21話 イアリヒト・スフェーレ 2
ツィトローナはソワソワと落ち着きのない様子で、ジルベリヒトの帰りを玄関にて待つ。
本来であれば、父スタイレンと母リリアンネも出迎えのために待機するのだが、ジルベリヒトが独自判断で交戦をしたうえ、主犯格を取り逃がしながら、共謀者を鏖殺に、その責任を取る形で騎士団本部での軟禁となった。
故に、家を挙げての出迎えは出来ず、スタイレンとリリアンネは別室で帰りを待つ。
シュタインフェステ家の侍従と数名の使用人、そこにツィトローナとヴァイリスカたちが加わる形での、物悲しい出迎えというかたちだ。
「その…私は、出迎えに来ちゃってよかったんですか?」
「スタイレン様とリリアンネ様には、お立場的な制限があり、それが原因でお出迎えが叶いません。しかし、行儀見習いであるツィトローナ様であれば、世間的な目も和らぎましょう」
(まぁ…事件の被害者だという点が理由なのですが、掘り起こす必要がありませんね)
先触れが玄関を開き、一同へと目配せをすると、ツィトローナたちは玄関を出てジルベリヒトを出迎える。
―――
(僕は間違ったことをしていない。事件のあの時、何度同じ場面を経験したとしても、同じく剣を振るい、賊を鏖殺し、事実を捻じ曲げて公表させたであろう。…それでも、ゼーゲルマン嬢を危険に巻き込んでしまったきっかけは僕にあるし、嫌われてないといいのだけど…)
恩人のために、自らの手を血で汚し、捏造された情報で泥を被った呪われた鏖殺騎士は、馬車の停止を確認し、扉を開く。
「お…おかえりなさいませ、ジルベリヒト様」
やや緊張した面持ちのツィトローナが、精一杯の勇気を振り絞ったような声は、ジルベリヒトの鼓膜を通り抜けて、脳内の鐘を鳴らした。
彼女の黄色い瞳は、ジルベリヒトの青い瞳をしっかり見据えており、恐怖や嫌悪といった感情は感じ取れない。
(日の光が角に反射して…綺麗だ)
「ただいま、ゼーゲルマン嬢」
くしゃりとした笑顔を見せたジルベリヒトは、ツィトローナに近づきすぎないよう気を使いながら、慇懃に紳士の礼を行う。
(許されるのなら手を取り、跪いて騎士の挨拶をしたいところだけど…僕の魔力は不快に思われているからね)
片目を開きながらツィトローナの様子を伺えば、淑女の礼が返され、周囲の者たちは二人の姿を温かく見守りつつ、荷運びを済ませていく。
「そうだ。少し遅れてしまったけど、新年の贈り物を受け取ってくれるかな?」
「…その、私はツヴェッチゲンクーヘンを贈っただけなんですけど」
「酸味と甘さの丁度いいツヴェッチゲンクーヘンがとても美味しくってね、どうしても贈り物を返したくなったんだ。気にせず受け取ってほしい」
「そう、ですか。じゃあ、ありがとうございます」
控え目に礼をするツィトローナに笑みを向けたジルベリヒトは、馬車内から一つの木箱を取り出し、リオナとキルサに持たせる。
「中身は魔導具でね。僕は詳しくないからよく分からないのだけど、星座の動きに関する物らしいよ」
「魔導具っ、ですか!?」
「そう。イアリヒト・スフェーレっていうんだけ―――」
「イアリヒト・スフェーレ!?」
「わぁ、驚いた」
「す、すみません…」
(いつかの誰かが、珍しいものだと言って紹介してくれた気がするが、僕自身も実物がどういうものなのかは知らないんだよね)
高額な魔導具だということは、ジルベリヒトも知っている。彼が自費で購入したのだから、当然であろう。
しかし、ジルベリヒト自身が魔導具を使えない体質のため、実際にどういったことができる魔導具なのかを理解してはいないのだ。
「高かったんじゃないですか…?」
「そんなものでもないよ。どういったものなのか、見せてもらうことはできるかな?僕は魔導具を使えないしさ」
「は、はいっ!」
玄関先で木箱を開封しようとするツィトローナは、ヴァイリスカの咳払いで冷静さを取り戻し、恥ずかしさのあまり頬を染め上げる。
「こほん。…ジルベリヒト様はスタイレン様とリリアンネ様へのご挨拶を、ツィトローナ様は一旦お部屋に戻ってから、改めて魔導具を楽しみましょう」
「は、はい」
「そうだね」
贈り物を喜んでもらえたジルベリヒトは、一足先に屋敷へ入り、両親の許へと足を進めていく。
「ツィトローナ様ツィトローナ様、なんたらかんたらっていう魔導具、どれくらいの価値があるんですかね〜?」
「詳しい値段は知りませんが、美術品とか宝飾品と同じくらいだって聞きます」
「うへぇ、すごいものも貰っちゃいましたね」
「ですねぇ」
リオナは目を白黒させながら、キルサと共に慎重な足運びでイアリヒト・スフェーレを運搬していく。
ちなみにこのイアリヒト・スフェーレという魔導具を、ジルベリヒトは50000ゴルドラオプで購入している。
一般的な市民であれば、一年から二年弱程の生活ができ、ツィトローナがシュタインフェステ家の代筆で稼ごうとしたら、半年は働く必要がある代物だ。
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