10話 金の筆先 1
爽やかな風が木々を揺らし、日差しが眩しくなり始めた初夏の頃。
ツィトローナとアプフェリアーネは二人っきりの茶会をしていた。
「ツィトローナさんってご兄弟ご姉妹はいらっしゃるの?」
「兄と姉が5人、兄・姉・兄・姉・姉の順番でいます」
「お姉様にダンスを仕込まれたとおっしゃってたわね」
「…男性側でしたけどね」
「あの時は本当に面白かったわ。自信満々なツィトローナさんが、ヴァイリスカさんをリードし始めたのだから、あははっ」
「もう、その話はちょっと…」
「愉快でいい話だと思うのだけどねぇ?」
からかってくるアプフェリアーネを悪く思わなかったツィトローナだが、それはそれとして恥ずかしいために話題を戻す。
「アプフェリアーネ様にご兄弟はいるんですか?」
「兄と弟がいてね。あまり年が離れていないこともあって、よくじゃれ合い喧嘩しているのよ。ゼーゲルマン家は?」
「うちは…」
思い出されるのは、ツィトローナと両親が言い争った後、部屋の隅で蹲っている所を宥めに来た兄姉たち。
特にツィトローナが魔導具技師になりたがり、いざこざが増えると、代わる代わるで彼女の相手をし、結束力が強くなっていったとか。
「仲は良かったですね。でも…」
「魔導具技師になりたいっていう夢は認めてもらえなかった?」
「…はい。パ、父と母の言うことはちゃんと聞いたほうがいい、そっちのほうが幸せなんだって」
(ツィトローナさんの家族がおっしゃることは、ごもっとも。家族総出でも挫けないところを見るに、随分と強情な性分なのね)
「認めてもらえると思う?」
「分かりません…。でも、進まないと始まりませんから、私は頑張ります。…アプフェリアーネ様が、誰にも文句を言われないようになれって言葉は忘れません」
(てっきり数日で諦めて忘れるものとばかり思っていたけれど、諦めないという点に限っては他に見ない逸材よね)
「楽しみにしているわ」
「はいっ」
蜂蜜味のクッキーを食めば、品のいい甘さが口に広がって自然と頬が緩む。
(ヴァイリスカさんの手作りクッキー、おいしっ)
―
二人が雑談を続けていると、使用人の一人が入室する。
「ゼーゲルマン様、ロッゲンフルア家のクヴィッタ様からのお手紙が届いておりますが、お知り合いでしょうか?」
「姉ですっ!」
「お姉様でしたか。では、どうぞ」
簡素な手紙には小ぢんまりとした家章と、クヴィッタ・ハウケ・ロッゲンフルアという名前が記されている。
「ツィトローナさんのお姉様って3人いらっしゃるのよね?」
「はい。クヴィッタ姉ちゃんは一番上のお姉ちゃんで、一昨年にお嫁に行ったんです」
「そうなんですね。ハウケというと…広域領南部の男爵家でしたっけ?」
「そうです。一面の麦畑が広がっている農耕地と言ってました。それと赤ちゃんができたとも言ってたんで、いい報告だと嬉しいんですけど…」
赤子の話というのは、悪い方へと傾くことが少なからずある。
そういった事情からも、アプフェリアーネと使用人は慎重な面持ちでツィトローナが手紙を開くのを待つ。
『元気かしら可愛らしいツィトローナ?
母さんから聞いたけど、行儀見習いとして侯爵家に行っているんだって?お姉ちゃん驚きすぎてお義母さんに笑われちゃったんだから!
ツィトローナにやりたいことがあるのは理解できるけど、侯爵家で学べる娘なんて令嬢の中でも一握りなんだし、とりあえずそっちに集中しなさいね!お姉ちゃんとの約束よ!
それで、手紙を送ったにはもう一件内容があってね。
なんと、なんと、無事に赤ちゃんが生まれました〜!
元気な男の子で、私たちみたいに鱗もない人間の赤ちゃん。もしかしたら思うことがあるかもしれないけど、甥っ子が無事に大きくなれることを祈ってくれると嬉しいな。
報告は以上!
行儀見習いは大変だと思うけど、お姉ちゃんは応援してるからね!
偉大なるお姉ちゃんのクヴィッタより』
手紙とは別に赤子の足拓が捺された紙が同封されている。
「無事に生まれたようで良かったわね」
「めでたいですね!」
「はいっ。赤ちゃんの足ってこんなにちっちゃくて驚きです。えへへ、私も叔母さんかぁ〜」
相好を崩したツィトローナは、嬉しそうに足拓を撫でている。
「お祝いの品を贈ったりしますか?必要であれば、話を通しておきますが」
「贈りたいんですが…私、お金を持ってなくって」
「シュタインフェステ家で用立ててくださいますよ」
(姉ちゃんとのことはゼーゲルマン家のことだし、お金を出してもらうのも気が引けるなぁ…)
眉間にシワを寄せて考え込んだツィトローナは、案を一つ思いつく。
「あの、お手伝いをしてお金を貰うことってできますか?自由時間にお仕事が出来ればって思いまして」
「お手伝いですか…どうでしょう?」
(行儀見習いのお嬢様に下働きをさせるなんて、シュタインフェステ家ではありえないと思うんですよね。ですが、自分から動きたいってことであれば、リリアンネ様や家政長が何かしら用意してくれますかね?)
使用人は頷いて表情を笑顔に変える。
「リリアンネ様と家政長に相談しましょう!」
「はいっ!」
「それじゃ、話を通してくるのでお待ちくださいね」
使用人は颯爽と姿を消した。
「ツィトローナさんはリリアンネ様の娘同然なのだから、甘えちゃってもいいのに」
「お世話になりっぱなしなんで、ゼーゲルマン家のことは自分でしたいなって」
「ふぅん」
言葉とは裏腹に、アプフェリアーネはニマニマとツィトローナを眺めていた。
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