トモちゃんにきづいてください
今日は現代ホラー!
明日は異世界恋愛書けたらいいな!
心理学科のとある講義。
教壇に立つ講師、小林 隆はノートパソコンを用いて教室前方に表示されたスライドを切り替えていく。
『えー、余談ですが皮肉過程理論というものを知っている人は? お。何人かいるね』
小林の問い掛けに手を上げる生徒が数名。
その様子に満足げに頷いてから彼は話を続ける。
『もう少し取っつきやすい言葉で『シロクマ実験』、『ホワイトベア効果』という関連ワードもある』
切り替わったスライドにデフォルメされた白熊のイラストと『シロクマを思い浮かべないで!』という文字が映される。
『さて、ここで実際に試してみて欲しい。シロクマを思い浮かべないでね。いい? シロクマだけは絶対に思い浮かべちゃ駄目なんだ』
十まで数が数えられる。
それから小林は前列に座る生徒一人を指名してこう聞いた。
『はい。今何を思い浮かべてた?』
「えっと、シロクマです」
『そう。これが人間の脳の仕組みなんだ』
生徒達が感心するように息を吐く。
小林は腕時計で時間を確認する。講義の終了時刻ぴったりを示していた。
『具体的な禁止はより人の記憶に残りやすくなる。面白いよね。……それじゃあ今回はここまで。ああ、前回提出のレポートが出せていない人がいるから早めに出してね』
講義が終わると、生徒達は次々と教室を後にした。
粗方学生が去って行った頃。小林もまた片付けを済ませて教室を出ようとした。
その時、一人の女子生徒が彼へ声を掛ける。
「あのぉ、小林先生」
「ん? ああ、どうした」
染めた事がなさそうな艶やかな黒髪を肩まで下ろした生徒。
小林は記憶を辿り、彼女の苗字が『岡崎』であると思い出す。
「さっきの、シロクマの話なんですけど」
「ああ、うん」
「こう、ホラー作品とか都市伝説とかに通ずるものがあるのかなって」
「え?」
「ホラーの鉄板の中に『○○してはいけない』系って多いじゃないですか」
小林は岡崎の言いたい事を汲み取り、納得した様に頷いた。
「ああ、それは皮肉過程理論を利用して恐怖を誘発していると言えるだろうね」
「あ、やっぱり」
岡崎は小林の話へ熱心に耳を傾ける。
どうやら講義の内容でわからない事があったというよりは皮肉過程理論に興味を持ったらしい。
「岡崎さんはホラーが好きなの?」
「はい。掲示板とか結構漁ったりしてて。……で、最後の先生の話を聞いた時、最近見た都市伝説の中で面白かったのを思い出して。トモちゃんって言うんですけど」
「へぇ」
「あ。因みになんですけど『聞いたらいけない』とか『○○を思い浮かべたらいけない』みたいな、不可抗力が絡んできそうなケースの怪異ってどうやって対策すればいいんですか?」
岡崎の問いは、単位や試験に絡むような話題ではない。
世間話の延長のようなものだ。
しかし自身から発信した知識に教え子が強い興味を示してくれるのは嬉しかったし、何よりこの熱意を勉学へ関連付けさせてやる事も講師の務めであると小林は考えていた。
「うーん、難しいな。前者は心理学的観点からどうこうできるようなものではないけど……後者なら禁止するのではなく注意を逸らす方法とかが有効かな」
「注意を逸らす?」
「わかりやすく例えるなら、『シロクマを思い浮かべない』ようにするのではなく『ヒグマを思い描く』ことを考えるって感じかな」
「なるほど! してはいけない事じゃなく、そうしなくて済む方法へ着目するって事ですね」
「そういう事。因みにこれはあがり症の対策などにも応用できる考え方で……っと、ごめん。そろそろ出ようか」
話し込んでいると、教室へ次の授業を担当する講師が姿を見せる。
準備の邪魔になると考えた小林は話を切り上げ、岡崎と共に廊下へと出る。
「あ、次の授業遅れちゃう……! ありがとうございました!」
「いいえ」
「気付かないように工夫してみます!」
去って行く岡崎が言い残した言葉の意味が小林にはよくわからなかったが、きっと何かしらの禁止事項を絡めた都市伝説の話だったのだろうと悟る。
彼女が創作物にのめり込み、勉学が疎かにならないことを願いながら小林は研究室へと向かうのだった。
***
それから十日程経ち、小林は講義を二度開いた。
岡崎は姿を見せなかった。
最後に会った時に少々印象的な会話をした事もあって、彼女の姿を何となく探したが、それらしき姿はない。
講義を終わらせた小林は岡崎と仲が良かった女子生徒、杉田へ声を掛ける。
「岡崎さん、体調でも崩してたりする?」
期末考査が近づいている時期だ。これ以上休みが重なればテストで結果を出せないかもしれないという純粋な心配が小林にはあった。
しかし彼が岡崎の名を出した次の瞬間、杉田はあからさまに顔を顰めた。
彼女の話をされたくないという拒絶が、そこにはあった。
「知りません」
「仲、良かったよね?」
「今は違うので……」
素っ気ない返事に違和感を覚えたのも束の間。
教室の外で、甲高い声が響いた。
何事かと小林が廊下に出ると、そこには一人の生徒に縋りつく岡崎の姿があった。
「お願いします! お願いしますお願いしますお願いします!!」
彼女は目を血走らせ、涙と鼻水で顔を汚している。
正気とは思えない振る舞いに怯えた相手生徒は自分を捕まえている腕を乱暴に叩き落とす。
「っ、やめてください!」
岡崎から解放されると同時、その生徒は逃げるように走り去る。
すると岡崎は、別の生徒へと飛び掛かった。
そして同じ様に懇願を始める。
「お願いします、気付いてください、気付いてください! 何でもしますから気付いてくださいぃ!!」
廊下は騒然とし、周囲にいた生徒は皆遠巻きに岡崎を見ている。
このまま放ってはおけないと判断した小林は、騒ぎの中心へ駆け寄ると、岡崎を縋りついている生徒から引きはがした。
「ちょっと、何してるの」
取り乱している岡崎の目が小林を映す。
その目は獣のように光っていた。
「せんせぇ」
逃がすものかと岡崎が小林の腕にしがみ付く。
「わたしぃ、ダメでしたぁ。気付いちゃってぇ……でも、トモちゃん、他の人が見つけてくれたらいいんです、わたしじゃなくていいってぇ」
『トモちゃん』。以前皮肉過程理論の話をした時、岡崎がその言葉を口にしていたのを小林は思い出す。
それが何なのか、小林は知らない。
だがそんなことはお構いなしに岡崎は話し続けた。
「トモちゃん、私の後ろにずーっといるんです。ここ、ほらここ! よく見て。いるでしょ?」
「お、岡崎さん、落ち着いて。……トモちゃんって何なんだ? 何も見えないよ」
「見える! ぜったい見える! 見えるもん! いる、いるの!! ちゃんと見て! いるったらいるの! いるのいるのいるいるいるイルイルイルイルイルイルんだからぁあ!!」
その後の岡崎は幼児のように泣きじゃくり、廊下を転げまわり、手足を振り回して床を叩き続けた。
そして騒ぎを聞きつけた他の教員が駆け付けた頃。
岡崎がハッと顔を上げる。
その目は何も見ていなかった。
誰もいない虚空に、まるで何かを見出しているように、ある一点を見つめたまま小さく呟く。
「トモちゃんにきづいてください」
その言葉を最後に岡崎は急に大人しくなり、ふらふらと歩いてどこかへと去って行った。
彼女が遺体で見つかったのは翌日のことだった。
死因は頭蓋骨骨折による出血性ショック。しかしその死に方はあまりに不自然だったという。
家の階段で何度も額を打ち付けた結果、頭蓋骨が割れて死に至ったという岡崎。
死亡時、家族は不在で侵入の痕跡もなかった。
後にこれは自殺として片付けられる事となるが、前日までの彼女の奇行を知っているものや事件捜査に携わった者からすれば、これが単なる自殺でない事などわかり切っていた。
岡崎の死を知ったその日の夜。
小林は最後に見た岡崎の姿を思い出さずにはいられなかった。
元々オカルトを信じない小林だったが、短期間での岡崎の豹変っぷりはどうにも人間の心理の理屈だけでは説明がつかないような気がした。
小林は帰宅すると自室のノートパソコンを開き、岡崎が口にしていた『トモちゃん』について調べた。
しかしこのワードだけではオカルトには全く関係ないサイトや記事ばかりが検索結果として表示される。
そこで『気付く』、『変死』などいくつかのワードを加え、検索結果の後半まで探す。
そして三時間が経過した頃。小林はネット掲示板に立てられているとあるスレッドを発見した。
オカルト系都市伝説を挙げるスレッドで、中盤までは情報がなかった。
しかし途中から『トモちゃん』という怪異について触れられた内容が確認される。
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1 :名無しさん :2025/07/13(日) 01:47:01 ID: snutu3xp
地元の都市伝説とか怪談とか、実際に見たヤバいやつあったら教えてくれ
(中略:地元怪談のやりとり)
36 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:13:01 ID: vxrlefe5
トモちゃんって知ってる?
39 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:13:33 ID: k8fodhyv
>>36
なにそれ。お前の友達?w
40 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:14:01 ID: 2hjpearu
>>36
kwsk
42 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:14:33 ID: mk8yz5d4
あー知ってる。気付いたら終わりってやつでしょ
43 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:15:01 ID: vxrlefe5
>>42
それ。
簡単に言うと、
・トモちゃんの存在に気付いたら、トモちゃんに取り憑かれる
・トモちゃんに取り憑かれたあと、目が合ったら詰み
・トモちゃんは最初背中にぴったりくっついてるけど視界の隅から徐々に映り込み始める
・トモちゃんと目が合うと死ぬ
・死にたくなければ目が合う前に、別の人にトモちゃんの存在を気付かせないといけない
こんな感じ
45 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:15:33 ID: 2hjpearu
あー、チェーンメール系ね。
46 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:16:01 ID: k8fodhyv
なつwww
49 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:16:33 ID: snutu3xp
てか、そもそもトモちゃんって何なん? 見た目もわからんのに気付いたら詰みって話として完成してなくね?
50 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:17:01 ID: 9gvym4uz
ちゃんってくらいだし女じゃね? 子供とか
51 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:17:33 ID: vxrlefe5
なんでもいいんだよ。女でも子供でも、男でもいい。おっさんでもばーさんでもいい。
てか人じゃなくていいし、実際にトモちゃんがその場にいなくたっていい。
ただ、「あ、これトモちゃんかも」って思ったら詰み
54 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:18:01 ID: k8fodhyv
え???? じゃあうんこに「トモちゃん」って命名したらうんこに憑りつかれるって事? やばすぎwww
55 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:18:33 ID: 2hjpearu
ウンコくそwwwwwwwwwww最悪すぎるwwwwwww
60 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:20:01 ID: t25wekgy
俺ホラー好きだけどビビりだから、何かの影見てトモちゃん思い出しそうだったけどうんこで全部飛んでったわ
67 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:21:33 ID: vxrlefe5
トモちゃんにきづいてください
70 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:22:01 ID: 2hjpearu
>>67
あーあ。話逸らされたから拗ねてるよ
71 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:22:33 ID: k8fodhyv
しゃーねーな。丁度行こうと思ってたから試してくるわ
72 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:23:01 ID: q8jpi34f
行こうと思ってたってトイレ??
75 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:23:33 ID: 2hjpearu
もうやめろよその話ww
(中略)
84 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:27:01 ID: mk8yz5d4
中区の三丁目の手招きするマンホール
85 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:27:33 ID: snutu3xp
>>84
知ってる。黒い手が呼んでる時は通るなってやつな
86 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:28:01 ID: k8fodhyv
>>36
いたわ
89 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:28:33 ID: q8jpi34f
さっきトイレ行ったやつ?w おかえり
90 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:29:01 ID: k8fodhyv
なあ誰かトモちゃん探してくれよ
91 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:29:33 ID: snutu3xp
もうその話いーだろw 同じネタ擦るとシラけるぞ
94 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:30:01 ID: mk8yz5d4
>>36 もういないっぽいな
95 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:30:33 ID: k8fodhyv
トモちゃんにきづいてください
96 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:31:01 ID: wjo69m9k
>>84
中区ってどこの中区?
97 :名無しさん :2025/07/13(日) 02:31:33 ID: snutu3xp
敢えてわかんないようにしてるんじゃない?
(以降、「トモちゃん」に関する話題はなくなる)
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小林はノートパソコンを閉じ、長い溜息を吐く。
普段ならばくだらないと笑い飛ばすような、根も葉もない話だ。
しかし関わりのあった者が不審な死を遂げたという事実が彼に精神的な負担を与えていた。
起きていても気が滅入るだけだと考えた小林は寝支度をする。
風呂に入り、髪を乾かし、歯を磨く。
洗面所に立って口を漱いでいた彼はどうしても岡崎のことを考えてしまっていた。
そして水を止めて顔を上げる瞬間。
『トモちゃんにきづいてください』
あの言葉が脳裏を過る。
視界の端、鏡に人の姿が映る。
恐らくは、いや間違いなく自分の姿だっただろう。
しかし不鮮明に映ったその影に、小林は身構えてしまう。
『トモちゃん』という言葉が脳裏を過ってしまった。
***
その夜、小林は結局眠ることをしなかった。
翌日も、そのまた翌日も、同じだった。
背後に何かが『いる』。
それが何であるか、小林は悟っていた。
息遣いや空気の震えなど。背中にくっつくようにして居続けるそれは、見てはいけないものだ。
だが横になる事で、『それ』がいる空間を潰してしまえばどうなるかわかったものではない。
仰向けに寝転がった自分の正面にそれが現れてしまえば、それこそおしまいだった。
睡眠もとれず、酷く疲弊した小林はこの瞬間から冷静な判断が取れなくなった。
家族、友人、仕事仲間など、連絡先を知っている者へ手当たり次第にトモちゃんの話をする。
しかし気配は消えない。
視界を埋める人影が徐々に大きくなる。
文面だけでは相手がいつ見ているのか、気付く前触れがあるのかなど何もわからない。
小林は翌朝、職場へと急いだ。
自身の講義の時間。
教壇に立った小林の様子は、彼が口を開く前から明らかにおかしかった。
後に学生はそう話した。
普段の清潔感のある装いとは打って変わったぼさぼさの髪に、皺だらけのシャツ、無精髭。
真っ青な顔に生気はなく、落ち窪んだ目は虚ろ。
口だけは緩やかに弧を描き、穏やかそうな微笑を浮かべていて、それが余計に不気味だった。
『皆さん、『トモちゃん』を知っていますか』
小林は笑顔のまま、淡々と語った。
トモちゃんが何なのか。どのようにして現れるのか。自分がどのようにしてそれらの話を知ったのか。
『トモちゃん、本当にいるんです』
そして彼は笑ったまま涙を流して言った。
『トモちゃんに、きづいてください』
その後、講義の時間を余したまま小林は静かに降壇し、フラフラと教室を出て行った。
後から流れた噂によると、その後小林は家の周辺で通行人を手当たり次第捕まえては縋りつき、土下座し、泣き喚き、怒り狂い、『トモちゃん』の存在を証明しようとしていたらしい。
通行人の通報により警察が駆け付けた頃、彼は何かに怯えるような悲鳴を上げながらアスファルトに額を打ち続けていたという。
彼は警察に取り押さえられたが、事情聴取を行えるような精神状態ではなく、また頭部に怪我を負っていた為に病院へ搬送された。
***
【とある漫画のあとがき】
デフォルメ化された一般人女性のイラスト(漫画の作者をモチーフとしたもの)がコマ割りと吹き出しを使って、自身の作品について語っている。
本作をご覧いただきありがとうございました!
初めて漫画を手掛けたので、画力など至らない点が多かったと思いますが少しでも多くの人にこのお話が届けられていたら嬉しいです。
さて、読者の方の中には「え? これで終わり?」とか「小林先生、どうなったの!?」って思われている方もいらっしゃると思います。
あとはホラーあるあるだと思うんですけど、「いや……登場人物しか知り得ないような話を作者が描いてる時点で笑」っていう感想も届きそうですね笑
ただ、小林先生の話そのものがフィクションであるかノンフィクションであるかは大した問題ではないんです。
良く思い出してください。
『トモちゃん』とは一体何だったのか。
『トモちゃん』は決まった姿を持ちません。
ただ、私にとっての『トモちゃん』はこれでした。
(長く黒い髪を持ち、胴体も全て真っ黒な女性の絵が一ページ全てを用いて描かれている。前髪は腰まで伸びていて、顔があるはず場所からはうっすらと大きく真っ赤な口が覗いている。しかし漫画を描いている者とは思えない稚拙な作画)
小林先生は亡くなられました。
病室の棚の角に額をぶつけ続け、頭が割れてしまったそうです。
『トモちゃん』はいます。
一度消えても、気付いてしまう度に戻って来るんです。
本作を最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。
杉田 優香
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




