18話 ツヴェッチゲンクーヘン 2
「それでは本番へ向けて練習をいたしましょう」
「分量の計算とかは…?」
「どういったお菓子なのかを理解してからの方がやりやすいでしょうし、まずは一緒に作りましょう」
「は、はいっ」
お菓子づくり未経験者のツィトローナは、緊張した面持ちでエプロンを着用する。
「さて、ツィトローナ様。お菓子作りに於いて、一番大事なこととはなんでしょう?」
「美味しく作る…ために必要なことですよね。なんだろう」
(ママはどうやってお菓子作ってたっけ?)
製菓をする母ラウラの記憶を掘り起こしてみるも、料理と何が違うのかは理解できず、ツィトローナは唸った。
「正しい作り方をする、でしょうか?」
「間違ってはいませんが、その一歩先を探してみましょう」
ヴァイリスカは、ツィトローナの視線を材料に誘導する。
(正しい作り方の先…。良い材料を見抜くこと、なんてのはなんか違う気がするし)
「材料をきちんとした大きさに切ること、は違いますか?」
「ふふっ惜しいですね。もう正解と言っても差し支えありません。答えをお教えしても?」
「お願いします」
「分量をしっかりと計ることです。お菓子というのは繊細なものが多く、少し計量を間違えるだけで、異なる結果を生んでしまいます。目分量よりも分銅を信じましょう」
「はいっ」
製菓を始めようというとき、第二厨房の扉が開け放たれて、リオナとキルサが顔を出す。
「どうもー、間に合いましたかね?」
「今まさに始めようとしていました。お二人も調理用のエプロンに着替え、手を綺麗に洗って下さい」
「わかりました」
「了解しました!」
賑やかしい二人が準備をしている間に、ヴァイリスカは大きめの天秤と分銅、目盛の記された器を用意する。
「立派な天秤ですね。…うちではそういうのは使っていなかったので、驚きです」
「ご家庭ごとでお菓子作りは異なりますからね。私の実家には天秤すら置いてありませんよ」
「そうなんですか?」
「はい。若い頃は母が作ったように大まかな分量で、なんとなく作っていたのですけど…『母の味を再現したい』と思い立った日から、細かな分量を調節して味や食感の細部まで拘るようになりました」
普段は見ることのない、ヴァイリスカの寂し気な表情に、ツィトローナは疑問を呑み込むことにした。
「準備完了です!」
「お菓子を作りましょう」
「ふふっ、そうですね」
―
「本日は季節の果物である、青紫のプラムを使った、ツヴェッチゲンクーヘンを作ります。甘酸っぱくて美味しいお菓子ですよ」
「そういうお菓子があるんですね」
「ツィトローナ様は食べたことないんですか?」
「たぶん…ないと思います。小さな村なんで」
「じゃあ皆で力合わせて、美味しいのを作らないといけませんね!」
「はいっ!」
リオナの勢いに釣られるように、ツィトローナは大きな声で返事をする。
ヴァイリスカに教わりながら、三人はツヴェッチゲンクーヘンを作っていくのだが、リオナとキルサが順調に手を進めるのに対し、ツィトローナは四苦八苦といった様子。
ツィトローナはそれなりに手先が器用だ。しかし、編み物等の初めてやることに関しては、苦戦しやすい傾向がある。
プラムではなく、ツィトローナ自身の指を切ってしまいそうな包丁さばきや、あっちこっちに飛び散る生地に目を白黒させ、ヴァイリスカたちに助けられる形で、ツヴェッチゲンクーヘンを完成させた。
「お菓子作りって、大変なんですね…」
「ツィトローナ様なら、何度か練習することで慣れてしまわれますよ。新年に向けて頑張りましょう」
「はいっ、頑張ります!」
「それでは四人の成果である、ツヴェッチゲンクーヘンをいただきましょう」
ツィトローナたちは元気に返事をし、手間暇かけて作ったお菓子を食む。
「お口には合いましたか?」
「……、甘さと酸っぱさが綺麗に整っていて、いくらでも食べられちゃいそうです」
「ふふっそれはなにより。調理というのは如何に味の再現性を高められるかが腕の見せ所だと、私は考えております。そのために、分量を適切に計り、決まった工程をこなすことが重要となるのですよ」
「なるほど…!」
「私は詳しいわけではありませんが、同じ魔法を誰でも使えるようにしたのが魔導具というもの。再現性を高めるという点においては近いのかもしれませんね」
穏やかに微笑むヴァイリスカは、魔導具を用いたコンロに視線を向ける。
一定の火力を維持することが得意な魔導具は、不安定な薪火の時代を終わらせて、料理の質と再現性を高めることに貢献した。
「勉強になります!」
製菓を通じて新たな視点を得たツィトローナは、瞳を輝かせながらツヴェッチゲンクーヘンを楽しんだ。
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