15話 フラムクーヘン 2
「というわけでお互い休憩中なら、ちょっと厨房に行きませんかね?」
「厨房ですか?」
リオナの言葉に、ツィトローナは首をコテンと傾げた。
「そう、厨房です!今ならまだ窯が暖かいと思うんで、おやつをもらいに行きましょう!」
「その、いいんですか?」
「バレなければ問題ないです」
「そうですそうです!」
「えっと、あの…」
どうやら普段からそうしているようで、リオナとキルサは『さあさあ』とツィトローナを誘うのだが、彼女たちの後ろからは一人の侍女が姿を見せていた。
「何のお話をしていたのですか?」
「厨房に行ってつまみ食いを…」
「あっ」
調子良く計画を吐いたリオナが声の方へとゆっくり振り返ると、そこにはヴァイリスカが佇んでいるではないか。
「お二人は隙を見ては厨房に足繁く通っていますよね」
「あっ、バレてました?」
「見かけることが多かったので」
居辛そうにする二人を見て、ツィトローナは意を決する。
「あの、私がちょっとお腹空いたなぁって思ってまして。お二人に相談してたんです」
「珍しいですが、成長するお年頃ですし不思議ではありませんね。それじゃあ厨房に向かいましょうか」
「ありがとうございます」
(嘘ついちゃったし、後でお祈りしとこう)
ヴァイリスカが踵を返せば、ツィトローナはリオナとキルサに目配せをしてから笑みを見せる。
(ありがとうございまーす!)
(ヴァイリスカさんは怒らないと思いますが、助かりました)
(別に悪いことではないのですが、分別はつけてもらわないといけません。主人に庇われた意味を理解してください)
ツィトローナとそのお世話係たちは、足並みをそろえて厨房へと向かった。
―――
厨房といえばシュタインフェステ家の食事事情を管理する場所であり、何人もの料理人が詰めている料理人の聖域である。
普段のリオナとキルサは、中に立ち入ることはせず、料理人に『お願い』をして間食を作ってもらっているのだが。
「厨房は過ぎましたよ?」
「この時間なら夕食の下準備が始まる頃ですから、もう一つの厨房へと向かいます」
「あー」
質問をしたリオナは納得したようだが、ツィトローナは首を傾げている。
「厨房って二つもあるんですか?」
「そうですよ。シュタインフェステ家は大きなお屋敷ですから、仕える者も多くいますよね?」
「はい」
「その昔は『使用人の食事を、高貴な方々の食事を同じ場所で調理してはいけない』という規則が存在したのです。他所ではやっている可能性はありますが、シュタインフェステ家では廃れてしまいましたね」
「そうなんですね」
「そんなわけで、使われなくなった厨房を私が個人的に管理し、使用しているというわけです」
やや古い扉をヴァイリスカが開くと、整理整頓が隅々にまで行き届いた、小洒落た厨房が視界に入る。
「シュタインフェステ家の侍女は、私室とは別に部屋をいただくことができましてね。私はこの厨房でお菓子づくりを楽しんでいるのですよ」
「ヴァイリスカさんのお菓子ってここで作られてたんですね」
「ええ、そうです」
朗らかに微笑むヴァイリスカは、三人を自身の聖域に招いて材料棚と、冷保管庫を確かめる。
「グラーニア家政長や他の侍女さんもそうなんですか?」
「はい。グラーニア家政長は様々な史書を収めた、個人書庫を所有していますね」
「わぁ…」
(待遇が良いことは知ってたけど、そこまで自由にできるんだ…)
「ツィトローナ様がシュタインフェステ家にお仕えしても、お部屋をいただけますよ。自由に使えるお部屋です」
「なるほど」
ヴァイリスカの勧誘は、ツィトローナにとって黄金の果実であった。
魔導具の制作や開発には様々な素材や道具が必要となり、それらを管理するには倉庫が、実際に作業を行うには作業場が必要となる。
物置小屋の片隅で隠れながら作業と勉強をしていたツィトローナには、これ以上ない魅力的な提案だ。
(魔導具技師になりたいって夢は変わらない…けれど、私は才能に恵まれているわけでもない。好きなことを好きなこととして続けられるなら、選択肢はほしい)
ツィトローナは、『お世話になってるシュタインフェステ家に恩返しがしたいし』と心の中で付け加えた。
「余った食材でフラムクーヘンでも作りましょうか」
「いいですねー!」
「賛成です」
「ツィトローナ様は如何ですか?」
「お願いしますっ」
ヴァイリスカは二人に指示を出しながら、手際良く生地を作り、チーズと野菜、ベーコンを乗せて薄焼きを焼き上げた。
カリッとした熱々の生地には、チーズとベーコンが音を立てて自己主張をしており、一口味わってみれば程よい塩味の心地よさが口に広がる。そんな料理だ。
「お口に合いましたか?」
「とっても美味しいですっ!」
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