11話 瞳の休息 1
自室で便箋を見つめるツィトローナは、姉クヴィッタに対してどんな手紙を送るか考えていた。
ここ数日、自由時間に代筆を行っていたため、文章に必要な要素は理解し始めていたのだが、家族に手紙を送るという行為に小っ恥ずかしさが募ってくる。
(まず挨拶…は省略しちゃっていいかな、姉ちゃんも季節のあれこれなんて入れてなかったし。…でもロッゲンフルア家に送るってことは、しっかりとした形式で送ったほうがいいのかな?)
詩文を認めようと考えたツィトローナは、棚に収まっている作詩の教本を手に取り、夏の詩を組み立てていく。
チリン、チリン。
鈴の音が響き渡ると、最近設置された小扉からルースが顔を見せる。
「くにゃん」
「こんにちは、ルースさん」
鼻を鳴らしたルースは、ツィトローナからインクの匂いを感じ取り、膝に乗ったりはせず足元に横たわって、昼寝を始めた。
魔力を余しているツィトローナを、甚く気に入ったスネッコのルースの出入りが多くなったため、部屋には猫用の小扉が設置されたのだ。
ツィトローナ自身が嫌がっていないというのも原因だろうが。
―
「…?」
手紙を認めている最中、ツィトローナは目蓋がピクピクと痙攣し首を傾げる。
指で押さえると動きは痙攣が収まり、小さくため息を吐き出し、意識を手紙に戻す。
(なんか最近、こういうことが多くなった気がする。まあいいかな、とりあえず手紙に集中しなくちゃ)
変化を気に留めることのなかったツィトローナは、現状報告を簡潔にまとめ、便箋に落とす。
その殆どは侯爵家での教育に関するものだが、周りの人がよくしてくれること、先生と呼べる相手がいることなどを楽し気に綴る。
(『何もかもが順調だから心配はいらないよ』『甥っ子にもいつか会いたいな』…と。こんな感じでいいかな)
下書きを完成させ、ぐぐっと身体を伸ばすと足元で寝転がっていたルースも伸びをして、ツィトローナを見上げた。
「膝に乗る?」
「にゃっ」
膝に乗ったルースを撫でながら、ツィトローナは読書をする。
―――
「……あっ」
「どうかしましたか?」
代筆の仕事中、ツィトローナの声にグラーニアが振り返る。
「えっと、また書き間違えてしまいまして」
「本日三度目、集中を欠いているようですね」
「すみません…」
「謝罪の必要はありませんが、ここ数日の様子を見るに…疲労がたまっているのではありませんか?」
「疲労ですか?…休憩や睡眠はしっかりとっているんですけど」
「ふむ」
グラーニアはツィトローナの前に立ち、目元を中心に観察を行う。
「動かないでください」
「は、はいっ」
「眼が充血していますし、瞳の焦点がブレていますね。ここ最近、頭痛や眼の痛みはありませんか?」
「えっと、あの…朝にちょっと」
言い難そうなツィトローナの姿を見たグラーニアは、眉を曇らせて視線を鋭くした。
「いいですかゼーゲルマン。貴女が嘘を好まないのは、ここでの生活を見て理解しています。故に今の言葉には嘘がないのでしょうが、過少な見積もりを報告するのは褒められたことではありません。身に起こっている異常と思しきことを全て吐きなさい」
「っ!…最近、目蓋が痙攣したり、頭と肩が痛かったりします」
顔色を窺うようなツィトローナに、小さな苛立ちを覚えるグラーニアだが、怒られることを嫌う性格は理解しており、眉間を押さえて首を振った。
(現在置かれている状態と、自身の状態を大人に報告する重要さを説かなければなりませんね。手のかかる娘ですが、説明をすれば理解はしてくれる)
「先ずは結論、次いで理由の説明を行います」
「…はい」
「これから数日、ゼーゲルマンの教育と業務を停止します」
「えっ、そんなっ!」
「最後まで聞きなさい。貴方の眼は極度の疲労状態にあり、負荷を抑えて休ませなければなりません。これは座学や代筆で紙面に向き合い、眼を働かせすぎたことに起因します」
「眼の疲れですか」
「はい。それも一晩の就寝では回復できない状態です。熱心なゼーゲルマンの姿には称賛に値しますが、これ以上の無理を続けた場合、心身に支障を来しかねません」
ツィトローナの手を優しく包んだグラーニアは、瞳の奥底を覗くように、しっかりと視線を合わせてから言葉を続ける。
「時間はありますから、急がず足並みを整えるところから始めましょう。貴女には貴方の歩幅があるのですよ」
「わ、わかりました」
これ以上なく真剣で真摯な瞳を向けられたツィトローナは、グラーニアの言葉が自身にとって必要なのだと理解し肯く。
「代筆に関しては、十分な成果を上げていただきましたし本日をもって職務は満了。満額の給金をお渡ししましょう」
「えっ、あの」
(もっと魔導具を、シュプーレンフェーダーを使いたかった…)
「あの、ではありません、終わりは終わりです。…ただ、ゼーゲルマンのような美しい文字を書く代筆官は貴重なので、『これからも依頼をする可能性はある』と考えてください」
「はいっ!」
パッと笑顔を咲かせたツィトローナは、グラーニアの手を握り返すのであった。
―
「ではヴァイリスカ、ゼーゲルマンの眼を気遣い、マッサージと監視をお願いしますね」
「承知しました」
ツィトローナが使用人に連れられて執務室を後にすると、入れ替わるようにリリアンネが戻ってきて首を傾げる。
「ツィトローナさんがどうかしたの?」
「眼に疲労を患いましたので、本日をもって職務は終了。満額の給金をお支払いする約束をいたしました」
「今後に響いたりは?」
「目元のマッサージと、眼の休息を与えれば自然と回復するでしょう。医者にも声をかけますが、見立て通りかと思われます」
「良かったわ…。限界を知るいい機会ではあるけど、やはり何事もないのが一番ですからね」
「はい、私もそう思います。せっかく教育に意欲的で、楽しめているのですから、辛い思いなど必要ありませんよ」
「そうね」
二人のやり取りを眺めていたヴァイリスカは、ころころと鈴が鳴るような笑みを浮かべる。
「グラーニア家政長ってツィトローナ様のことを随分と気に入っていますよね」
「……別に気に入ってなどいませんよ、意欲的な教え子が珍しいだけです」
「あらあら」
「まあまあ」
便乗するように表情を緩めるリリアンネと、同僚の珍しい姿を楽しむヴァイリスカであった。
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