キタさんとミタオくん
古いアパートがありました。
二階の角部屋に、キタさんとミタオくんは住んでいました。
六畳一間。台所は小さく、蛇口は少しひねると鳴きました。
「この音、今日も元気ですね」
キタさんはそう言って笑います。
ミタオくんは鍋をかき混ぜながら答えました。
「直したいけど、大家さんが“味がある”って言うんだよ」
窓の外には川。
電車が通るたびに、コップの水がかすかに震えます。
・
夜は、二人で交代してお風呂に行きました。
アパートに風呂はありません。
商店街のはずれの小さな銭湯です。
「先にどうぞです。今日は寒いですから」
「いや、キタさんが先でしょ」
「いえいえ、どうぞです」
「じゃあジャンケン」
結局ジャンケンで決めます。
だいたいミタオくんが負けます。
湯上がりの帰り道、キタさんはいつも瓶の牛乳を二本買いました。
「一本ずつです」
「たまにはコーヒー牛乳にしない?」
「冒険は週末にします」
川沿いの夜風が、まだ湯気の残る髪を冷やします。
・
部屋に戻ると、テーブルが近すぎて膝が当たります。
「近いですね」
「部屋が狭いからね」
「いえ、悪くないです。すぐ届きますから」
そう言って、キタさんはミタオくんの茶碗によそいました。
テレビは小さく、たまに色がずれます。
二人はそれを直さずに見ていました。
「世界は少しぐらい、ずれている方が面白いです」
・
ある雨の日。
洗濯物が乾かず、部屋の中に紐を張りました。
シャツとタオルの間を縫うように歩きながら、ミタオくんが言いました。
「なんか秘密基地みたい」
「では、ここは研究所です」
「何の研究?」
「暮らし方の研究です」
「成果は?」
「だんだん、上手になっています」
・
お金はあまりありませんでした。
でも、やりくりは得意でした。
半額の総菜を見つけると、キタさんは少し誇らしげです。
「今日はごちそうです」
「コロッケ二つで?」
「二つも、です」
窓を開けると、川の匂いと電車の音。
誰かの生活の音が遠くで重なっていました。
・
夜、布団を並べると、端と端のはずなのに、なぜか近くなります。
「明日は早いんでしたね」
「うん。キタさんは?」
「同じくらいです」
少し沈黙があってから、
「では、お互い無理しすぎないようにしましょう」
「それ難しいんだよなあ」
「難しいことをやるのが、二人です」
川の水は暗く流れていました。
でも窓の光が、細く揺れて映っていました。
名前のない毎日が、静かに歌のように続いていました。
どんな時も、前向きに生きられたらいいですよね。




