20話 聖鏡仰信
(はて、ツィトローナはどこに…?)
ツィトローナの姿を探しながら屋敷内を歩き回るのはヴァイリスカ。
普段であれば、午後の勉強が終わったあとは自習をしていたり、リリアンネやアプフェリアーネに時間の余裕があれば、おやつを楽しんでいるのだが、本日はどこにも姿が見られない。
(リオナとキルサの二人も姿が見えないのなら大丈夫でしょうが、…少し不安ですね)
夏の中頃にツィトローナが誘拐されて以来、彼女の行方が分からない状況を好まないヴァイリスカは、焦燥感とともに使用人に声をかけ、ツィトローナの行方を探る。
「ゼーゲルマン様なら鏡儀室にいますよ」
「信心深い方ですよね」
「そうでしたか。…ありがとうございます」
使用人たちに礼をしたヴァイリスカは、足早に鏡儀室へと向かう。
(本日は鏡休め。鏡儀室の大掃除が終わる前にお祈りをしたかったのでしょうかね)
ツィトローナという少女は、失敗をしたり、不安に駆られたりした場合、鏡儀室に赴き祈りを捧げることが多い。
本人は信心深さを否定するのだが、傍から見れば熱心な信仰者であり、14歳になったばかりの年齢を鑑みれば、意外性が強く感じられる。
旧帝国時代に、鏡開帝によって広められた聖鏡仰信は、千年弱の時を経た今でも、多くの国、多くの者に信仰されている。
とはいえ、若さというのは、信仰に疎くさせる部分があり、大人は口を酸っぱくして祈りを捧げるというのだとか。
さて、ヴァイリスカが鏡儀室に辿り着く頃には、部屋の大掃除が既に始まっており、普段より多くの使用人が清掃を行っていた。
(ツィトローナ様は…いませんよね。すれ違いになってしまいましたか)
肩を落としたヴァイリスカが、使用人の一人を呼び止めると、黒い髪と真鍮色の角、彼女が探し求めていた少女がそこにいるではないか。
「どうしたんですか、ヴァイリスカさん?」
「ツィトローナ様…何をなさっているのでしょうか?」
「鏡休めなので、鏡儀室のお掃除を手伝っています。よくお祈りをしていますし、しっかりとお礼をしないと、鏡の向こうの皆さんに怒られてしまいそうで」
ほのぼのと語るツィトローナは、質素な衣服に身を包み、手には床掃除用の雑巾が握られており、ご令嬢というには相応しくない姿である。
(こんなお姿を他所の方々に見られようものなら、醜聞も付きまといましょう。ですが…)
本人が望み、信仰心の許で行う清掃活動を止めることは悪手だと、ヴァイリスカは判断し、小さな笑みを浮かべてから掃除用具を受け取った。
「私もお手伝いをしますね」
「ありがとうございますっ」
行儀見習いや侍女といった立場の女性は、使用人のような肉体労働を行わない。人それぞれに役割があるからだ。
面白半分であれば、使用人たちがやんわりと断り、ツィトローナは鏡儀室で掃除をしていなかっただろう。
「皆さん、頑張りましょう!」
和やかな返事がいくつも返ってくる。
―――
「ツィトローナ様って、ご実家でも熱心にお祈りしてたんですかね?」
掃除を終え、茶菓子を摘んでいたリオナは、小さな疑問を口にした。
「うちは鏡儀室がなくて、村の鏡儀館なんですけど、…まあ三日に一回くらいは行ってました」
大きな貴族家であれば、姿見ほどの大きな鏡を屋敷内に設置できるのだが、ゼーゲルマン家では固有の鏡儀室は無く、村で共用の鏡儀館で祈りを捧げていた。
「それは村の方針で?」
「いえ。…今思うと静かな場所だったから、よく通っていたのかもしれません」
キルサからの質問に答えると、ツィトローナは照れくさそうに笑う。『やっぱり信心深いとは言えませんね』と、付け加えて。
(いや、理由がどうあれお祈りしているなら、信心深いでしょ。私なんて、ツィトローナ様が来る前は一年に一回行くかどうかでしたし)
(なんでここまで謙虚なんでしょうか…?)
「鏡の向こうにいらっしゃる皆様も、ツィトローナ様がお祈りを捧げてくれることを、大いに喜んでいると思いますよ」
「そうですかね…?えへへ、そうだといいですね」
ヴァイリスカの言葉を咀嚼し飲み込んだツィトローナの膝には、黒猫の姿をした魔物のルースが飛び乗り、大きな欠伸をしてから丸くなる。
「ところで、聖鏡仰信ってどういう始まりなんでしょうか?鏡開帝の時代より前から、名称がありますよね?」
「歴史はあまり得意ではないのですが…。水に映った鏡像に、特別な力を感じ信仰となったというお話を聞いたことがあります」
「なるほどっ。そう聞くと水鏡って不思議で特別に思えてきます」
「そうですね。史学というよりは信学に近いですが、グラーニア家政長に尋ねてみると、有力な説が聞けると思いますよ」
「ですね。明日聞いてみますっ!」
ツィトローナたち四人は、ゆったりと歓談の時間を過ごす。




