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侯爵家に行儀見習いとして送られた竜人の令嬢は、魔導具作りの夢を捨てたくない  作者: 野干かん


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8話 東屋のひととき 3

「今日はここまでにしましょう」

「はい」


 座学や礼儀作法の勉強を終え、ツィトローナは一息つく。

 何かに打ち込んでいる間は失態などを意識せずに済むため、気が楽というのもあるのだろう。


「この後は自由時間ですが、…ふむ、1時間後にリリアンネ様が中庭の東屋でお茶をしますが、どうですか?」

「はい、参加したいです。あっ、でもその前にお祈りをしたいんで、鏡儀室きょうぎしつを使ってもいいですか?」

「構いませんよ。茶会まで時間もありますし、日中であれば鏡儀室はいつでも空いていますからね」

「ありがとうございます」

「数日に一度はお祈りをしていますよね、聖鏡せいきょうの篤信的な崇敬者なのですか?」

「熱心というわけじゃないんですけど、失敗したりしたらお祈りしようかなって」

「良い心がけですね」


 グラーニアが一足先に部屋を後にし、ツィトローナはヴァイリスカと共に鏡儀室へと向かう。



 聖鏡仰信せいきょうぎょうしん

 太古といっても差し支えないほど昔、ヴァールシュ王国の前身となった帝国よりも更に昔に起源のある、歴史の長い信仰である。


 教義も教祖も神もなく、鏡に映った世界を尊び、祈りを捧げる。

 鏡に映る姿こそが正しき姿であり、死して鏡に映らなくなるその時まで、鏡に恥じることのない生涯を送ろうというもの。

 死後は鏡に映らなくなり、鏡の向こうに存在する世界へと人々は旅立つのだと信じられている。


 鏡儀室と呼ばれる部屋は、大きな姿鏡が置かれているのみで、これといった飾りっ気などなく、ただ祈りを捧げるだけの場所。


「……。」


 無言のツィトローナは鏡の前で目を伏せ、今日の失態を振り返りながら心を鎮めていく。


(次にジルベリヒト様にあったら謝罪しよう、魔力を出して驚かせたのはやりすぎだった。…でも魔法に関することを言われたらどうしよう)


 心を鎮めようとはしていたのだが、あれこれと思い悩むことは多く、毎度毎度長く祈りを捧げるツィトローナである。


(やはり、ツィトローナ様は熱心にお祈りをなさりますね)


 ツィトローナの心の内を知らないヴァイリスカは、深く感心していた。


―――


 十分な祈りを終えたツィトローナは、本日のおやつを楽しみに東屋へと向かうと、リリアンネとジルベリヒトが歓談をしているではないか。


「ジルベリヒト様…」

「ゼーゲルマン嬢!」


 ツィトローナの声を聞いたジルベリヒトは急いで立ち上がり、ツィトローナから距離を置くようにして姿勢を正す。


(さっきも失礼を謝らなくっちゃ)

(魔力で怖がらせたことを謝らねば)


「あのっ!」「ええっと、」

「あっ、すみません!お先にどうぞ!」

「こちらこそすまない。…ではお言葉に甘えて、先ほどは不用意に近づいてしまい申し訳なかった。自身の体質は理解しているはずだったのだが、ここ数日で恐怖感や威圧感が薄まったと周囲の者から聞いて、つい距離を詰めてしまい…未熟さを恥じるばかりだ」

「私もすみません。怖かったとかそういうのじゃないんですけど、聞かれたくないこととかもありまして、えっと…ごめんなさい!」


 深々と頭を下げて謝罪し合う二人を微笑ましく眺めるリリアンネとアプフェリアーネ、そして侍女たち。

 続いて侍女たちも席に着き、なんともまあ面白可笑しいツィトローナとジルベリヒトのやり取りを茶菓子に、茶で喉を潤していく。


「怖くない、のかい?」

「はい。別に怖いとかはないです、ちょっと…まあ色々ありますが」

「色々というのは?」

「すっごい失礼になっちゃうと思うんですけど…」

「構わない。聞いてみたいんだ」

「そのぉ…汚れた所に出てくる、足がいっぱいある虫を見てる気分です。『うわっ!』ってなる感じといいますか」

「む、虫…」

(思った以上に、怖がられるより気が滅入るな…)


「けほっ!…ぷ、あははっ、ジルベリヒト(侯爵家のご子息)様を虫ケラ扱い」

「…言い方というものがあるでしょう」


 女性陣の反応は様々で、アプフェリアーネは口元を隠しながら爆笑しているし、グラーニアは眉間を押さえて頭を抱えている。


「す、すみません!あの、その、ちょっと嫌な感じがするというか、不快感がある程度なんで、絶対に近寄りたくないとかそういうのじゃないんです!」


 必死の弁明がジルベリヒトの心を切り裂いていく。

 とはいえ怖がっている様子はなく、不快感だけで済んでいる姿は新鮮でもあった。


 魔力を感じ取れるものはほぼ例外なく恐怖を露わに逃げ去り、それが噂となって関係のないものまで近寄らなくなっていた。


「真実を覆い隠さず教えてくれてありがとう、感謝するよ」

「ほんと、ごめんなさい…」

「気にしなくていいさ」


(接し方には気をつけよう…うん)


 自分を救ってくれた女の子から不快だと思われている事実に、高い空の雲を眺めながら心を落ち着ける。


(しかし、あの夜の魔法について聞きたいのだけど、ゼーゲルマン嬢が言う『聞かれたくないこと』は、魔法に関することなのだろうか?…見たことのないダンスの魔法、もしかしたら公にできない技術の可能性は否定できない)


「ゼーゲルマン嬢」

「はいっ」

「僕は貴女と会話をしたい。どういった条件であれば可能だろうか?」

「会話…」


(あの夜のことだ。…どうしよう、逃げたら同じことをずっと返すだけだし、覚悟を決めないといけないってことだよね)


「他の人に聞かれないのなら、お話できます」

「二人っきりということか。母上、しばらくゼーゲルマン嬢をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ジル?」

「はい?」

「ツィトローナさんはね、13歳で当然未婚、そして舞踏会にデビューもしていないのですよ。シュタインフェステ家で預かっているご令嬢と、二人っきりになるという意味は理解できますか?」

「あー…」

「ましてや、ジルは王女殿下との婚約を解消したばかり。現状を鑑みて、正しい選択をしてくださいね」


(浅慮だった。下手をすればゼーゲルマン嬢にも悪評がついて回ってしまうではないか。恩義を感じているのだからこそ、気をつけて接しなければならないな)


「別の東屋でゼーゲルマン嬢との会話を行う許可をいただけますか?会話内容を秘匿したいため、離れた位置に監視を置いてもらって構いません」

「ええ、問題ありませんよ。グラーニア、ヴァイリスカ、頼めるかしら?」

「お任せくださいませ」

「ツィトローナ様の安全はお守りいたします」


 グラーニアとヴァイリスカが立ち上がり、ジルベリヒトとツィトローナを別の東屋まで案内する。


(どのくらい聞かれるか分からないけど、私の魔法は私が守らなくちゃ)

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