21話 イアリヒト・スフェーレ 3
「家のこと、変わりないかな?」
ジルベリヒトは、侍従と雑談をしながら足を進める。
「変化を良しとするか、悪しとするか、その視点は人によって異なりますが、シュタインフェステ家は常に変化の渦中にありますよ。ジルベリヒト様が王宮騎士となり、プラティノール様がご成婚なさって中央政治に向かった。…それだけでも大きな変化なのですが、行儀見習いという新しい風が吹き続ける。それらは全て渦となり、シュタインフェステ家に関わる者たちへ影響を与え続けるのです」
「そういうことを聞きたいんじゃないけどね」
「ええ、分かっておりますとも。ツィトローナ・ゼーゲルマン様のことですよね」
侍従は茶化すような笑みを浮かべながら、自身の顎に手を当てる。
「直接関わりはないので、詳しいことはリリアンネ様やグラーニア家政長にお尋ねしてほしいのですが、蚊帳の外から眺める分には安定していると思います」
「…良かった」
「しかし、ここ最近の社交の場に於いては、やや不安定な印象を感じますね」
「というと?」
「種族に伴った容姿を刺激されると、攻撃性が現れることがあるそうです。今のところは問題が発生する前に、その場に居合わせた者が間に入っているようですが、普段の姿とは比べものにならないほどの気性の荒さが隠れているとか」
離れた場所から、ちょっとした噂話を耳にする程度であれば、ツィトローナもそこまで過剰な反応はしない。
だが、『角が薬になる』のような、事実無根の言葉とともに、嫌らしい視線を向けられた瞬間、彼女の隠れた本性が露わとなる。
相手の格だとか、立場だとかを関係なく発露する特性であり、グラーニアたちが手を焼いている部分だ。
「意外だな。…まあ僕は彼女の一面しか知らない、そういうことなんだろうけども」
「害虫のように扱われたと伺いましたが?」
「ははっ、僕の呪いを感じ取り、その程度で済むのなら安いものさ。アレは攻撃ではなく、自己防衛だろうし」
(怖いもの見たさ。なんて言ってしまえば失礼だろうが、…僕はゼーゲルマン嬢のことが気になっているのかな?)
芽生え始めた小さな感情を心地よく思ったジルベリヒトは、ご機嫌な様子で足を進める。
―
「父上母上、ただいま戻りました」
「ご苦労様でした」
「ご苦労」
60日の軟禁を終えたジルベリヒトを労うスタイレンとリリアンネは、軽くハグをしてから着席を促す。
「改めてですが、手間をかけさせてしまい、申し訳なく思うばかり。…申し訳ございません」
「今回は急を要し、こういった結果になってしまった。だから次からは、報告や連絡を大事にしてほしい。…事前に防げるのが一番だけど、我々に未来は見えないから仕方ない」
リリアンネが自ら淹れた茶が三杯用意され、シュタインフェステ家の親子は喉を潤す。
「ゼーゲルマン嬢に対する情報操作は上手くいきましたか?」
「ああ。『誘拐され、勇猛果敢に賊へと挑み、使用人共々負傷した』、『蛮勇を抱いた竜人の行儀見習い』それが彼女の世間からの評価だよ」
相手を“負傷させた”ものの、結果的には使用人に被害を出してしまった浅はかな少女。
誰もツィトローナを英雄視せず、無抵抗の被害者とも思わない。そういった塩梅である。
「悪評が付かないようにするだけでも、良いとも思うんですがね?」
「変に何もないと、余計な勘繰りを受けるものなのだよ」
「そう、ですか…?」
ジルベリヒトには政の才がない。
それは本人も自覚しており、剣を握っている方が気楽だとも思っているので、苦に感じたこともないのだが、父や兄と話が合わない時に大変だと考える。
「まあいいさ。騎士団本務に詰めていたらしいけど、今後は防塁壁での任務なんかもあるのかい?」
「ええ、そうです。―――」
三人は久々の歓談を楽しみながら時間を過ごす。
―――
机の上にイアリヒト・スフェーレを設置したツィトローナは、ソワソワとしながら説明書を眺めている。
一人でイアリヒト・スフェーレを使い、堪能してしまうという選択肢はあった。それでも、贈り主であるジルベリヒトと共に、楽しみたいという気持ちから、我慢をしているのだ。
しばらくして、私室の扉が叩かれると、ツィトローナは背筋を伸ばして返事をする。
「は、はいっ!どなたでしょうか?」
「ジルベリヒトだ。入ってもいいだろうか?」
「問題ないですっ!」
緊張で上ずった声を出してしまったツィトローナは、羞恥心からか頬を僅かに染めて視線を落とす。
ヴァイリスカやリオナ、キルサからすると『可愛らしい』という感想なのだが、本人からしたら大変である。
ジルベリヒトがツィトローナの私室に入ると、前回とは異なり本棚などが増設されており、かなり片付いた印象であった。
出窓には相変わらずタイムの鉢植えがあり、あちこちに茎を伸ばして一回り大きくなっている。
「お招きいただきありがとうございます、ツィトローナ・ゼーゲルマン嬢」
「おっ…お越しいただきありがとうございます、ジルベリヒト・モルゲンレーエラント・シュタインフェステ様」
二人は慇懃な礼をお互いに行う。
「それじゃあ、イアリヒト・スフェーレを使ってもらってもいいかな?」
「はいっ!説明書はしっかりと読んだので、大丈夫です。…多分っ」
「ふふっ、あんまり緊張しないで。時間はあるし、失敗してもやり直せるからさ」
力強く頷いたツィトローナは、イアリヒト・スフェーレの前に立つ。
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