"Not the Showstopper"前編
焦れば焦る程、手錠が手首に食い込む
これまでの練習で身に付いた躰感としては、猶予は残り二秒も無かった
仮初にも一流を目指すなら、有事の際に次善の策は用意するものだし、用意出来てなくてもリアルタイムで思い付けるべきだ
『次にどうするべきか』は既に浮かんで居た
ただし、絶対にやりたくない内容だ
まだ手錠を取る手段は思い付かない
軽くパニックみたいな精神状態になり、結局僕は残りの猶予総てを、半泣きになりながら手錠をガチャガチャする事だけに使い切ってしまった
箱に、四方八方から剣が差込まれる
このサーカスでは剣の切れ味をデモンストレーションしてから手品に至るため、当然「人間を殺害可能な」剣が、現在この箱には差込まれて居る
肩
腕
脇腹
背中
太腿………
痛い痛い痛い痛い痛い痛い
眼をはっきりと身開いて居る筈なのに、意識の総てが痛みに囚われて、何も視えない
しかし、そうした時間は一瞬に過ぎなかった
僕は手錠が付いたままの手で、役割である道化の仮面に触れた
───仮面は傷一つ無い
手足も、筋は切断されて居ない
「やれる」という考えが過ぎった
作戦自体は既に有った
それ以上に「このショーは、僕のような見習いの不注意で台無しにして良いものではない」という気持ちが有った
『事情』は関係者総てが、もう視て解っているのだろう
勢いよく箱の、観客から視て裏側に位置する扉が開く
僕はそこから戯けた様子で転がり出ると、ステージの中央に大の字で倒れた
箱から出る際に、赤い斑模様になってしまった衣装は脱ぎ捨て、その下に着ていた第二衣装に姿が変わっている
………あの赤いべたべたしたのは、血では無い
『このショーは失敗して居ないし、僕は怪我も出血もして居ない』
早着替えが得意な事と、第二衣装が全身赤いシャツ姿である事……偶然に幾つか助けられたが、服に空いた穴もこの距離なら観客には視えない
なんなら、視えても演出と受け取られるだろう
これなら『シナリオ』は成立する
ブラックジョークにはなってしまったが
即ち、『間抜けな道化は手品に失敗し、全身を剣で刺されて全身真赤になってしまった』という、コメディタッチの筋書きだ
『一瞬で服が変わるトリック』の場面は出来なくなってしまったが、状況を考えれば、いま出来る最大の事だった
ステージ上の全員に眼配せする
ショーは、問題なく続行となった




