12話 夏の月夜 1
「どうも」
「おや、この前のお客様じゃないですか。店にまで来てくれたんですかい」
ジルベリヒトが先日知り合った商人を追いかけていけば、彼は店の奥から品物を取り出していた。
「一般的な魔導具から、異国の珍品まで色々と扱っているのだな」
「ええまあ、需要のある商品は基本ですが、隙間も攻めていかないと、新しい道は拓けませんからね」
「ほう、なら何か面白い品はあるかな?」
「面白い品ですかい?…そうですねぇ、おーい」
「んだよ」
「あの魔導具どこやったっけ、星の並びのやつさ」
「イアリヒト・スフェーレか、ちょっと待って。あー、どこやったっけ?」
「それを聞いてんだろうが…。いやぁすみませんね、色々と扱うんで散らかってるんでさぁ」
「それならまた今度でいいさ。…話は変わってしまうのだけど、前に鉢植えを買っただろう?知り合いが鉢植えを贈り物にしたいって話をしていてね、今度屋敷の方まで来てもらえるかな?」
「お屋敷ですかい?」
(わざわざご令息の方から誘ってくれるとは、こりゃ渡りに船ってやつだ)
「僕はシュタインフェステ家の者でね。話を通しておくから、ツィトローナ・ゼーゲルマンという行儀見習いから相談を受けてくれ」
「承知しました。…ええっと鉢植えでいいんですよね?」
「ああ。姉の出産祝いを贈るため、自由時間に仕事を請け負う熱心な娘なんだよ」
「では祝に良さそうなもののリストを用意しときますんで」
「頼むよ」
ジルベリヒトを見送った商人たちは、顔を合わせて笑みを浮かべる。
「ゼーゲルマンといや…この前に話した竜人じゃないか?」
「ああ、俺たちはツイてる。うら若き竜人のご令嬢なんて、これ以上ない隙間な商品だ。大枚叩いてでも買いたいなんて言い出す、貴族は数えるほどいるだろう」
「ここでの商売も気楽でよかったけども、大金にゃ敵わない、よなぁ」
「違いない」
―――
(最近調子が悪くなってきたな…。騎士団本部でも魔法師に怖がられてしまったし、そろそろ解決しないといけない頃合いなのかもしれない)
ジルベリヒトは蟀谷を抑えながら、庭の長椅子に腰掛ける。
ツィトローナと会う以前と比べれば格段に楽ではあるが、快適な日々を過ごしただけに多少の頭痛でも苦しいようだ。
(しかし…気が滅入るな。あれこれゼーゲルマン嬢のことを考える度に、僕は彼女を利用する浅ましい男だと自覚させられる。あの時、救ってくれたから、また救ってほしいと思うのは僕の弱さだろうね)
自虐的なジルベリヒトが空を見あげようとすると、視界の端からひょっこりとツィトローナが顔を見せる。
「ぜ、ゼーゲルマン嬢!?」
「あの、こんにちは、ジルベリヒト様」
ツィトローナはキョロキョロと周囲を見回してから、質素な手紙をジルベリヒトに手渡す。
「多分、そろそろキツイんじゃないかと思いまして。足の動きを記してあるんで試してみてください」
「あ、ああ、感謝するよ」
「その、人の多いところだと驚く人もいると思うので、人の少ないところがいいと思います。それじゃあ、…えっ?」
屋敷に戻ろうとしたところで、ジルベリヒトはツィトローナの手を握った。
するとツィトローナの肌には鳥肌が立ち始め、力強く振り払った。
「あ、えっと、すみません。触られるのはちょっと、気持ち悪いです。いや、その、魔力のことで、ジルベリヒト様本人がってことじゃないんですけど」
瞳を右へ左へキョロキョロと動かしたツィトローナは、一度頭を下げて大急ぎで逃げ去っていった。
(僕は何をしているんだ…。この呪いが彼女を不快にさせることなんて知っていたことだろう。だから距離を置き、不快にさせないよう立ち回っていたというのに)
恩を仇で返してしまった、そんな感覚に陥ったジルベリヒトは、『気が滅入る』と呟いて空を見上げる。
―――
(やっちゃったぁー…)
屋敷に戻ったツィトローナは、ズンと重い気持ちのまま歩いていく。
ジルベリヒトの魔力が多くなり始め、接触されたことで不快な感覚に驚き、全力で振り払ってしまったのだ。
(虫の這い上がるような感覚。…多分、いろんな人に避けられてきたんだろうけど、私にできることなんてないし)
漠然とした無力感に襲われるツィトローナだが、手を振り払ってしまったことに負い目を感じて振り返るも、言葉が見つからず肩を落とす。
(こういう時、どうしたらいいんだろう)
「どうかなさいましたか?」
「え、あっヴァイリスカさん…」
「困りごとがあったのなら、なんでもお申し付けください」
「……ジルベリヒト様に失礼な態度をとってしまって」
「なるほど」
(ツィトローナ様の魔力感知が悪さをしているのでしょうね。とはいえジルベリヒト様にとっても耳の痛い話ですし)
「ゆっくり慣れていきましょうか。お医者様も魔力を感じ取りますが、平然と接してらっしゃいますし」
「…頑張ってみます」
「その意気ですよ」
(行儀見習いの間しか会わない可能性は大いにありますが、それでもシュタインフェステ家での記憶が嫌なものにならないよう、そしてジルベリヒト様の上向いた御心が沈んで構わぬよう、私たちが渡し船とならねばなりませんね)
ヴァイリスカは柔和な笑みを浮かべながら、ツィトローナの歩みを応援する。
―
その夜、庭の方から感じられる魔力の放出に、ツィトローナは安堵した。
(理解してもらえてよかった)
見上げた星空にワタリガラス座はなく、異なる星座が夜を見守っている。
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