18話 ツヴェッチゲンクーヘン 3
「これをツィトローナさんがねぇ」
ツィトローナが二度目の練習で作ったツヴェッチゲンクーヘン。
それを前にしたアプフェリアーネは、一度口元を指で覆い、目を泳がせてからフォークを手に取る。
(ちょっと社交続きで胃が荒れているけど…しょうがないわね)
錆びついた腕を動かし、重くなった唇をこじ開けて、ツヴェッチゲンクーヘンを口に含む。
あちこち顔を出している社交の場で出される菓子と比べてしまえば、素朴で切れ味に欠ける、凡庸な味わいの菓子。
それでもツィトローナが努力をしているということは、十分に伝わってくる味わいで、喉はすんなりと通っていく。
「ツィトローナさんが作ったということなら、よくできているわ。主張が激しくなくって、ちょうど食べたかった優しさがあってね」
「そう言ってもらえて、ほっとしました」
「実家では料理をなさっていたの?」
「シュタインフェステ家で初めて習いました。母が料理好きだったんだなって思います」
「習い始めでこれなら…うん、悪くないと思うわ」
「ありがとうございますっ」
もう一口食べたアプフェリアーネを見て、ツィトローナは嬉しそうに笑顔を輝かせる。
「アプフェリアーネ様の好きなお菓子ってなんですか?」
「私の好物はアプフェルシュトゥルーデルよ」
「アプフェルシュトゥルーデル、ですか?」
「あら、ご存知ないのね。リンゴの芳醇な香りと、薄くて軽い食感の生地が楽しい、秋と冬のお菓子よ。バターたっぷりなお菓子と比べて重くないし、物足りなければクリームとかで味を足すことができるところがポイントね」
「なるほど」
作れるかどうかは横に置き、アプフェリアーネの好物ということで、彼女の説明と共に手帳へと書き記すツィトローナ。
「アプフェリアーネ様ってリンゴがお好きみたいですけど、ヴァイナー領でよく採れるからですか?」
「そうねぇ、最も身近な果物であり、親しみやすい甘味だって印象は強いわね。…でも、それだけじゃないわ」
「他にも何かあるんですか?」
「ふふん。『社交で顔の立つ、完璧で可愛らしいご令嬢のアプフェリアーネが特別好んでいる』と喧伝することで、ヴァイナー領のリンゴがいかに美味しいかを示すことこそが目的よ」
「結構、実益重視な感じなんですね…」
「ええ、ヴァイナーのリンゴはヴァールシュで一番の果物だと、私は疑わないわ」
地元愛の強さに驚くツィトローナだが、以前に貰ったアップルバターを思い出せば納得もいく。
「あの…アプフェリアーネ様から貰ったアップルバター、とても美味しかったです」
「あら、贈った甲斐があるわね」
嬉しそうに口角を上げたアプフェリアーネは、ツィトローナに贈ったアップルバターが、どういった工房で製造され、どういった工夫をしているかを自慢気に語った。
(本当にヴァイナー領のことが好きなんだなぁ。村の皆は好きだけど、ヴェレンヴィント領がどうかって聞かれたら…ちょっと微妙だし)
角のことであれこれ言う相手の多い場所だ。
ツィトローナからすると、『ろくな場所ではない』といった思い出が強く刻まれている。
ヴェレンヴィント領は、父であるダニエルや兄姉たちの影響でマシな方なのだが、彼女からしたら大差ない。
「アプフェリアーネ様はその…格好いいと思います」
「あら、おべんちゃらなんて珍しいわね」
「そんなんじゃないです!私の目指すべき姿、目標に掲げる方かと問われれば、アプフェリアーネ様は違う気がします。それでも…いえ、違うから、憧れていたいなって思うんです。自信家で、地元愛に溢れてて、礼儀作法も勉強も、非の打ち所のないアプフェリアーネ様だから」
(…まあ、ツィトローナさんは媚びるような方ではないし、これも本心なのでしょうね)
アプフェリアーネはほんの僅かなむず痒さを覚えながらも、最後のツヴェッチゲンクーヘンを口に放り込んだ。
「まあまあね」
「えへへ、ありがとうございます」
こうして、ヴァールシュ王国の夏は終わっていく。
―――
年が明けた、一秋季。
騎士団に軟禁状態のジルベリヒトは、外部との接触を極力断つという建前がある。
故に、両親との文通や面会といったやり取りはないのだが、とある贈り物が届いた。
「送り主は、ゼーゲルマン嬢?」
こぢんまりとした可愛らしい紙袋には、『新年の贈り物です。良い一年にしましょう』と書かれた小さな手紙と、ツヴェッチゲンクーヘンが収められている。
一流というには程遠い、素朴な味わいのツヴェッチゲンクーヘンに、ジルベリヒトは相好を崩す。
(お礼をしないとね)
机の端に置かれたシュテルンカビネットに視線を向けた後、何かしらの魔導具を用意しようと、ジルベリヒトは心に決めた。
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