11話 瞳の休息 3
目を休めて数日、ツィトローナは順調に回復しつつあった。
「では一旦落ち着いたところで、こちらがお給金となります」
グラーニアが用意した封筒を受け取ったツィトローナは、その重さに慄き、固唾を呑んだ。
「…中身を確認しないのですか?」
「え、あっはい、確認します」
大急ぎで封筒を開いたツィトローナは、16枚の紙幣を取り出して目を丸くする。
500ゴルドラオプ紙幣が16枚で8000ゴルドラオプとなる。
モルゲンレーエラント侯爵の直轄地であれば2季分の生活費と同額で、地方であれば3季くらいは問題ないだろう。
「こ、こんな貰えるんですかっ!?」
「十分な働きをしていただきましたので、シュタインフェステ家の一般侍女が半季でいただくお給金を用意いたしました」
「そんなにちゃんと働いたわけじゃないんですけど…」
「先ほども言いましたが、『十分な働きをしていただきました』ので侯爵様とリリアンネ様と相談し、決定した金額です。異論があるのであれば、直接お二方に申し出てください」
「そこまではっ、ないんですけど」
ツィトローナは田舎の貴族家ということもあり、そもそもお金を使う機会が殆どない。お小遣いとしてもらったことのある金額もほんの少額で、紙幣を手にするのも初めてだ。
現実感のない金額に、目を白黒させながら表裏を確かめていた。
「お仕事をし、お給金を貰って、どう思いましたか?」
「えっと、まだあんまり実感がわかないんですけど…頑張りが報われる気がして、なんか嬉しいです」
「そうですか。ゼーゲルマンが将来を考えるのであれば、どこかの家に仕えて代筆業を担う道もあるということも、念頭に置いてください」
「えっ、あの…」
「…貴女には、貴女の目指す道があるのかもしれませんし、私はそれを知りません。そして貴女が自ら話すまでは聞き出すこともありませんが、道があることを覚えておいてください」
(もしかしたら…グラーニア先生なら私の夢を否定しないのかもしれない。けどまだ、もっと頑張って認めてもらってから言いたい)
「…私、頑張ります」
「そうですか」
(嘘はつかないんですが、妙に隠し事をしているんですよね。…リリアンネ様は何か知っている風なのですが、私におっしゃってくれないことを考えると、ゼーゲルマンの成長を待っているのでしょう。待つしかありませんね)
「では、お給金の件はこれで終わりですので、次のお話をいたしましょう」
「次ですか?」
「…ゼーゲルマンは姉の出産祝を用意するために、仕事を求めていたのでしょう?」
「そうでしたっ!」
「…まったく。それでですね、物品の購入には商人を屋敷に呼び寄せて、必要な品を相談し手配してもらう必要があります」
「自分で買いに行くんじゃダメなんですか?」
「ええ、出来ません。理由としては簡単ですよ、貴族家の令嬢が外を出歩くのは、誘拐などの危険がありますからね。シュタインフェステ家の関わりがある竜人の貴女であれば特に」
『なるほど』と呟いたツィトローナは俯いた。
「…わかりました。来てもらう商人さんに指定とかはあるんですか?」
「基本的にはシュタインフェステ家が懇意にしている商会が主となりますが、呼びたい商会などがあれば、呼んでもらっても構いませんよ」
「そうですか…。あっ、なら、ジルベリヒト様に鉢植えをもらったんですけど、私も植物を送りたいなって」
「ではジルベリヒト様に伺って、その商会を呼びましょうか。出産祝いの植物なら何がいいでしょうかね」
「教えてもらっても、いえ…一緒に考えてもらってもいいですか?」
「いいですよ。どうせならリリアンネ様ともご一緒してもらいましょうか」
「はいっ!」
―――
グラーニアが部屋を去ると、入れ替わるようにアプフェリアーネが顔を見せた。
「ごきげんよう…って初日と部屋の様子が随分と変わったわね」
「すみません、本とかばっかりで」
「悪いとは言ってないわよ。勉強ばっかりでよくも飽きないわね」
「知れることは楽しいので」
「そう」
本に触れることなかったアプフェリアーネは、興味を失ったように席に着いた。
勉学は生きるための術であり楽しむものではない、それがアプフェリアーネなのだろう。
そんなアプフェリアーネは手に持っていた小瓶を机に置き、自慢気な表情を露わにした。
「もう元気そうだけど、お見舞いの品を贈るわ」
「ありがとうございます…?」
小瓶に詰まっているのは、土色の何か。
「これはヴァイナー伯爵領産のリンゴで作られたアップルバターよ。シナモンで風味付けされた甘酸っぱいジャムくらいの感覚で使ってちょうだい、パンに塗って食べると美味しいのよ」
「アップルバターですか。…わぁ、いい香りですね」
「でしょう?保存食ではあるけど、今は夏だから早めに消費しちゃってね」
「わかりました。あの、ありがとうございます」
「いいのよ。ツィトローナさんは立場的に妹みたいな関係なのだから」
アプフェリアーネの、値踏みをするような冷たい瞳は相変わらずだが、ツィトローナのことは身内として認めているようだ。
「あの、アプフェリアーネ様って何かやりたいことがあるんですか?」
「急ね」
「いえ、なんとなくですけど、そんな気がして」
(アプフェリアーネ様が何かを値踏みする瞳は…なにか目的があるような気がするんだよね)
「やりたいことというか、侯爵広域領を中心に強固な縁を構築しておきたいのよ。そのために実家で教育課程を終えてるし、茶会を中心にあちこちで立ち回っているところよ」
「なんかすごいですね」
「自分から聞いといて、何とも拍子抜けな返事ね。…まあでも大体の令嬢は同じような目的で過ごしているはずよ、家格が釣り合う程度で最善の相手を選ばないといけないのだからね」
「…そういうものなんですか?」
「そういうものよ、多分ね」
(そういえばツィトローナさんってジルベリヒト様に気に入られているけど、もしものことがあったら面倒よね。家格が釣り合わないもの)
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