13話 話し合い 2
ツィトローナが目を醒ましてから数日。
事件の際に悪漢に暴力を加えてしまったツィトローナは、足繁く鏡儀室に向かい、鏡に向かって祈りを捧げていた。
それは贖罪の意味も大きいのだろうが、ジルベリヒトが責任を負ってしまったことに対する負い目から来る行動もあるのかもしれない。
「ふぅー…」
「お部屋に戻りましょうか」
「はい」
ヴァイリスカに促されたツィトローナは、踵を返して私室へと戻っていく。
ツィトローナの心を整えることを目的に、行儀見習いとしての教育は一時休止しているのだが、勉強に頭を使えない分、考え事が多くなってしまい、彼女の心は沈んでいた。
(パパとママ、兄ちゃん姉ちゃんは心配してるのかな。それとも)
考えたくないことから意識を逸らそうとしても、それらは影から腕を伸ばし、心を絡め取る。
それは『寂しさ』となり、くしゃくしゃとなった両親の手紙にツィトローナへと視線を向ける。
(パパとママは、私をどう思っているんだろう)
くしゃくしゃの手紙を伸ばし、形を整えたツィトローナは数度の深呼吸をしてから、封を切った。
『ツィトリ、元気にしていますか?
貴女のことだからこの手紙を読まないかもしれない、それでも私たちの思いをここに記します。
私たちが貴女をシュタインフェステ家に送ろうと決めたのは、小さな村から出て世界を知ってもらうためです。魔導具や魔法について勉強したい、そのために王都に向かいたいという目的がいかに大変なのかを理解してほしかったのです。
世間は竜人という存在に対してあることないことを語ります。それは、ツィトリを傷つけ苦しめる棘となるでしょう。
パパも苦労したそうです。
そのうえで、自らの道に茨が敷かれているのだと理解してでも進みたいと思ったのなら、シュタインフェステ家で学んだことを活かし、自身の身を守れるように護衛を雇ったり、安全の家屋を用意するためのお金を稼げるようになってほしかったのです。
なぜツィトリが魔導具技師に憧れるのかはわかりません、話をしようとするとお互いに言葉が強くなり喧嘩ばかりでしたから。
けれどリリアンネ様であれば、貴女の意思に耳を傾け道を授けてくれるかもしれません。
多くをシュタインフェステ家で学び、自分のやりたいこととできることを考えてください』
最後に母ラウラと父ダニエルの名前が記されて、手紙は終わっている。
「……。」
ツィトローナの胸は締め付けられるような痛みに支配され、下唇を強く噛んだ。
(私なんかじゃ、そんなことできっこないよ…)
シュタインフェステ家で座学に励んだツィトローナは、自身の能力が然程高くないことを悟っていた。
計算は速くない、歴史を覚えたところで詳しいわけでもない。詩歌を綴ったところで、グラーニアは難しい顔をして、より美しい姿を提案してくる。
誰かに言われたわけではない。
ただ、褒められることといえば、勉強に向き合う姿勢と字の綺麗さ程度。
そして追い打ちをかけるように、マルティンの言葉が脳裏に過ぎる。
『お前の価値なんて、額から生えてる角と、珍しい血肉くらいなもんだ』
不安定になっていたツィトローナの心。その外殻として守りを担っていた、『夢』がひび割れていく。
(……役に立てるなら、魔導具技師じゃなくて良いのかもしれない。私は誰かの役に立ちたい、誰かに喜んでもらいたいだけなんだから)
便箋を綺麗に畳んだツィトローナは、色褪せた世界を歩いているような気分であった。
―――
ツィトローナがリリアンネの執務室に向かおうと玄関に差し掛かると、聞き慣れた声が耳に届いてゆっくりと視線を動かしていく。
「ツィトリ!」
「大丈夫かい!?」
それは両親、ダニエルとラウラであった。
「なん、で?」
「あらツィトローナさん、ちょうど良いところに。実はご両親を呼んでいましてね、―――」
「私は…、私じゃダメなんですか?」
「えっ?」
「迂闊に誘拐されちゃったから、人を殴っちゃったから、もうダメってことですか!?」
「ちょっとツィトリ!リリアンネ様になんて言い方を!」
「これもダメなの…、もう何がなんだか分からない、分かんない!!」
大声を出したツィトローナは、踵を返してがむしゃらに廊下を走り去っていく。
そんな姿を見ていたアプフェリアーネは、呆れた表情で『本当に世話の焼けるご令嬢ね』と呟き、リリアンネに笑みを向けてから、ツィトローナの後を追う。
―――
「お隣、いいかしら?」
「……。」
庭のベンチで蹲っているツィトローナの隣に、アプフェリアーネが腰を下ろす。
アプフェリアーネは説教をするでも、宥めるでもなく、ただただ無言でツィトローナに寄り添っている。
(ツィトローナさんは魔導具技師という目標だけじゃなくて、他にも色々と隠し事をしている。それはきっとご両親との関係によるものなのだろうけど、ご両親の心から心配した表情を見るに、冷遇されていたようなものではない)
ツィトローナに視線を向けたアプフェリアーネだが、何かしらの変化があるわけではなく、ただただ蹲って心を閉ざしている。
(目標を否定され続けて隠すのが癖になってしまったというところかしら。手先は器用かもしれないけど、心は不器用で…臆病なのね。どういう対応をしたらいいかなんて分からないけど、このまま腐ってしまうのは損でしかないわ)
ツィトローナの値踏みをしたアプフェリアーネは、悪い笑みを浮かべて口を開く。
「ねえツィトローナさん、わからず屋な大人たちを黙るくらいに、言いたいことを吐き出してしまいましょう?」
「え」
「それでも『ダメ』だと否定するなら、私がツィトローナさんを拾い上げて、魔導具技師になれる道を切り拓こうじゃない。私は、それくらい簡単にできるのよ」
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




