですか?」
「……水と風だ」
「同じ複数持ちですね」
氷塊が削られて、花弁の多い氷の花の形になった。
キラキラと太陽光を受けて光を弾き、雫が美しさを際立たせている。
「わあ! すごい、細かい!」
こんなものは、はじめて見た。
嬉しそうにはしゃぐルリイエに、ジェデルはそれをじっと見つめてくる。
気分がまぎれたのかなと思っていると、持っていた花がパッと壊れて無くなった。
パリッと音を立てて小さな結晶へと崩れて地面の雪へと落ちてしまう。
「あぁ……勿体ない。綺麗な花だったのに」
「たかが花だ」
「綺麗だったら何でもいいじゃないですか。綺麗は正義ですよ、可愛いもですけど」
「……」
むんと胸を張ると、ジェデルはじっとルリイエの顔を見た。
前世からの持論だけれど、男の子にはわからない可能性が高いなと思う。
たかが花とか言っちゃう感性だ。
そんなことを思いながら顔を見返すと美しい。
これは直視できる人間とできない人間に分かれそうだなと思った。
ちなみにルリイエは遠慮なく見ている。
綺麗は正義だ。
自然とお互いじっと見つめあうことになってしまった。
先に視線を外したのはジェデルだった。
それもそうだろう。
他人と見つめあうなんて嫌いそうだ。
会って二回目だけれどそれくらい察せられる。
風が吹いて、ぶしゅっとルリイエの鼻からくしゃみが出た。
それなりの時間外にいたから、体が冷えたらしい。
「部屋に戻るぞ」
「あ! 雪だるま作りたかったから庭に出たのに」
人様の屋敷で何をする気でいたのだという目をジェデルに向けられてしまった。
自分の屋敷ではこっそりとしか出来ないのだから、庭に案内してもらった時点で雪だるまの許可を取ろうと思ったのだ。
タイミングを逃してしまったけれど。
不完全燃焼であるが仕方がない。
様子をおかしくさせたジェデルも休ませた方がいいだろう。
でも氷の花は綺麗だった。
「戻りましょう」
寒いし早く、とルリイエはジェデルの手を取って歩き出した。
雪が歩きにくいので、具合を悪くしていたジェデルを支える杖代わりのつもりでもある。
「転びそうになったら掴まっていいですからね」
掴まれた手をジェデルがじっと見ていたのには、勇ましく前を歩くルリイエは気づかなかった。
□ □ □ □
暗い空間のなか、銀色の三つ編み。
それらがゆらりと揺れた。
『俺が愛してほしいのはあいつだけなのに、どうして他の男たちにまで優しくするんだ』
苦痛にさいなまれるような声は、絞り出すようだった。
(え? 何事)
ふと浮いた言葉は、多分自分のものだろうとぼんやり思う。
『お前がいるからなのか?』
冷たい目でまっすぐにジェデルがルリイエを見つめてきた。
その紫の瞳には嘆きの色しか滲んでいない。
手には短剣があって、それが大きく振りかぶられた。
あ、と思ったときには、その短剣はルリイエの胸に突き立てられていた。
バッと反射で目を見開く。
ふ、と小さく吐息したことで今までの光景が夢だったと気づいた。
まあ夢じゃないと困る。
「超リアル……」
ガバリと起き上がり、首を傾げる。
寝ぐせだらけの鳥の巣頭は、その動きに合わせてボサリと髪が流れた。
サラサラではないので癖はつきやすいのだ。
「あれってジェデル様だったよね? 三つ編みあったし」
顔を見れば一目瞭然だけれど、意外と三つ編みが気に入っていたルリイエの反応はそちらだった。
いや顔も美しい美術品のようだと思うけれど。
「なんでいきなり殺されてるのよ。まだ二回しか会ってないんだけどな」
夢を反芻すると、ルリイエはますます首を傾げた。
そういえばはじめて公爵家に行ったときにも、似たような夢を見なかっただろうかと思い出そうとする。
あんまりちゃんと覚えていない。
ただとりあえず今の不穏な夢の主は、間違いなくジェデルだ。
「愛してほしい人がいて、その人は複数の男に優しい……え、愛憎劇?」
ちょっとげんなりしそうになる。
恋人がいる相手への片思いとかじゃなく、博愛主義者相手だろうか。
それは何だか切なそうだ。
「なんでそれで私殺されてるの」
まったく心当たりがなくて、うーんと腕を組む。
「まあ……さすがにもう会わないだろうし、気にしなくていっかな。寝よ寝よ」
まったく動じずルリイエは二度寝の体勢に入った。
睡眠は大事である。
ジェデルの昨日の反応といい死んだ目といいやはり気になるけれど、前回と昨日でお友達になりましょうとはならないと思う。
気にしてもしかたがない。
凄惨な夢を見たにも関わらず、ルリイエはすこやかに二度寝の世界へ旅立った。
□ □ □ □
翌日、何故かブリュッベルク公爵がジェデルを連れて屋敷に来た。
青天の霹靂とヤンバー伯爵家はハチの巣をつついたように大騒ぎだった。
あたり前である。
ガクブルしながら父親がルリイエへ落ち着くようにと言っているけれど、父親よりも完全にルリイエの方が落ち着いていた。
「実はジェデル様は今まで怖がられたり、反応の無さに耐えられず逃げられたりと、まともな交流をしていなかったらしくてな。それが、庭をエスコートなんてお前がはじめてだそうだよ」
父親の言葉に昨日を思い出し、ルリイエははてと首を傾げた。
(エスコートしたっていうか、無理やり私に連れ出されたの間違いでは? それでなんでわざわざ訪問?)
一応ルリイエにもジェデルを無理やり庭に連れて行った自覚はあったのだ。
ただ雪だるまを作りたかっただけという理由で。
バレたら怒られそうである。
慌てて応接室へ向かうと、ルリイエは驚いて目を丸くした。
一度だけ挨拶した公爵と、三度目ましてのジェデルが並んで座っている。
本当に来訪していた。
そして促され、父親共々に並んで腰かけるとさっそくとばかりに口火を切られる。
その言葉に、ルリイエはぽかんと口を小さく開けた。
父親も驚愕に眉を跳ね上げている。
ヤンバー家二人は完全に雷に打たれたような気持ちだった。
よもやそんな話が出るとは思うまい。
何故なら。
「息子がルリイエ嬢を気に入ったようなので、ぜひ婚約を受け入れてもらいたい」
もう一度言おう。
雷に打たれた気持ちだ。
そしてその要件で公爵家がわざわざ格下の伯爵家に来ることなど異例にもほどがある。
何がなんでも頷けという圧が凄い。
ジェデルをちらりと見ると、スンとした顔で公爵の横に座っている。
興味も何もなさそうだ。
自分の婚約なのに。
どう見てもルリイエを気に入ったようには見えない。
ポカンとしながらも、これ本人了承してるのかなと確認したくなるルリイエだ。
息子がお茶会で会話を繰り返したのはルリイエがはじめてだとか、庭に二人で行くなんて今までなら考えられないだとか、物凄く公爵に熱弁されている。
公爵の勢いが凄い。
逆に無表情のジェデルとの温度差がひらきっぱなしである。
父親がちらりとダラダラ汗を流しながらもルリイエを見やった。
その目は申し訳なさとか心配とかが混ざっている。
(公爵家だからほぼ断れないけど、一応私の気持ちを聞いてくれるのね)
貴族の家にしては仲がいい家庭なのだ。
実は嫡男の兄はともかく、ルリイエには無理な政略結婚をさせる気はないとつねづね父親は口にしていた。
それがこの展開である。
予定とは真逆なので、父親の心情としてもルリイエが無理やりな婚約に心を痛めていると思っているのかもしれない。
安心させるようにルリイエは父親へ小さく微笑んだ。
そして父親からジェデルへ目線を移して、対面に座ったその姿をじっと見る。
長い三つ編みに冬の妖精のような色彩。
なのに気難しそうな無表情がデフォルト。
そして死んだ目。
やっぱり本日も死んだ目。
(今日はすっごい見てくる)
じっと見つめてくるジェデルに、昨日とは違って目にうっすら生気があるような、ないような気がする。
あくまで気がするような、体感一ミリ以下の感覚だ。
(私、意外と仲良くやれそうな気がするのよね)
他人が聞いたら何をもってそう思ったのか問いただしたいところだろう。
ルリイエ的には氷の花を作って見せた点で好感度は上がっている。
あと何だかんだ庭に出たりと付き合ってくれたし、初日も会話はそれなりに出来た。
弾んだかと言えば弾んでいないけれど、不快ならさすがにジェデルも無視をしただろう。
事実、今まではそうだったようだし。
(何よりこの死んだ目が気になって仕方ないのよね)
紫の目なんて綺麗なのに、目が死んでいるなんて残念きわまりない。
その流れで顔も死んでいる。
表情筋も仕事をする気がないようなので、うっかり「話聞こうか?」と顔を覗き込んでしまいそうだ。
つまりまあ、気になって仕方ない。
ほっとけないとも言う。
公爵かジェデルか、どちらの提案で婚約を申し込む結論に至ったのかはしらないけれど、まあどちらでもいい。
どっちも大して変わらない。
よしとルリイエは決意した。
夢のせいで短剣で刺してくるような不穏なイメージがあるけれど、あんなドロついた情熱はジェデルにはないだろう。
失礼だろうが間違っていないと思う。
だってどう見ても無感情。
あと夢である。
なのでルリイエはジェデルに、にこやかに微笑んで金の目をしんなりとさせる。
「これからよろしくお願いします。婚約者様」
ルリイエの言葉に、ジェデルは目をわずかに見張った。
どうやらルリイエの反応にとても驚いたらしい。
婚約を受け入れたことにか、態度にかは知らないけれど驚く顔も控えめだ。
表情筋に仕事させるのも大事だなと、その美しいかんばせを見てうっとりするどころかそんなことを考えていた。
ジェデルは一瞬膝の上にある手元に眼差しを落とす。
そして今度は今までのように何の感慨もない無表情でルリイエを見返した。
「よろしくお願いする……婚約者殿」
ジェデルの言葉に、ルリイエはよしと拳をこっそり握る。
婚約者となるからには、ルリイエのやる気に火がついた。
この死んだ魚の目よりひどいものに生気をみなぎらせるのだ。
こうしてよくわからないまま結ばれた婚約に、ルリイエは謎の使命感を燃やすのだった。




