10話 金の筆先 3
シュプーレンフェーダーを握るツィトローナは、自然と魔力が流れ出る感覚に、『これは魔導具だ』と確信する。
手の中でくるりと軸を一周させ、表面に刻まれた魔導具回路を斜め読みしてみるのだが、所々に刻まれた意味のない文字が混じっているせいで、首を傾げざるを得ない。
(どうしてこれで魔導具になるんだろう。確実に魔力は流れ出てるし、高級そうな材質と細かで緻密な意匠は贋作とは思えない)
不思議がっているとグラーニアも小さく首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「いえ、魔導具かい…魔導具なんだなぁって」
「そう、ですよ?」
「えへへ、すみません。ではっ」
金の筆先をインク瓶に漬け、インクが滴り落ちない程度に落としてから紙面に文字を書き始めると、ツィトローナは驚きの表情を露わにする。
(すっごい滑らかな書き心地…鋼の筆先とは全然違う!紙に対する引っかかりが全然ないし、ペンが水の上を走ってるみたいな感覚だ)
スラスラと書かれたツィトローナの名前は、一切の歪みがないと言っても過言ではないほどに整った文字の並びで、書いた本人ですら感嘆の息を漏らすほど。
「驚きました、金材の筆先ってこんなに滑らかに書けるんですね」
「お上手ねツィトローナさん。金は柔らかくて繊細、少しワガママな材質だから手に馴染まない人も多くて、その筆を任せられる方は限られているのですよ」
「…そうなんですね」
高級魔導具かつ扱えるものの少ない、その特別感にツィトローナの胸は高鳴り、小さな種火が首を擡げて燃える。
「あの!これっ、シュプーレンフェーダーって魔導具なんですよね、どういう役割があるんですか?」
「文字に触れないよう、筆を文字にかざしてみると分かりますよ」
「そういえばそうでした」
興奮のあまり失念していたツィトローナは、胸の鼓動を高鳴らせながらシュプーレンフェーダーを自身の名前にかざす。
すると紙面に書かれていた文字たちが、微風になびく旗のようにゆらゆらと揺れて自己主張を始めるではないか。
僅か数秒のこと。それでも魔導具を用いて、その効果が得られたことにツィトローナは興奮する。
(他の文字には意味がないのかな?)
興味の向くまま、グラーニアが広げた他の招待状の文字にシュプーレンフェーダーをかざすも一切の変化がなく、文字と魔導具が紐付けられているのだと理解した。
(でもこれってどういう仕組みなんだろう?持っているだけで魔力を吸われているし、反応自体は直接触れなくても起こっている。遠隔でも反応する仕組み?それとも――)
ツィトローナは再度自身の文字にシュプーレンフェーダーをかざしてから、魔力の動きを確認するために眼鏡を持ち上げる。
(文字にも魔力がある…?あれ、消えちゃった)
裸眼での魔力視を行った結果、揺らめいている文字にはツィトローナの黄色い魔力が存在したのだが、動きがなくなると同時に魔力も消え去ってしまう。
(魔力がなくなっているところを見るに…近づけた際に供給されていると見るべきなのかな?そういえば専用のインクって言ってたし、インク自体にも魔力を通しやすい特性があるのかも。……面白い魔導具だ)
「…何をしているのですか?」
「魔力の……いえ、何でもないです。面白いなぁって思いまして」
「そうですか」
(ゼーゲルマンは目が悪いわけではない、とヴァイリスカから伺いましたが、今のは何をみていたのでしょうかね。魔力云々とおっしゃっていましたが、魔力など見れるものではありませんし)
(やはりツィトローナさんは魔導具に興味がお有りなのですね。…とはいえ、勉強目的に王都へ送るのは不安がありますし、何かしらの策を考えなければなりませんね)
それから少しの間、手を慣れさせるために試し書きを行うツィトローナであった。
―
「では、実際に仕事をしてもらいましょう。夏の終わりとともに年が移り変わるのは知っての通りかと思いますが、その前後は舞踏会を含めて社交の場が多くなります。それに際して、今から招待状の準備を行いましょう」
「はいっ。…あの、質問いいですか?」
「どうぞ」
「どうして夏の終わりに年が移り変わるんですか?」
「一応諸説あるのですが…まずは夏の終わり秋の始まりといった時期に何があるかを考えましょう」
ツィトローナは首を傾げて考え込む。
「新年のお祭りですか?」
「そのお祭りでは何をしますか?」
「鏡儀室に、鏡の向こうに旅立った方々にお魚をお供えして、村の皆と食事をしたり音楽を演奏したりします」
「なるほど。ゼーゲルマン家の治める村は漁村でしたね」
「はいっ」
「では答え合わせです。夏の終わり、つまりは三夏季の前半には半季間の納税期間が設けられています。一年の終わりには麦を納め、一年の始まりに麦の種を蒔くことで、一年周期としたと考えられています」
「なるほど」
手帳を取り出したツィトローナは、シュプーレンフェーダーで文字を書こうとして思いとどまり、自身のインク貯蔵ペンで書き記していく。
「あくまで主流とされているだけの一説にすぎないことをお忘れなく」
「はいっ」
「ところで他の有力な説はどんなのがあるんですか?」
「それは後日、座学の時間に教えますので、仕事を進めましょう」
「そうですね!」
グラーニアは脱線した話を戻しながら、招待状に必要な文言を書き出していく。
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