13話 話し合い 4
カチャリ、カチャリ。
組み立て式の魔導具であるシュテルンカビネットを、ツィトローナが慣れた手つきで机に設置すると、見計らったかのようにアプフェリアーネとその侍女がカーテンを閉めて暗室にした。
(誰の役に立つ魔導具じゃないし、きっと同じような魔導具なんて数え切れないほどあるかもしれない。…それでも、アプフェリアーネ様が背中を押してくれたんだから!)
「これはシュテルンカビネット、そう私が名前をつけた魔導具です。…私は、夢を追う翼と自由が欲しくって、それを象徴する星の並びをいつでも見れるようにしました」
ツィトローナがシュテルンカビネットに魔力を流すと、部屋の天井が擬似的な夜空となって、一際強く輝く星々を眺めることができた。
夜空に両翼を羽撃かせ、一定の周期で各地各国を周るワタリガラスの星座は、ツィトローナが憧れ、胸に刻んだ道標である。
「ワタリガラス座を見れる、ただそれだけの魔導具ですけど…頑張って作ったんです。だから……私は」
(取り上げられちゃうかもしれないし、ダメだって否定されるかもしれない。でも)
「…私は、魔導具技師になりたいです!」
何度も否定された言葉、諦めたくなかった言葉、そして諦めそうになった言葉。
大人の答えを聞きたくなかったツィトローナは、固く目を閉ざし俯きながら言葉を待つ。
「ゼーゲルマン男爵とラウラさん、お二人の娘さんの思いはいかがですか?」
「子どものことを見れていなかったのだと、実感させられました。…ツィトリ」
「な、なに?」
「ツィトリが本気なら、お父さんはもうダメだとは言わない。けれど、進む道には茨が敷き詰められていて、大変な道程になることは否定できない。シュタインフェステ家で多くを学び、多くの人の意見を聞いて進みなさい」
「お母さんも同じ意見よ。ヴァールシュ王国、いえ人間の国は竜人にとって住みよい場所とは思えない。…お父さんもお義母様も、いつも苦労していたし。だからこそ、身を守る方法は考えて、誰かの力を借りるようにね」
その言葉は手紙に書かれていた内容と近く、両親の言葉が本当なのだと、本心から言っているのだと理解できる。
「…わかった」
小さく呟かれた言葉に、ダニエルとラウラは笑みを浮かべ、ツィトローナは恥ずかしそうに顔を背けた。
閉められていたカーテンが開き、部屋が陽光を取り込むと、昼の空のようにシュテルンカビネットの星々は薄くなってしまう。
「これで解決ですわね!なーんて言いたいのですけど、ツィトローナさんは、まだ隠し事をしていると思うのだけど、それも話してくださいません?」
「えっと…」
瞳を逸らしたツィトローナ。彼女の視線を追い詰めるように、アプフェリアーネは部屋を歩く。
「ジルベリヒト様がシュタインフェステ家へお帰りになられた翌日、なぜかジルベリヒト様は口から魔力のナニカを吐き出し、特殊な魔力質が落ち着きましたの。でもそれは、現在の医療、魔法では解決できない特殊な体質であり、特異な状態。歴史をたどれば、旧帝国時代や果ては始祖王にも遡る、由緒正しき血統の徴なのですけど」
一度言葉を止めたアプフェリアーネは、冬を思わせる冷たい瞳をツィトローナに向ける。
「まあそんなあれこれはどうでもいいので横に置きましょうか。ジルベリヒト様が魔力で喉を痛めると、知っていたかのように、お薬をお送りになられ、なぁぜか二人っきりでお話をすることになりましたよね?…ツィトローナさんがどうにかしてあげたのではなくって?」
(最初はリリアンネ様が秘密裏に用意したのかとも考えたけれど、そういう雰囲気でもありませんし、ツィトローナさんが独自に動いたのでしょうね)
「ツィトローナさん、アプフェリアーネさんが言っていることは本当なのかしら?」
「えっと、そうです。ジルベリヒト様は魔力が多くなりすぎて苦しそうだったので、反閇っていう婆ちゃ…いえ、祖母の使っていた魔力を放出する魔法をお教えしました」
「ジルは魔法を使えないはずだけれど」
「えっと、ジルベリヒト様はその、魔力の方向が破茶滅茶で大気中の魔力を取り込めていないみたいでして…一般化している魔法とか魔導具だと、流れる魔力の特性が異なってダメになっちゃうと、私は考えてます」
「ヘンバイっていうのは?」
「足を動かす魔法です。パパも…知ってるよね?」
「ああ、はい。私やツィトローナ以外の子供は、魔力を自然と放出できるので詳しくはないのですが、一応のこと母から教わっております」
「私は魔力の量が多いからで、出せないわけじゃないんですけど」
「ジルでも使える、魔力を身体から抜き出して体調を改善できる魔法があるということですか」
「はい。初夏の頃に改めてやり方をお伝えして、お一人でも出来ていたみたいなので大丈夫だと思います」
「そう、ツィトローナさんがジルを救ってくれたのね…」
リリアンネは目尻に涙を浮かべながら、それはそれは優しい笑みを浮かべていた。
「これ以上、ツィトローナさんに隠し事は無さそうですし、懇談会を終わらせたいのですが、彼女の処遇は如何なさいますか?」
『これ以上ない逸材だと思いますけども』とアプフェリアーネは続けて、大人たちを順繰りと見回す。
「そうですね。お二人的には、ツィトローナさんが魔導具技師を目指すことを、もう否定なさりませんよね?」
リリアンネに尋ねられたダニエルとラウラは、自らの意思で肯く。
「では…私の実家、公爵家の伝手を用いて、シュタインフェステ家で魔導具について学べるように取り計らうというのは、いかがでしょう?」
「えっ?」
「親戚筋に魔導具と魔法を愛する方がいるのですけど、中央では揉めることも多いようで、移転先を探しているとおっしゃっていたのです。…教師としての実績があるわけではありませんが、必要なことを叩き込む程度のことはしてくれると思います」
グラーニアの様に手取り足取り教えてくれるとは限らない。それでもツィトローナにとって、リリアンネの言葉は魅力的であった。
「王都に行かずとも、中央流の知識を得て、場合によっては師になってくれる可能性もある方を、お呼びしてもよろしいですか?」
「お願いします!」
「分かりました。色々と手続きは必要だと思いますから、直ぐに来てもらうことは出来ませんが、首を長くしてお待ちくださいね」
「リリアンネ様!」
「はい」
「ありがとうございます!」
「お礼をいうのはこちらですよ。ジルのことをありがとうございます」
瞳に輝きを取り戻したツィトローナは満面の笑みで、リリアンネの手を取る。
(はぁーあ、これで一件落着。私もそろそろ、面倒な大人たちを蹴散らしに、実家に帰ろうかしら)
アプフェリアーネはツィトローナにウインクをしてから、席に着いたのだった。
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