わたしは天使ではありません。人間の子でした。
10歳を迎えた誕生日の日、体がバラバラに壊れそうなほど痛くて、三日三晩呻き続けた。
お母ちゃんはオロオロしながらも看病してくれた。
お父ちゃんは最初は心配してくれたけど、2日目からはうるせえと怒鳴っていた。
その怒鳴り声すらもすり抜けてしまうほど、痛くて、背中がベキベキと音を立てそうだった。
のたうち回って、おかしくなりそうだった。
そして4日目に、わたしの背中に羽が生えた。
町のお医者さんが診てくれたけれど、とても珍しく特別な病気だった。
お医者さんも見るのははじめてだと、言っていた。
実例が少ないからなんとも言えない、とも言っていた。
「今後、羽がなくなることはないだろう。どういうわけか、羽の生えた人間はある一定の期間が経つと空に飛んでいってしまうというのだ。君は、飛ばないように気をつけるんだよ。飛行訓練なんかはしてはダメだからね」
真剣な顔でそう言われたけれど、よくわからなかった。
真っ白な羽は、村にある教会で見た絵の中の神様の羽と同じ形だった。
その日から、少しずつ何かが変わっていった。
近所の友達からは、やたらと触られてくすぐったかった。
でも、引っ張られたり、抜かれたりすると、ものすごく痛かった。
泣きそうになると、意地悪な子にはケラケラと笑われた。
背中だと自分では届かないから、お母ちゃんが湿ったタオルで拭いたり、ブラシをかけてくれたりするようになった。
険しい顔で見てくるようになったお父ちゃんは、あんまり口を聞いてくれなくなった。
「ねえ、お父ちゃん」
「……さっさと寝ろ」
「…うん」
わたしは布団に入る前にお父ちゃんの方を振り返ったけど、気まずそうにチラリとわたしを見ていた。
さらに10日後、起き上がって布団から出ると、足が少しだけ浮いた。
足の裏と床の間に殻のままのくるみが入りそうなくらい、床から足が離れていた。
地面についていなかった。
浮いているわたしを見て、お母ちゃんが絶叫した。
「きゃああああああああ!!!」
頭を抱えて叫んだお母ちゃんの元へ、お父ちゃんがすっ飛んできた。
わたしとお母ちゃんを交互に見て、口をあんぐり開けていた。
「お前っ、何してんだ…!?」
「わかんない、起きたらこうなってたの」
「下りろ、床に足をつけるんだよ!」
「どうやったらいいの!?」
わたしも胸が潰されそうな気持ちのままに叫んでいた。
お父ちゃんに怒られてパニックになりながら、一生懸命足をパタパタと動かしたけど、全然ダメだった。
ちょっとだけ足を浮かせたまま、空中でジタバタしているだけ。
お母ちゃんが声にならない音を発しながら、わたしにガシッとしがみついた。
「お願いだよ!飛んで行かないでおくれっ…!」
お母ちゃんの悲しげな大声に、わたしまで泣きそうだった。
お父ちゃんも上から押さえつけるように、グッとわたしの肩を押した。
そうしたら、そっと床に足がついた。
そのままへたり込んで、お尻をつけながら、へなへなに力が抜けた。
2人を見上げると、お母ちゃんは青い顔のまま涙を流していて、お父ちゃんには今まで見られたこともないような光のない目で見下ろされていた。
それからというものの、ちょっとだけ浮いて、また戻ってきてみたいな日が増えた。
自分ではコントロールできないのに、お母ちゃんには泣かれるし、お父ちゃんには叱られた。
最初は面白がっていた村の人たちも、だんだんと気味悪がるようになっていった。
なんとなく、うちの家だけ孤立していくようだった。
そうして数ヶ月が経ったある日、わたしは夜中なのに目が覚めてしまった。
ろうそくの灯りがついているのが見えて、居間に近づいていくと、お母ちゃんもお父ちゃんも起きていた。
声をかけようとしたけれど、お父ちゃんの声で息を止めることとなった。
「なんだあの気持ち悪い病気は…っ」
お父ちゃんの目が冷たくなったのは、そういうことだったんだとわかった。
「あんた、そんなこと言わないでくださいよ…」
「そうは言ったって、あいつのせいで村八分になりかけているんだぞ!?俺らにだって生活がある!」
「だからって、あの子の羽は取れないって言われたじゃないですか」
「俺はただ普通に生きたいだけだ。…最悪、捥ぎ取っちまうしかねえな」
その言葉に、ドカンと殴られたみたいな気持ちがした。
心臓がドクドクと大きな音を立てた。
わたしが羽を引っ張られると痛いのを知っているのに、そんなことが平気で言えるお父ちゃんへの不信感だけが一気に募った。
わたしは口元を手で押さえて、呼吸すら聞かれないようにした。
足がすくんで動けなかった。
飛んではいかなかった。
お母ちゃんの嗜める声が聞こえたけど、あんまり頭の中には入ってこなかった。
「やめてくださいよ!あの子が辛い思いをするだけじゃないですかっ…!」
「じゃあどうしろって言うんだ!この村以外で暮らしたって結果は一緒だぞ!?」
「それは、そうかもしれないけど…」
「…あんなやつ、俺の子だと思いたくねえな」
「あんたっ…!」
2人の言い争いはなかなか収まらなかった。
わたしはやっとの思いで布団まで戻ると、必死に自分の体をくるんだ。
こんな暗い夜が早く過ぎ去ってしまえばいいのにと思いながら、もう一度眠りについた。
翌日、頭を何かにぶつけて起きた。
目を開けると、見たことない光景が広がっていた。
部屋の中を見下ろしていると気づくのに、時間がかかった。
わたしは天井に頭をぶつけていた。
その日以来、わたしは外に出ることを禁じられた。
「出ていっちゃダメよ、わかった!?」
半分脅迫めいたお母ちゃんの大声に、わたしは「うん」としか言えなかった。
お父ちゃんは、相変わらず黒い目でわたしを見ていた。
天井にずっと頭がついていて、首が折れ曲がりそうだった。
お母ちゃんはわたしに縄を渡して、自分の体を括るように言った。
お父ちゃんが縄を引っ張っても、ほんのちょっとしか戻らない。
首が90度に曲がらなくて済むぐらいの効果しかなかった。
わたしの浮き上がったままの生活が始まった。
でも、それも長くはなかった。
「もういい加減にしてくれよ…、俺たちが何したって言うんだよ…」
お父ちゃんは酒を飲みながら、弱々しい声を漏らした。
「もう、疲れたわね…」
お母ちゃんの涙は枯れて、やつれた姿だけが残った。
その時だった、わたしの体が上へと引っ張られる感覚がしたのだ。
ぐいぐいと連れていかれそうで、痛くて、堪らなくて、一番近い窓から顔を出した。
それからはあっという間だった。
ふわりと体が浮いていって、どんどん地上から離れていく。
何か眩しいと思った時、空の扉のようなものが開いたのが見えた。
そこから次から次へと、わたしと似たような羽の生えた少年少女が舞ってきた。
わたしの周りをくるくると旋回するように飛んでいく天使様のような集団に導かれて、わたしもその一部となっていった。
空の扉へと勝手に体が向かって、お母ちゃんやお父ちゃんや、村の様子を見る余裕もなく、わたしはそこへと消えていった。
「よく来たな、私の愛する子よ」
どれくらいその先に続いたかわからないけれど、どこからか教会で見た神様に似た大きな人が微笑んで手を広げていた。
「あなたは、誰ですか?」
わたしははじめて自分の意思で、羽をばたつかせることができるようになっていた。
その大きい人はにっこり笑って、わたしの手を引いた。
わたしの手が、あまりにも小さく見えるくらいだった。
「お前たちのいうところで言う、神というやつだな」
「…わたし、死んじゃったんですか?」
「いいや、お前はここで生きていくんだよ。私たち家族とな」
言われている意味はお医者さんの言葉くらいわからなかったけど、すっと入ってくるようだった。
「私は、純粋で愛に満ちた子が好きなんだ」
神様という人は、目を細めた。
「だから、気に入った子どもには羽を生やすんだ」
神様はなんでもないことのように、話を続けた。
「そうして、地上の者か、天空の者か、どちらがその子を愛しているかを試すんだよ」
「どうやって試すんですか?」
「簡単さ。愛のある方に体が動く」
神様は、眩しいくらいに笑顔を見せた。
わたしは、自分の心が自分以外のもので塗り替えられていくのがわかった。
「地上の者がその子を愛し続けたら、その子は浮くことはないし、私らの方が愛していたら、体が浮いてこちらにやってくる。それだけだよ」
やっぱり何を言われているのか、わたしには難しかった。
それでも、わたしの居場所はここしかないのはわかった。
「ようこそ、私の天使。今日からみんなが一緒だよ。もう寂しい思いはさせないからね」
神様以外の天使と呼ばれた他の子たちが、わたしの手を取ってくれて、無機質な笑顔で笑っていた。
わたしももうすぐ、『それ』になる。
了
お読みくださりありがとうございました!!
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読まなくてもいい私事なひとりごと:この度、数年ぶりに紙の辞書を手に入れました。おおぉ〜!
近々始まるAI設定必須化において、「主体的・能動的にAIによる回答を求めて使用していない限りは『AI不使用』にして問題ない」とのことでしたが、わたしの場合『AIによる要約やサジェストが含まれる検索エンジン』なんかは特に目に入るし、能動的ではないけど自分的にはすっきりはしないんよなぁ…みたいな気持ちになったので、ひとまずアナログを取り入れてみることにしました。意味あるかわかんないけど。
前から辞書は欲しいと思っていたので、いい機会ということで。
AI設定ができるようになるのも有難いですよなぁ!わたしも使う時は使うので!ありがとうございます!
ペラペラと紙をめくって、励もうと思います〜!




