12話 夏の月夜 7
焼けるような痛みを堪えながら、使用人は走る。
手を引くツィトローナの身体が重くなっていくのを感じ、彼女の頭には警鐘が鳴り響くばかり。
(屋敷までは距離がある、このまま逃げ続けても追いつかれ―――!?)
「…クソ、野郎!」
追跡と逃亡で酷使した使用人の足には、一本の矢が突き刺さっており、バランスを崩しながら二人は転倒する。
(ここまで、なのか…?せめて、ゼーゲルマン様だけでも守らないと)
倒れゆく中、使用人はツィトローナを抱きとめ、自身をクッションに道路を転がる。
「手こずらせやがって…。何ぼさっとしてる、さっさと竜人を捕らえて、あの女は殺せ」
「うっす」
クロスボウを投げ捨てたマルティンは、苛立ちを露わにしながら指示を出す。
「ったく、女子供相手に被害出すなんて、大したことねえのな。報酬金は減らさせてもらうぜ?」
「…裏切るのか?」
「裏切ったのはそっちだろうが、子供相手に一人は伸びて、一人は鏡の向こうに。金さえあれば何でもやるなんて、嘘っぱちじゃねえの。ほら、さっさと仕事しろ仕事」
マルティンの言葉に怒りを露わにする手下たちだが、今は言い争っている場合じゃないと判断したのか、ツィトローナを捕縛するために足を向ける。
(運の尽きかぁ。ごめんね、ゼーゲルマン様)
腕を斬り裂かれ、太ももに矢を受けた使用人は、冥い瞳で怯えるツィトローナの頭を撫でてから、最後の力を振り絞って立ち上がる。
「仲良くフニャチンでもしゃぶりあってろよ、インポ野郎共」
(終わり終わり、良い人生だった、かねぇ?)
マルティンはクロスボウに矢を装填し、一切の遠慮なく引き金を握る指に力を込めた。
ヒュンと夜を貫いた矢だが、使用人の頭には届くことはなく、宙に描かれた銀色の弧線によって、矢は砕かれる。
「遅い、到着ですねー…」
「すまない」
使用人が限界を迎え、白目を剥いて意識を失うと、アプフェリアーネの侍女が支えて道路へ横たわらせる。
「お待たせしました、ゼーゲルマン様。銀戈のジルベリヒト様がお越しになられた以上、貴女とこの使用人は助かりますよ」
「…え」
侍女によって差し伸べられた手を、恐る恐る取ったツィトローナは上体を起こし、銀髪の騎士の背に強い安心感を覚える。
「あ、あの、手当をしてください!私のために戦ってくれて」
「お任せくださいませ」
侍女はマルティンや手下たちに興味を示すことなく、使用人へ応急処置を行っていく。
「向こうは大丈夫そうだし、僕の相手をしてもらおうか」
「モルゲンレーエラント騎士団か、全員で息を合わせて攻撃しろ。じゃないと命はないぞ」
「何人だろうと―――命の保証はできないさ」
「は、―――」
ジルベリヒトが一歩踏み込んだ瞬間、目にも留まらぬ速さで相手に接近し一太刀に首を刎ね、そのままの流れで二人、三人と処理していく。
圧倒的な実力を前に手下たちは怯え慄き戦意を失い、武器を捨て降伏をしたのだが、ジルベリヒトは止まることなく手下全員を血の海に沈めた。
「クロスボウの男は…、逃げられたか」
(追ってもいいですが…あの状態のゼーゲルマン嬢を放ってはおけない)
剣に着いた血を払い、鞘に収めたジルベリヒトはツィトローナの許へと駆け寄り、片膝をついて目線を合わせる。
「ゼーゲルマン嬢…いやツィトローナ嬢。この夜、悪漢を殺めたのはジルベリヒト・モルゲンレーエラント・シュタインフェステだ。そう、記憶していてほしい」
「なに、を?」
「貴女をこんな危険な目に合わせてしまい、そして苦しい思いをさせてしまった責任は僕が背負う。だから安心してほしい、そして何も背負わず生きてほしい」
(この事件を、この状況を招いたのは僕だ。…だから、手を汚してしまったなんて考えないでほしいんだ)
「えっと……もう、よくわかんない、です…」
困惑しきったツィトローナは、緊張の糸が切れて、そのまま意識を失った。
「ツィトローナ嬢!?大丈夫かい!?え!?ええ!?」
「落ち着いてください、ジルベリヒト様。ゼーゲルマン様にこれといった外傷はありません。…敵を取り逃した以上、増援が来るやもしれませんから、いち早く逃げましょう」
「あ、ああ、分かった」
侍女が何かしらの魔導具を取り出し、天高く投げつけるとそれは眩い光の玉となり、僅かな間だけ浮かんでいた。
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