18話 ツヴェッチゲンクーヘン 1
三夏季も終わろうかという年の暮れ。
暑さも控えめになってきた日に、ツィトローナは玄関で商人の相手をする。
「これがカランコエですか」
「はい。まだまだ開花には時間があり、葉と鉢を楽しむことしか出来ませんが、冬となり日が短くなれば小さな花が葉を覆うほどに咲き乱れることでしょう」
「なるほど。用意していただきありがとうございます」
「いえいえ、シュタインフェステ家からのご要望とあれば、全力を尽くして用意いたします」
商人という相手に若干の警戒を見せていたツィトローナだが、古くからシュタインフェステ家と取引のある商人ということで、一切の滞りがなく取引を終えることができた。
(綺麗な緑色の葉っぱ。花が咲く姿を見られないのは惜しいけど、クヴィッタ姉ちゃんの出産祝いだからしょうがないね)
深い緑色の葉を撫でたツィトローナは、姉クヴィッタの笑顔を思い浮かべて、相好を崩した。
「それでは私どもは失礼いたします。またご用がございましたら、お気軽にお呼びつけください」
「は、はい。その時はお願いします」
丁寧な礼を返し、商人を見送ったツィトローナは、小さく息を吐き出し心を落ち着けた。
するとヴァイリスカが一歩近寄り、優しげな声で囁いた。
「商人様のお相手は緊張なさいますか?」
「大丈夫だと分かっていても…少しだけ緊張します」
「必要であれば我々で対応いたしますので、耐えきれないと思う前にお声掛けくださいね」
「ありがとうございます」
居住まいを正したツィトローナは、改めてカランコエに視線を戻す。
「ロッゲンフルア家には、シュタインフェステ家の方で運搬してもらっていいんですか…?」
「はい、問題ありませんよ。こちらで手配しないと、綺麗な状態で届かなかったり、大幅に遅れたり、果ては違う人に渡ってしまう可能性すらありますから」
オブラートに包んでいるが、盗むような輩は少なからずいる。そういった不確定性を排除するためにも、贈り物の運搬というのは信頼に足る相手を用意する必要があるのだ。
「それじゃあその、お願いします。あっ、手紙も一緒に」
「畏まりました」
リオナに預けていた手紙を受け取り、ヴァイリスカに手渡すことで、『姉への出産祝い』は一段落する。
(カランコエと鉢、後は運搬の費用で、お給金は殆どなくなっちゃった。シュタインフェステ家の、お世話になっている人たちに新年の贈り物をしたかったけど、どうしようかな)
使用人たちに指示を出すヴァイリスカを眺めつつ、のんびりと考え事をしていたツィトローナ。彼女の顔を覗き込むのは、人懐っこそうな表情のリオナと、真面目そうな目つきのキルサだ。
「なんか考え事ですかねー?」
「お話でしたら聞きますよ?」
「え、大したことじゃないんですけど」
「ツィトローナ様は水臭いところがありますね」
「お気になさらず、どうぞ」
「じゃあ…そろそろ新年になりますし、お世話になった方々へ新年の贈り物を出来たらいいなと思っていたんです」
「なるほど!」
「けれど、お給金は底をついてしまって」
村であれば、家の近くに咲いている野花を加工し、押し花を作ったりしていたツィトローナだが、シュタインフェステ家でそんな真似はできない。
そんな説明をしていると、ヴァイリスカが指示を終えて戻ってくる。
「私にご提案があるのですが、お聞きになりませんか?」
「是非」
「お菓子を一緒に作ってみませんか?」
「…お菓子。その、たくさん作るとなると、お金が必要になると思うのですが」
(ツィトローナ様は『お気になさらずに』とお伝えしても、頷いてはいただけないでしょうし)
「お勉強の一環、そしてお手伝いとしての製菓です。教材はシュタインフェステ家で用意いたします」
ニッコリと笑みを浮かべるヴァイリスカは、全額を自身の金で用意する心算だが、そんなことを素直に伝えることはしない。
(嘘も方便です)
(なーんて、ヴァイリスカさんは考えてそうですねー)
(お溢れをもらえるならなんでもいいかな)
リオナとキルサは嘘を見抜いているが、ツィトローナはヴァイリスカの言葉を信じ、力強く頷いた。
「お願いします、ヴァイリスカさんっ」
「お任せください、ツィトローナ様。それでは…それなりの量を作りますし、レシピから必要な材料を計算いたしましょう」
『算術のお勉強を思い出してくださいね』とヴァイリスカは付け加え、一同は場所を移動する。
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