10話 金の筆先 2
ツィトローナがシュタインフェステ家の執務室に入室すると、リリアンネとグラーニアが待ち構えていた。
リリアンネはいつも通りに優し気な笑みを浮かべているのだが、グラーニアはやや難しい表情をしている。
「失礼します」
「お茶の最中に呼び出してしまってごめんなさいね」
「いえ。あの、お仕事の件でしょうか?」
「ええ、そうです」
『おかけになって』と促されたツィトローナが長椅子の隅にちょこんと腰掛けると、使用人が茶を運んでくる。
「まず聞いておきたいのですけど、報告に上がったお仕事をしてお金を稼ぎたいというのは、間違っていませんよね?」
「はい、姉に出産祝いを贈りたいんです」
「家族を大事にしたいというのは、素晴らしいお考えですし尊重いたします」
リリアンネは表情を少しばかり引き締め、真剣な眼差しでツィトローナを見据えた。
「しかし、行儀見習いの本分は学ぶこと、そして人脈を構築することにあります。将来、どの家に嫁ぐか、どういった道を進むのかは未定ですけども、ツィトローナさんはシュタインフェステ家で育った者として、何処かに根を下ろすことになるでしょう」
「……。」
行儀見習いは慈善で成り立つものではない。
衣食住教育の面倒を見る代わりに、将来的に構築する人脈や培った能力を活かして、預かり元の家に利益を返すこととなる。
「ではお仕事に話をいたしましょう」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろん、自由時間の間のみという制限は課しますが、ツィトローナさんには優秀な指がありますから」
「指ですか…?」
ツィトローナは自身の手を開閉して確かめていると、グラーニアが口を開く。
「以前にゼーゲルマンの字を褒めたことがありますが、覚えていますか?」
「試験の時、だった気がします」
「そうです。印刷機によって同じ書面を用意するのが非常に簡単になりましたが、そういった時代だからこそ肉筆が重要視されるようにもなりました」
机の上に並べられたのは招待状の類い。
そのどれもが印刷物ではなく、手書きで認められ、代筆者の名前と所属が記載されている。
「所有している人材を示すといった意味合いもありますが、複製品による不正を防ぐために、一部の書類には肉筆を用いる必要があります」
「あの、質問いいですか?」
「どうぞ」
「筆跡も真似できるんじゃないですか?」
「短い言葉程度であれば頷くほかありませんが、これが招待状や公文書のような形式が定まり、本文が短くない文書となると話が変わります。それに鑑定を専門とする者もいますので」
「ありがとうございます。…えっと、代筆のお仕事を任せてもらえるということですか?」
「はい。ゼーゲルマンの精緻で美しい筆跡は、どこの家でも通用するはずです。今後のために名を売り、実務経験を得るいい機会だと判断し、臨時代筆官としての業務を請け負ってもらいます」
「あ、ありがとうございますっ!」
瞳を輝かせながら相好を崩すツィトローナに、グラーニアは少しばかり呆れを露わにした。
「良いですか、あくまで自由時間のみ。教育という本分を圧迫しないことが条件です」
「分かりました!」
(ゼーゲルマンにはまだまだ未熟のひよっこ。余計なことをさせたくはありませんが…経験と割り切りましょうかね)
(グラーニアは不満そうですが、ツィトローナさんは専門職の侍女が合っていると思いますし、早くから道を示してあげるのが公平というものでしょう)
「ツィトローナ・ゼーゲルマン。私は、貴女が自主的に学習をしている姿勢を評価しています。ですから、自分の時間というものを理解し、有意義に使えるよう工夫をするように。分かりましたか?」
「は、はいっ、頑張ります」
「頑張ってくださいね」
(勉強もお仕事も、両方頑張るんだ!)
目標を新たにツィトローナは握り拳を作る。
―
「ではお仕事の話なのですけどね。公文書や招待状などの肉筆文書には、固有の魔導具を用いることがあります」
「魔導具ですか!?」
「はい、魔導具です。グラーニア、用意を」
「畏まりました」
執務室の中には施錠された棚があり、グラーニアが鍵を開けて小箱と瓶を一つずつ取り出す。
「こちらはシュプーレンフェーダーという魔導具で、記した文字を証明できる一品です。厳重に保管しているところからも理解できるとは思いますが、安価な魔導具ではないということを忘れぬように」
箱が開かれると、一本のディップペンが収められている。
筆先は黄金色で、覗き込むツィトローナの顔を映すほどの輝きに満ち。ペン軸には精緻な文字と図形が刻まれており、それらが魔導具回路だとツィトローナは理解した。
(見たことのない魔導具回路だ。読むことはできるけど…意味のない文字と図形がたくさんあって理解を拒んでくる)
「使い方は専用のインクに筆先を付け、文字を書くだけ。簡単に一文を記してから、筆をかざせばどういった魔導具なのかは理解できると思いますよ」
「つ、使ってもいいんですか?」
「これからのお仕事ですよ?使わないのなら、この部屋に足を運ぶ意味はありません」
「そうですよねっ…すぅー、はぁー。なにか注意事項とか、ありますか?」
「筆圧を強くしすぎると筆先が折れ曲がります。ゼーゲルマンであれば問題ないと思いますので、まずは試し書きをどうぞ」
「はいっ!」
ツィトローナはシュプーレンフェーダーを手に取ると、小さな熱が指にまで伝わる。
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