2話 晩餐 1
老医を送り届けた女性が、アプフェリアーネと入れ替わりに入室した。
「失礼します、ゼーゲルマン様」
「え、あっ、ちょっと待ってください!」
机に設置されたシュテルンカビネットを大急ぎで片付け、カーテンを開いたツィトローナは、少し居心地悪そうに瞳を反らす。
「自己紹介をしてもよろしいでしょうか?」
「はいっ、お願いします! 私はゼーゲルマン男爵家のツィトローナ・ゼーゲルマンです」
「ご丁寧にどうも。シュテグライン男爵家出身のヴァイリスカと申します。ゼーゲルマン家と同じく、沿岸に居を構える男爵家で、深いものではありませんが少なからずの縁があるということで、専属侍女としてのお役目を拝することとなりました。以後よろしくお願い申し上げます」
穏やかな雰囲気の侍女ヴァイリスカは綺麗な所作で礼を行う。
年齢は40歳ほどで、ツィトローナの母であるラウラと同年代であろうことが伺える。
「…よろしくお願いします」
やや縮こまったツィトローナは、ヴァイリスカの顔色をうかがう。
(さっき、アプフェリアーネ様に大声を出しちゃったし…怒られたら嫌だな)
(ゼーゲルマン男爵夫妻とご長子とは面識がありますが…異質ですね。先代の男爵夫人が竜人となると、血の濃さは四分の一。こんな顕著に竜人の徴が現れるものなのでしょうか?)
「基本的に私は、ゼーゲルマン様の身の回りのお世話を行う使用人の統括や、お召し物の選定などの教育を主に行うこととなります。一番顔を見ることになると思いますので、何かありましたら私にお申し出くださいね」
「は、はい」
「さて、本日のご予定はリリアンネ様とのお食事のみとなっておりますが、その場に応じたお召し物を選ぶ必要があります。お持ちいただいた衣装や装飾品の確認をしてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
部屋の外に運ばれていたツィトローナの荷物から、衣装の収められているカバンを使用人に運ばせつつ、ヴァイリスカは一着ずつ確かめる。
(予想していましたが…実家と同格の田舎男爵家、流行遅れのお下がりがほとんどですね)
「これらは休息の時間に着用するものとしましょうか」
「そうなりますよねー…」
「ですが事前に予想ができておりましたので、シュタインフェステ家での用意がございます。お気になさらず」
「あ、はい」
「では衣装選びのお勉強です。行儀見習いとして、侯爵家で生活する上で必要な作法をご存じでしょうか?」
(作法は確か…)
「女主人であるリリアンネ様より派手じゃない衣服を選ぶ、でしたっけ?」
「正解です、お勉強なさっているのですね」
ヴァイリスカは口元を緩めて柔らかな表情を露わにする。
「もう一つ付け加えるなら、お屋敷の外へ出かける際はリリアンネ様と同系統のお召し物を着用し、自身の所属を表す必要がありまして、基本的に行儀見習いの期間中はお屋敷内でも同様の規則が適用されるとお考えください」
「はい。今日のリリアンネ様のお召し物は…」
思い出そうとするものの、ツィトローナがリリアンネと会った際、それどころではなくなっていたので記憶からは欠落している。
「…忘れてしまいました」
「お教えする前でしたから問題ありませんよ。本日のリリアンネ様のお召し物は、白を基調とし、新芽のパターンが入った、カジュアルなワンピースドレスとなっております。ではこの情報を元に選んでみましょうか」
衣装部屋へと移動するヴァイリスカを、ツィトローナは小さく頷いてから追っていく。
隣の衣装部屋に踏み込んだ瞬間、視界に入ったのはゼーゲルマン家では見ることのないような衣装の数々。
時期、状況、相手に合わせて必要な衣装を用意し、着回すことができるのは、財力のある侯爵家ならではで。
(姉ちゃんたちが見たらひっくり返りそう…)
などとツィトローナは考えた。
本人も興味津々といった様子で部屋を見回し、そんな彼女の姿をヴァイリスカや使用人は微笑ましそうに眺めていた。
「ゼーゲルマン様のお荷物にはアクセサリーが多くない印象でしたが、お角を飾ったりはなさらないのですか?」
「角、ですか?」
「はい。他にはないチャームポイントですので、いっそのこと目立たせては如何でしょう?」
「…、あまり気乗りしません」
ツィトローナの脳裏に過ぎるのは、同年代の子供やその親たちが嘲り陰口を叩く様子。
思い出せば思い出すほどに、視線が床へと向かっていき、下唇を噛んで口元が歪む。
「嫌な思い出がお有りなのですね。ですが真鍮色をして人目を奪うお角と鱗は、他の者には絶対真似できない唯一の強み。もし活かしたいとお考えになられたら、私にお申し出くださいませ」
ヴァイリスカは目測で角の直径を測りつつ、それとなく使用人に気取られないよう確かめるようにと指示を出す。
(私の角…)
部屋に備え付けられた大きな姿見。
そこに映るのは、国内でも数えるほどいるかどうかも分からない竜人の姿。
血の濃さは兄姉と変わらないはずなのに、一人だけ色濃く表れてしまった竜人の徴に、ツィトローナは瞳を伏せた。
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