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侯爵家に行儀見習いとして送られた竜人の令嬢は、魔導具作りの夢を捨てたくない  作者: 野干かん


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12話 夏の月夜 6

 深夜。騎士団は慌ただしく動き回っているものの、監視を続けていた使用人の近くを通ることはなく、ほぞを噛む思いで、待ち続けていた。


(そろそろまずいよね…。単独の突破はゼーゲルマン様の身を危険に晒すだけだし)


 バコン――――!!!


「はあっ!?」


 焦りの色を露わにしていた使用人は、ボロ小屋の一室が爆発したかのような音を立て、壁が爆ぜたことに困惑しつつ、ナイフを手に構える。


(一体何が、ってゼーゲルマン様!?)


 大きく広がった砂煙から飛び出してきたのはツィトローナであった。


―――


 時は少し遡る。


 ツィトローナが膝を抱えて部屋の隅で丸まっていると、何度か確認しに来たハンスたちも警戒を緩めて、隣の部屋で休息を取り始めていた。

 とはいえ全員が一斉に休むわけではなく、交代交代なのだが、ツィトローナは聞き耳を立てながら、動き出すときを待つ。


(そろそろ動こう。遅くなりすぎたら、出発の準備をしだすはず。およその時間と星座の位置で場所はわかるから、全力でお屋敷に向かって逃げよう。……こんな人間たちに、私の夢は邪魔させないんだ)


 独り頷いたツィトローナは着けていたフリをしていた錠を外し、物音を立てないよう細心の注意を払って反閇を行う。

 今回の反閇は魔力の放出ではなく、体内の魔力で身体能力を強化する、肉体強化魔法という分類で、剣舞に盛り込まれている技法だ。


(机と棚を静かに動かして…手錠と机の脚を繋ぐ。よし、気づかれてないね、じゃあ後は壊すだけ)


 靴を履き直したツィトローナは、ブロック壁に向き合う形で立ち、深呼吸をしてから全身全霊の力で壁を殴る。


 バコン―――!


 反閇による肉体強化とツィトローナの本来持ち得る膂力りょりょくにより、ボロ小屋の壁は爆破でもされたかのように砕け散ったのだ。

 大穴の空いた壁をツィトローナはくぐり抜け、大まかに予想付けた方角へと全力で走っていく。


 //


「何が起きた!?」

「わかりません!」

「扉開けろ!」

「はっ!……開かない!?」

「どけ!」


 飛び起きたハンスたちは、ツィトローナの様子を確かめようと扉を蹴破るも、その先にあるのは机と棚で、部屋を確認できるような状態ではない。


「回り込んで探せ!騎士団が見つけたことも考慮しろよ!マルティンは戦闘の準備をしとけ」

「おう」


 ハンスの手下が回り込んだ時にはツィトローナの姿は部屋になく、道を駆ける黒髪の少女の後ろ姿だけが瞳に映った。


 //


(急いで逃げなくちゃ!身体を強くしているから普段よりは速いけど、方角しか分からない!)


 土地勘なんて微塵もないツィトローナだ。

 入り組んだ裏路地など分かるはずもなく、少し進んでは行き止まりに当たり、少し戻っては次の道をと手探りな逃亡を続ける。


「相手は小娘だ、さっさと見つけ出して捕まえろ!命さえありゃ何でもいい!」

「おう!」


 後ろから響いてくる怒号に、ツィトローナは恐怖しながらも走り続けるのだが、焦る心は身体にも現れて、余計な手の振り、呼吸の乱れといった要因が重なり体力を削っていく。


 息を切らしてよろよろと進むツィトローナだが、手下たちとの距離が詰まるばかり。揺れる黒髪が、薄汚れた指に捉えられ力いっぱいに引っ張られる。


「いった!!」

「何をしたか知らねえがもう観念しろ!必要以上に痛めりゃ運ぶのに苦労すんだよ!」

「うる、さい!」


 髪を掴む手を握り返し、小鹿のような震える足に力を込めれば、手下の足は地面から引き剥がされ、明後日の方へと吹き飛ばされる。

 とはいえ、手下も一人だけなわけがなく、ツィトローナを敵だと判断した一人がナイフで切りかかった。


(もう、ダメかも。パパ、ママ…)


 身体を縮こまらせて防御したツィトローナだが、来るはずの痛みは一切来ず、鈍い打撃音が響き渡る。


「はぁー、間に合いました。ゼーゲルマン様、ここは私に任せて逃げてください!命を懸けてでも時間を稼ぎます!」


 ツィトローナを庇い、手下の一人を蹴飛ばしたのは使用人で、彼女は顔を引き攣らせながらナイフを構える。


(なーにやってんだか、命あっての物種っていうのにねー…)


「なんで…」

「今はそういうのはいいんで。ほら、私に構わずさっさと逃げちゃってくださいよ、無駄死になんてゴメンなんですから」

「無駄、死…?」


 フラッシュバックするのは、もう一人の使用人が斬られて血を舞い上がった瞬間。ツィトローナの心臓は異常なまでに鼓動を速めていき、呼吸のリズムが完全に狂ってしまった。


「落ち着いてくださいゼーゲルマン様、ってやかましいな下郎共!」

「貴族に仕える女風情が調子に乗るんじゃねえよ!」

「こっちのセリフだ、フニャチン野郎!マス掻いたったねえ手で、うちの大切なお嬢に触ってんじゃねよカス!―――くっ!!」


 手下は使用人の左右から攻撃を仕掛けると、流石に受け流すこともできず、左腕を斬りつけられてしまい血が滴り落ちていく。


「威勢がいいのは口だけか!?」

(拙い拙い―――)


「うわあああああ!!!」


 使用人が死を覚悟した瞬間、ツィトローナは大声で叫びながら、道にあった木箱を拾い、高く振り上げて手下の一人を殴りつける。


 ぐちゃり。


 ツィトローナの腰ほどまでに振り下ろされた木箱は、砕けることはなかった。

 では、何が潰れたかといえば――。


「………え?」


 足元には月明かりに照らされた赤い液体。

 何かが倒れる音。

 そして恐怖に歪んだ、手下の一人。


「そんなつもりじゃ、ただ助けたくって、え?なんで?」

「逃げますよゼーゲルマン様!」


 使用人はツィトローナの手を引いて走り出す。

 譫言うわごとのように、何かをつぶやき続けるツィトローナを。


(最悪だ!こんなことになるなら、目を離してでも応援を呼ぶべきだったんだ!)


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