9話 勇気の象徴と 1
ジルベリヒトとツィトローナの密談から幾日かが過ぎた頃。
「では行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
馬に跨ったジルベリヒトは、足で馬に指示を出し、屋敷を後にする。
(さて、モルゲンレーエラント騎士団に行くのは数年ぶり、上手くやっていけるだろうか。呪いが落ち着いたとはいえ、まだ感知できる人はいる。あまり他人に近づきすぎないよう気をつけて、行動しないとね)
速歩で進む馬に揺られ、ジルベリヒトはモルゲンレーエラント騎士団本部へと向かっていく。
―
モルゲンレーエラント騎士団。
その名前はモルゲンレーエラント侯爵広域領内には収まらず、王国内であれば耳にすることのある名だ。
主な職務はモルゲンレーエラントの防塁壁の管理と防衛であり、彼らがいなければヒンメルスシルム大樹林からこちらへ向かってくる魔物によって、広域領だけでなく王国民が危機にさらされ続けているであろう。
「お待ちしておりましたジルベリヒト様!」
「出迎え感謝する」
騎士団本部の前には、騎士団幹部や現役騎士たちが整列しており、ジルベリヒトの到着とともに一糸乱れぬ敬礼をする。
「出迎えには感謝するのだけど、ここまで仰々しいと…気圧されてしまうな」
「ハッハッハ、『銀戈』のジルベリヒト様をお迎えするのであれば、騎士を全員集めるくらい当然だと思いますがね?」
「ベルンハルト騎士団長の仕業か」
「仕業とは失礼な。私共は王宮騎士団で名を馳せ、『銀戈』という二つ名を冠するジルベリヒト坊っちゃんに最大の敬意を持って出迎えただけなんですがね?ハッハッハ」
モルゲンレーエラント騎士団の騎士団長を務める、ベルンハルト・トゥルムは口を大きく哄笑し、出迎えの者たちを解散させる。
「しかし…直轄領にお帰りになられて直ぐ体調を崩されたと、なんて義妹から伺ったのですがね。お休みになられなくて大丈夫なのですか?」
ベルンハルトはトゥルム家の者であり、グラーニアは彼の弟の妻である。
「休みすぎて錆が浮いても困るよ」
「錆の浮いた武器のが厄介なんですけどね。まあ立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「…この空気感、懐かしくてしょうがないよ」
「これでも必死こいて掃除させたんですけどね」
騎士団本部は綺麗に整っているのだが、王宮騎士団とは異なり、現場を感じさせる匂いがあった。
「いい意味で粗野なんだよ、ここはさ。気取らなくていいというか」
「侯爵のご子息がそれで良いのかは疑問ですが、そう言ってもらえるのは嬉しい限りですよ」
通路を進んでいくと、騎士や魔法師、文官など、本部に詰めている者たちがジルベリヒトに敬礼を行う。
「…ほう。新米が逃げ出さないところを見るに、魔力が落ち着いたってのは本当なんですね」
「話は聞いていたか」
「まあ、義妹から。…体質次第じゃ組み合わせを考えないといけませんし、こっちとしても大変なもんで」
「気が滅入るね」
「喜びましょうや」
「毎日喜んでいるさ」
さっぱりとした笑みを浮かべるジルベリヒトに、ベルンハルトは目を丸くして驚く。
『こんな顔をできるようになったのか』と。
(早くに解決してりゃ、中央で公爵にでもなれただろうに。…喜んで良いんだか悪いんだか)
―
二人が団長室で腰を下ろすと、文官が茶を配り部屋を後にする。
「そんで坊っちゃん、本当に入団するんですかい?」
「当然の事だと思うのだけどね」
「いやね、坊っちゃんなら騎士なんて泥臭い仕事をしなくたって、領地運営のお手伝いでもできるじゃないですか」
「干戈を手に干戈に生きる。それが僕の生き方だと思うのだがね」
「…強いのは確かですけども、そんな自棄っぱちな生き方は勧められませんよ」
「他者を怖がらせる分、誰かのために誰かを守れるようになりたい…そう強く思うようになってね」
(良い出会いがあった、とでも思っておくか。坊っちゃん、いやジルベリヒト様がそういうのなら)
「じゃあ幹部補として騎士団本部に勤めつつ、時折現場を見てもらいます。うちは文官の質も量も足りていないので、そういった面倒事を片付けてください」
「承知しました。現場というのは、防塁壁の防衛ということでいいのですかね、団長殿」
「うぇっ、ジルベリヒト様が部下というのは慣れませんね。…現場に関しては仰る通り防塁壁の防衛任務が主となりますが、大森林から魔物の侵攻があった場合は、矢面に立ってもらうこともあると考えてください」
「騎士団の基本任務ということですか、十全にこなしてみせましょう」
目元を引きつらせるベルンハルトを面白がるジルベリヒトは、口を付けた茶が熱く、小さく驚いてから舌を出す。
「ジルベリヒト様、他の者がいない時はいつも通りお願いできませんかね?」
「分かったよ。しかし…このお茶は熱いね」
「そうですか?」
ベルンハルトは騎士として必要な情報をジルベリヒトに渡した後、騎士団の書類仕事を手伝ってもらったとか。
―
騎士団本部を後にした帰路で、ジルベリヒトは露店に並べられている鉢植えに目を引かれた。
馬から下り、苗木のような小さな植物を眺めてみても、それが何というのかは分からず、眉を寄せて首を傾げる。
「店主、この植物は…贈り物に適しているだろうか?」
「タイムですかい?確か…『勇気』なんて意味のあるみたいですし、贈り物はいいんじゃないですかね」
「勇気か、悪くないね。購入しようかな」
「どうも、っ」
金を受け取ろうとした店主は顔を引き攣らせてから、何事もなかったかのように振る舞う。
「すまない、私の体質が悪さをしてしまったようだね」
「いや、こちらこそすみません。必要ないとは思いますが、代金はまけておきますんで」
「いや、こちらの瑕疵だ、お代は受け取ってくれ」
「ありがとうございます。あー…実はそこの角を進んだところで店を構えていましてね、気が向いたら立ち寄ってくださいな。安くしておきますんで」
「覚えておくよ」
鉢植えを受け取ったジルベリヒトは、屋敷へと帰っていく。
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(あのおっかねえ魔力は、噂に聞く『呪われ騎士のジルベリヒト』。シュタインフェステ家のご子息と顔見知りになれるなんて、これ以上ない僥倖だ。…店に来てもらえるかは運だけども、今の私はツイている)
魔導力車に乗っていたツィトローナを見かけた商人風の男と、身なりの良い露天商は同一人物で、口元をだらしなく緩ませて、ジルベリヒトの帰る先を見つめる。
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