12話 夏の月夜 5
ガチャリ。金属が接合し合う音を耳にしたツィトローナは薄っすらと目を開ける。
「……?」
「…魔導具の効きが悪すぎるだろ。おーいハンス、コイツ目ぇ覚ましたけどどうする?」
「大人でも一日は目を覚さない量を仕込んだんじゃなかったのか?」
「俺の配合に間違いはねえよ。こいつが異常なんじゃねえの?」
「なに、が?」
霧の中にいるかのような感覚が晴れていくと、ツィトローナは商人の顔を見て、意識を失う前の状況を思い出す。
「っ!いだっ!」
「落ち着け落ち着け、別に今すぐ解体したりはしねえよ。買い手がいるんだからな」
起き上がり逃げ出そうとしたツィトローナだが、手足が錠で固定されており、立ち上がることもできず、再び床に転がる。
「よくも―――っ!」
ツィトローナは、使用人の一人を傷つけられたことに怒りを露わにするが、マルティンがナイフを喉元に突きつける。
「落ち着けって。別に今すぐ剥製したっていいんだぜ?お前の価値なんて、額から生えてる角と、珍しい血肉くらいなもんだ。生きてた方が価値が上がるってだけなんだからさ」
「うぅ…」
(角とか竜人とかそんなのばっかり!ムカつくムカつく、なんで私ばっかり嫌な思いをして、否定されなくちゃいけないんだ!)
歯牙を剥き出しにて怒りを露わにすれば、ツィトローナの身体からは魔力が波のように漏れ出し、ハンスが戦慄き、一歩退く。
(なんだこのバカみたいな魔力は…?チッ、クソ、そんな付加価値があるとは思わなんだ。交渉できる余地があればいいが)
「手は出すな、そいつは結構な魔力持ちだ。高く売れるぞ」
「へぇ。まあいいや、大人しくしとけば痛い目に遭わなくて済むとだけ覚えといてくれ。売られた先でも悪くない暮らしができるかもしれねえしな」
『角は折られて、鱗は剥がされるだろうが!』と、マルティンは哄笑し、ツィトローナを隣室に閉じ込めた。
「なんで…」
怒りによって感情が渦を巻き、抑えが利かなくなったツィトローナは涙を流して蹲る。
どこでも、誰でも、ツィトローナは認められない、受け入れてもらえないのだと失意に喘ぐと、体内の魔力が均衡を崩し制御が行えなくなってしまう。
次第に頭痛が発生し、身体の節々に痛みが走り、内側から張り裂けそうな感覚を味わうも、ツィトローナは何をすることなく、ただ丸く縮こまるのみ。
そんな折り、常人の域を遥かに超えた魔力を垂れ流し続けられた結果、ツィトローナの手足に課せられた錠が悲鳴を上げ始める。
魔導具というのは、魔力によって動作する道具。
想定されていないほどの過剰な魔力は、魔導具回路を焼き機能不全を起こしてしまうことがあるのだ。
カシャン、と小さな音を立てた錠は、ツィトローナの拘束力を失い、ただ床に転がっていく。
(え…?)
頭痛の影響で状況を呑み込むのに時間がかかったツィトローナだが、手足が自由になり動けることを確認すると、物音を立てないように立ち上がり、反閇を用いて魔力を放出する。
魔力が身体から放たれたことで、体調は落ち着いていく。
(手錠が壊れた?なんで?…粗悪品だった?)
普段であれば好奇心から拘束用の魔導具を調べただろうが、現在のツィトローナにはそんな余裕はない。
大急ぎで錠を拾って、手足に着けられているフリをして耳を澄ます。
「それで、どうやって騎士団を切り抜けるんですかい?」
「先ずは大森林と街を隔てる防塁壁を越える」
「うげっ、魔物を相手にするんで?」
「いやいや、そんな馬鹿な真似はしないさ。昔、薬の密輸に使っていた隠し通路があってな、騎士団が検問に出払った隙をついてそこを使う」
「壁の向こうに行くのはほんのちょっと、せいぜい3時間程度だ」
「それでも結構な時間じゃないですか」
「その分、報酬は高めに設定してあるだろ?」
「まあ、そうっすね。出立はいつごろで?」
「夜明け前だ。それまでの間、身体を休めておけ」
「うっす」
(出発まではもうちょっと時間がある…けれど、悪い人たちと戦って勝てるはずないし、どうやって逃げたらいいんだろう)
扉を開けて『こんばんは』と言ったところで、再度拘束されるのが関の山、最悪の場合は殺されかねない。
(周りに誰もいないんだ、自分でなんとかしないと。私のことなんて、誰も助けてくれないだろうし…)
孤独を自覚した瞬間、ツィトローナの心は鉛のように重くなり、判断力が鈍くなっていくのだが、着けているフリをしている手錠が魔導具であることを改めて理解し、夢という名の炎が首を擡げる。
(そうだ、私は魔導具技師になりたい。夢は、絶対に諦めたくない。なら帰らなくっちゃ!)
ツィトローナは深呼吸を何度か繰り返し、部屋の様子を窺ってみた。
部屋は薄暗く、差し込む月光も天井近くにある小さな小窓のみ。脱出しようにも身体は通らず、通れたとしても物音を立ててしまう。
(窓は無理。……月の光が差し込むなら、隣の部屋はないのかな?)
足に錠がかけられている体勢のまま床を這いずり、壁際に寄ってみると、壁の向こう側は何やら騒がしく、最低限の声量で会話する商人たちとは明らかに異なった様子。
(材質は、木じゃない…石とかレンガのブロック壁だ。……できないことはないけれど、直ぐに気づかれちゃったら、追いつかれちゃったら意味がないよね)
もう一度室内を見回すと棚と机が一つずつ。
(扉の前に置いてバリケードにする?大回りをされたら意味がなさそうだけど、とりあえず無いよりはマシそう。建物の構造は分からないし、できることはこれくらいかな?)
「はぁー…」
ため息を吐き出し、小窓から夜空を眺めると綺麗な満月が瞳に収まり、ツィトローナは覚悟を決める。
(ワタリガラス座じゃないけど、それでも星たちが私を見てくれているから)
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