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侯爵家に行儀見習いとして送られた竜人の令嬢は、魔導具作りの夢を捨てたくない  作者: 野干かん


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14話 ワタリガラスを描く天井

 “僕”は机に積み上げられた書類の束に少し退屈さを感じながら、一人の少女に思いを馳せる。

 事件以来、僕は騎士団本部に軟禁されているため、ゼーゲルマン嬢がどうしているかは分からない。

 けれど、彼女に、彼女の心に影を落としてほしくない。


 何故だろうと思えば、苦しみから解放してもらった恩義であり、気持ち悪く不快な存在である僕ですら手を差し伸べ、…あの夜に握ってくれたことがきっかけだろう。


 …だから、一人残らず殺した。

 アレらが生き残り捕縛されれば、ゼーゲルマン嬢が彼らのうちの一人を殺害したことは明るみに出てしまう可能性がある。とっさの判断だったが、間違っていなかったと信じたい。


「でもやりすぎだよなぁ、見てないところで処分すれば良かったかな」

「ちったあ反省してくださいよ…」


 口に出ていたのか。ベルンハルト騎士団長が呆れている。


「反省はしているさ。僕が招いた事件だからね、今後は屋敷に入れる者とゼーゲルマン嬢に近づく者は、しっかりと精査しないといけないと」

「殺しもですよ。モルゲンレーエラント騎士団は、魔物への対抗手段なんですから、中央や王宮とは違うんだって理解してくださいよ」

「ああ、わかっている。…守るべき秩序が違うということはね」


 喜んで殺したわけではない。

 それでも正しきを行うために、あの場面では必要だったと信じなければならない。

 『呪われた鏖殺騎士』なんて名前を背負ってでも、僕は彼女と彼女の心を守りたかった。


「まあでも、やりすぎたね」

「やりすぎでさあ。二度と同じようなことはしないでくださいよ」


 笑顔でやり過ごそう。


「失礼します」

「どうした?」

「シュタインフェステ幹部捕に面会をしたい、というご令嬢がいらっしゃいまして」


 //


 “私”はシュタインフェステ家の馬車を降りて、モルゲンレーエラント騎士団の本部へと向かう。

 手続きはヴァイリスカさんがしてくれるみたいだから、後をついて回ると騎士団の方々が私に、私の角に視線を向けてくる。

 王都に行けばこれが日常になると考えれば、パパとママのいうことも正しいんだと思う。


 ヴァイリスカさんの後ろに隠れながら手続きが終わるのを待っていると、何人かの騎士さんたちは挨拶をしてくる。

 …シュタインフェステ家に所属している以上は失礼な態度をとって、リリアンネ様のお顔の泥を塗るわけにはいかない。


「こんにちは」

「ご、ごきげんよう」

「あの、一つよろしいでしょうか?」

「なんですか…?」


 なんなんだろう…。


「いやぁ、先日というには間が空いてしまいましたが、シュタインフェステ家のお屋敷で失礼なことを口走ってしまい、申し訳ございませんでした」

「え」

「ご令嬢の容姿をあれこれ言うなど、人として恥ずべき行為であったと反省いたしまして。この機会にと、謝罪に参りました」

「えっとその、承知しました」


 とりあえず受け取るけど、これ以上は踏み込まれたくない。


「謝罪を受け取っていただき、ありがとうございます。それでは」


 若い騎士さんは、一度振り返ってから小さく手を振ってきたけど、私は返せなかった。


「面会の許可が取れましたので、向かいましょうか」

「はいっ」


 私は…私を助けてくれたジルベリヒト様にお礼を伝えたい。

 手に持ったシュテルンカビネットに、自然と力が籠る。


―――


「失礼しますっ!」

「どうぞ」


 ツィトローナがおっかなびっくりとした様子で騎士団の執務室を訪れると、ジルベリヒトはゆったりと長椅子に腰掛けており、対面に座るようにと手で促す。


(軟禁って檻みたいなところじゃないんだ、…よかった)

(ゼーゲルマン嬢は…緊張しているせいか、事件をどう受け取っているかの判断がつきにくいな)


「ああ、そうだ。紹介をしておこう。モルゲンレーエラント騎士団の団長をしているベルンハルト・トゥルムだよ」

「はじめまして、ゼーゲルマン男爵家のツィトローナです。今はシュタインフェステ家に行儀見習いで滞在しています。……トゥルム家って」

「ははっ、察しの通りグラーニアと同じトゥルム子爵家ですよ。彼女は弟の妻でしてね、血のつながらない妹、義妹といったところです、ハッハッハ」


(あのグラーニアが気に入ってるにしては、…これといって雰囲気じゃ感じねえな)


 ベルンハルトは哄笑しながらツィトローナを観察する。

 グラーニアが気に入っており、ジルベリヒトは泥を被ってまで名誉と心を守ろうと働いた少女。それは突出した才能や、見惚れる美貌があるのかと考えていたが故に、肩透かしを食らった。

 どちらかと言えば、アプフェリアーネの方がそういった意味では正しい存在であろうか。


「それじゃ私は失礼しますんで、あー…グラーニアによろしくお伝えくださいね」

「あっはい」


 机の引き出しから皮のケースを取り出したベルンハルトは、気を遣って部屋を離れ、監視をヴァイリスカに一任した。


「あの、色々とお話をしようと思ったんですけど、まずはお礼をしたいなって。…事件の夜、助けていただいたこと心の底から感謝していて、ありがとうございました」

「どういたしまして」


 ツィトローナから感謝を伝えられたジルベリヒトは、胸に暖かな微風そよかぜが吹き、自然と笑みを零していた。


「大変な事件だったと思うけど…日々の生活に不自由はないかい?」

「はい、大丈夫です。シュタインフェステ家の皆さんが親切にしてくれますし、その…先日に両親としっかりと話すことが出来ました」

「それは良かった」

(両親とわだかまりがあったのか…)


 ジルベリヒトは雑談がてらにツィトローナのことを訪ねてみると、自身が彼女のことを何も知らないのだと自覚させられていった。


「それでですね、その…お返しというと少し違う気がするんですけど。…『勇気』を象徴するタイムの鉢植えを頂いたので、私からは『自由』を象徴するお礼をお贈りしたいと思って作ったんです。早く軟禁が解けたらいいなって」


 頬を上気させて目を逸らすツィトローナは、リボンで梱包された小箱をジルベリヒトの前に置く。


「ありがとう。中身を確認しても?」

「大したものではないんですけど……どうぞ」


 リボンを解き、蓋を開けてみると、真新しいシュテルンカビネットが収まっているではないか。


「シュテルンカビネットっていう、天井に星を映す魔導具です。…ジルベリヒト様の体質を忘れていたわけじゃないんですけど、命を救ってもらったお礼になるならと思いまして」

「気にしなくていいよ、ありがとう。…そうだ、ここで使ってもらってもいいかな?」

「はいっ!」


 ツィトローナは満面の笑みでシュテルンカビネットを組み立て、執務室の天井に春の夜を描いた。

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