21話 イアリヒト・スフェーレ 4
「本当に魔導具には詳しくなくて悪いんだけど、イアリヒト・スフェーレってどういうものなのかな?」
「そのぉ…分からないものに高額な金額を払ったのですか…?」
「ゼーゲルマン嬢が喜ぶと思ってね」
目を瞬かせたツィトローナは、ジルベリヒトのお金の使い方に若干の不安を覚えながら、ヴァイリスカの方へと視線を向ける。
『大丈夫なんですか?』といった意味合いの視線を。
「ジルベリヒト様。サプライズは結構なことですが、品物が高額であればあるほど、相手への重石になってしまうことがあります。次からは気をつけてくださいね」
「あ、ああ、わかったよ。…まぁ、その、王宮の騎士団勤めというのはお金を使う機会が少なくてね、兄上に管理を任せていたら、いつの間にか大金に膨れ上がっていたんだ。だから気にしなくていいよ」
「あっはい、ありがとうございます…?」
ジルベリヒトが中央へ向かった少し後、兄であるプラティノールも王宮での政務に就くことになった。
何かと頭の冴えるプラティノールに、財布と騎士団の給金を預けてみたところ、投資や商売に用いて数倍にまで膨らませていたのだ。
「それでは…イアリヒト・スフェーレの説明をしますね。この魔導具は季節ごとに割り振られた、夜天十二鳥を並びや移り変わりを再現するために作られたものです」
ツィトローナが自由の象徴として好んでいる『ワタリガラス座』も、その十二星座の中の一つであり、三春季を代表する星座である。
「ヤケイ座から始まって、ミミズク座で終わるやつだね」
「はい、野鶏・孔雀・鷲・白鳥・白隼・鴎・鶴・雲雀・渡鴉・赤燕・翡翠・木兎。夜を飛翔する十二羽の鳥さんたちです。…見たことのない鳥さんも多いですが」
十二の星座は、東西南北に広大な領地を有していた旧帝国時代に制定されたものであり、国としての範囲が狭まった現在では、一国に全ての鳥が揃わないことも珍しくない。
「そして、このイアリヒト・スフェーレは、十二鳥に含まれない季節星座や、周極星座まで含まれているようなんですっ!すごくないですか!」
「す、すごいのかい?」
「すごいんですっ!十二鳥に加えて、三四の季節星座、六の周極星座を加えた、五二星座の再現をするのは簡単なことじゃないと思います。きっとこれは天文学の資料みたいなものなんじゃないかなって思ってるんです」
普段のちょっとおどおどとした、控えめな雰囲気はどこへやら。黄色い瞳を輝かせたツィトローナは、イアリヒト・スフェーレの素晴らしさを語っている。
「なあヴァイリスカ…ゼーゲルマン嬢は天文学にも篤いのかい?」
「魔導具と魔法を除けば、深い興味をお持ちだと思われますよ」
声を抑えてジルベリヒトとヴァイリスカが話をすると、ツィトローナは自身が語りすぎたことに気がついて紅潮させていた。
「す、すみません、好き勝手に語っちゃって。星詠をするわけでもない星座の話なんて、興味はないですよね」
「いやっ、そんなことはないよ。ただ…専門的な内容が多くて、門外漢たる僕に少しばかり難しかったんだ」
「そうなんですか?…じゃあ、これをどうぞ」
「え?」
ツィトローナは、本棚から紐でまとめられた一冊の写本を取り出して、ジルベリヒトへ渡した。
「シュタインフェステ家の書庫にあった、天文学の本を私にとって分かりやすくまとめたものです。難しいことは私にも分からないので、簡単に読めると思います」
「ありがとう」
パラパラとページを捲った感想は、初心者向け天文学の教本といったところ。ツィトローナ特有の精緻で綺麗な文字に、丁寧な図解が加わることで非常に分かりやすいものとなっている。
「それじゃあ星空を眺めましょうかっ!」
イアリヒト・スフェーレは、ザルをひっくり返したようなドーム型の魔導具だ。下部にいくつものつまみが並んでおり、それを操作することで見たい夜空を切り替えることができる。
ツィトローナは魔力を注いでイアリヒト・スフェーレを起動し、時期を三春季に調整してから星空を展開する。
すると、天井の近くに黒い半透明の膜が魔力によって形成され、ポツポツと星が浮かび上がるではないか。
とはいえ、星座に詳しくない者からすると、どれがどの星なのかは分からず、リオナなどは首を傾げてしまっている。
(物を楽しむには知識が必要なんですねぇ〜)
などと考えていれば、ツィトローナは追加でつまみを回転させることで、星と星を繋ぐ線を浮かび上がらせる。
イアリヒト・スフェーレは夜空を作るだけでなく、星座を観るための魔導具である。
ツィトローナが操作を続けることで、夜天十二鳥が季節ごとに巡っていき、最初に投影したワタリガラス座に戻ってきた。
「これがイアリヒト・スフェーレです。さっきも言った通り、十二鳥以外も観れるので、次は何を観ましょうか!私のオススメはですね―――」
ご機嫌なツィトローナによる、星座観測の時間が幕を開けることとなった。
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