16話 聞き取り 3
「祖母の話では、『反閇とは大地を踏み鳴らし魔を払う儀式』とのことですが、あまり詳しくは語ってくれませんでした。…それに手記にも多くは記されていませんでした」
席を立ったツィトローナは、エフェウから足がよく見えるように裾の高さを調節し、ゆっくりと足を動かす。
「私の推測…というよりはイメージなんですけど、魔力放出が基本技術みたいなので、魔を払うというのは魔力中毒を避けるための生存技術だったんじゃないかと思います」
先ほど浮かび上がった小さな疑問は、ツィトローナの中で整理されて言葉となる。
しかしながら、なぜ竜人が意図的に魔力を放出する必要があるかは謎のままであり、ツィトローナは心の内に書き留めておくことにした。
(わかりやすく見せてくれているのだけれど、ゆったりとした動きは地味に感じますね。変わった動きではありますし、膝を腰ほどまで上げる動作はヴァールシュのダンスで多くない。偶発の起こり難さは…この辺りでしょうかね)
「――ッ!?」
呑気に構えて観察していたエフェウだが、次第に強まっていくツィトローナからの圧を感じ取り顔を引きつらせる。
以前にジルベリヒトに対して行った威嚇のような魔力放出とは異なる、じわじわと潮が満ちるような魔力濃度の上昇。魔力をある程度感知できるエフェウは、波のない湖に沈められるような恐怖を感じ取って、勢いよく席を立つ。
「魔力放出についてはもう十分です。…次にやる時は、もっと開けた場所で行いましょうか」
「はい、分かりました」
「…幹部補と侍女殿は何も感じなかったので?」
「私は魔力を感知できませんので」
「ほんのりと何かを感じた気がするけど」
(前のに比べたら微弱じゃないかな?)
『そうですか』と呟いたエフェウは、窓を開け放ち外の空気で肺を満たしてから、魔力放出についての見解を書き記した。
(こんな魔力を体内に収めていた、なんて考えますと、竜人という存在は魔法に長けた種族なのかもしれませんね。…竜人、南部の港に貿易で訪れることのある彼らからも、色々と話を伺ってみる必要があるかもしれませんね)
「こほん、魔力放出以外の反閇は存在するのですか?」
「祖母が魔力放出しか知らず、本来の使い方はわからないのですが、私は身体能力を向上させられる反閇を組み立てました」
「身体能力ですか。例えばどれくらいのことが、どのように可能になりますか?」
「腰くらいの剣であれば、片手で握って剣舞が出来ますし、誘拐された時は棚や机を動かしたり、壁を殴って破壊できました」
(例の事件のことですか。その行動の是非は他の大人が正したでしょうからいいとして、少女とは思えない膂力を獲得できるということですね)
「効果時間は?」
「わかりません。もう大丈夫かなって思った時と、多分ですけど魔力がなくなった時に切れるんじゃないかなって」
「魔力が切れたことは?」
「ないです」
(なんというか)
(ツィトローナ様って)
(規格外なのでは…?)
大人三人は同じ感想を思い浮かべていた。
その後、聞き取り調査を続けつつ、騎士団医務所から人を呼んでの簡単な身体検査をし、騎士団本部での一日を終えることとなった。
―――
「立ち会い、ありがとうございました」
「当事者として当然のことをしたまでさ。ゼーゲルマン嬢のお陰で魔力による体調不良という枷から解き放たれ、目に映る世界が色付いて見える。本当にありがとう」
「えへへ、お役に立てて良かったです」
ツィトローナは、自身がジルベリヒトの役に立てたことを喜び、小さく握りこぶしを作る。
「ゼーゲルマン嬢は、誰かの役に立つことが好きなのかい?」
「役に立つことは好きですし、私自身の価値を示したいって気持ちもありますが、名前に恥じることはできませんから」
「ゼーゲルマン嬢の名前、『ツィトローナ』にそんな意味が?」
「あっ、いえ、気にしないでくださいっ!」
(『真名は本当に心を許せる人にしか言っちゃいけない』って婆ちゃんが言ってたっけ。危ない危ない)
(隠し事、下手だなぁ。…言いたくないことを探るほど野暮じゃないし、いずれ聞けたらくらいに考えておこう)
「それじゃあ気をつけてね」
「はいっ!ジルベリヒト様のお帰りを皆様がお待ちしていますから」
「ああ。ありがとう」
シュタインフェステ家の馬車に乗り込んだツィトローナを、ジルベリヒトは見送りつつ、馬に跨った騎士たちに指示を出す。
屋敷までの護衛を務めるようにと。
―――
「よう、カタラクトケルン。あのお嬢ちゃんはどうだった?」
騎士団長であるベルンハルトは、書類をまとめるエフェウに声を掛けながら茶を渡す。
「得るものの多い時間でしたよ。上等学舎の学者たちが喜びそうです」
「へぇ、そういうのはよく分からんが、新しい魔法体型が生まれるってことか」
「それはどうでしょうかね」
エフェウは茶で喉を潤しながら考え込む。
(はっきりいって反閇という魔法は燃費が悪そうに思えます。そもそも魔力を出すだけの魔法と、身体能力強化だけだというのも物足りなさを拭えません。…ですが)
「団長」
「なんだ?」
「侯爵にお願いして、ゼーゲルマン嬢を騎士団に入団するよう促してもらえません?」
「はぁ!?なんで急に」
無言で差し出された書類に記されていた内容を検めたベルンハルトは、片目を細めて困った表情を露わにした。
「なるほどねぇ…。ただまあ、諦めろ」
「それは何故でしょう?」
「シュタインフェステ家の女衆なんて敵に回したかないだろ。あのお嬢ちゃんは、うちの義妹に気に入られてるんだ、下手に手出しを出来ねえよ」
「トゥルム家の…あー、シュタインフェステ家の家政長でしたっけ?」
「そう。うちの子たちも軽く面倒見てもらったし、頭上がらないんだわ」
「残念です」
ベルンハルトは少し考えてから、口を開く。
「恩を売れば、借りるくらいはできるかもしれないが…下手打って睨まれたら終わりだからな」
「そうですね」
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




