7話 学び 3
ジタバタとするツィトローナを困惑の瞳で見つめるのは、モルゲンレーエラント侯爵であるスタイレン。
魔導力車の持ち主でもある。
「ゼーゲルマン男爵のツィトローナ嬢で、合っているだろうか?」
「あ、はい、間違いないです。えっとその、私は別に魔導力車に悪いことをしようとかそういうのはなくって、見たことがないから興味があって、あの…」
「まあ落ち着いて、話はしっかりと聞いてあげるから。 はい、深呼吸」
「すぅー…はぁー…。すぅー…はぁー…」
言われるがまま深呼吸をすると、スタイレン付きの侍従が現れては首を傾げる。
「忘れ物を取りに行ったのでは?」
「そうなのだけど、彼女が魔導力車に興味があるらしくてね」
「は、はいっ!触ったりはしてないです」
「はぁ…?」
侍従は更に首を傾げては、スタイレンの判断を待つ。
「女の子が乗り物に興味を示すなんて珍しいね。私も魔導力車に限らず、馬車や馬、雪地であれば雪車など、乗り物が好きなのだよ」
(ちょっと勘違いされちゃったけど、魔導具が好きって思われるよりはいいかも)
「そ、そうなんですねっ。…この魔導力車って、最新のものなんですか?」
「ゼーゲルマン嬢はどう思う?」
「えーっと……。他の魔導力車を見たことがないので判断材料に欠けるんですけど。走っている姿が非常に滑らかでしたし、回路室がこぢんまりしてて、最新のものなのかなって思いました」
「ほほう、いい目をしている。これは乗り心地に拘った最新式の魔導力車で、保有している者は片手の指で数えられるほどだよ」
「そうなんですね!侯爵様は操舵したことはあるんですか?」
「新しい乗り物を手に入れて、自分で触らないと思うかい?」
「じゃあ!」
「ハハッ、最高のひと時だったよ」
「あの輪っかで操るんですよね?」
「ああ、操舵輪で方向を決めて、御者台の足元にある踏鐙で速度を操るんだ」
「踏鐙ですか」
ツィトローナは魔導力車へと振り返り、御者台の足元へと視線を向ければ、踏みことのできる板が設置されている。
「こんなところに…これはどういう仕組みで速度を操るんだろう?回路室は後ろにあるから、そこまで繋がる何かがあるとか?」
独り言を言いながら観察する後ろ姿に、スタイレンは笑みを浮かべるものの、侍従は胡乱な瞳を向けるばかり。
「彼女は行儀見習いの竜人ですよね?いいのですか?」
「息子の喉のために薬を譲ってくれた恩人だよ、大目に見てあげないと。…ゼーゲルマン嬢の専属侍女はシュテグラインだったはず、呼んできてもらえるかな?」
「畏まりました」
侍従は早足でヴァイリスカを探しに行く。
「ゼーゲルマン嬢は魔導力車に興味津々だね。乗ってみたいとは思わないかな?」
「えっ!? いいんですか!?でも操り方なんてわからないんですけど…」
「ハッハッハ、そっちではなくて車室の方だよ。私の侍従に操舵を任せるから、屋敷の周りでも見てくるといい」
「あ、ありがとうございます、侯爵様!」
パッと笑顔を輝かせるツィトローナは、今にも飛び跳ねそうな勢いで舞い上がっているほど。
(リリアンネからの評判とも、事前の話とも印象が違うな。乗り物が好きなら、乗馬の教育も入れたほうがいいのではないだろうか)
『大人しく引っ込み思案で大人の顔を伺っている娘』『気難しく風変わりな少女』、双方の要素が少なからず存在しているが、スタイレンから見たツィトローナは『新しいものに興味を持ち、知恵のある令嬢』だった。
「魔導具やらには詳しくないので、仕組みを説明してあげられないのは心苦しいが、シュテグライン侍女が到着し次第、最新の魔導力車を堪能するといい」
「ありがとうございます侯爵様!」
ツィトローナは深々と礼をし、満面の笑みで侍従とヴァイリスカを待つ。
―
「ゼーゲルマン嬢は舟に乗ったことがあるのか。いやそうか、ゼーゲルマン家の場所を考えれば不思議でもないな。漁業の一環かな?」
「父や兄はそうなんですけど、私はまだ子供なので舟遊びくらいでして、浅瀬で揺られた程度です」
「海の舟遊びも面白そうだね。揺れるという話だが、実際はどうなのかね?」
「結構揺れるんで、何回か落ちました」
「大丈夫だったのかね?」
「泳げるんで問題はありません」
「なるほど」
ツィトローナとスタイレンが雑談していると、車庫にヴァイリスカと侍従が姿を見せた。
「シュテグライン侍女をお呼びいたしました」
「ご苦労。なら次はゼーゲルマン嬢とシュテグライン侍女を魔導力車に乗せて、屋敷をぐるりと一周してきてくれ。私は先に戻っているから」
「畏まりました。ではお二方、車室へどうぞ」
「はいっ!」
車室に乗ろうとするとヴァイリスカがツィトローナを呼びとめる。
「ゼーゲルマン様」
「はい」
「スカートが汚れております。 綺麗に整えますので、少しお待ちください」
「あっ、ごめんなさい」
「魔導力車を汚すわけにはいきませんから、お気をつけくださいね」
「はい、分かりました」
(なんで土埃が…?)
疑問を覚えるヴァイリスカだが、怒ることも詰めることもなく、優しい手つきで土埃を綺麗に払う。
その後、大興奮のツィトローナは、はしゃぎたい気持ちを抑えながら魔導力車を堪能した。
―――
ツィトローナの乗る魔導力車が屋敷の周囲を走っていると、その姿を見つける者もいる。
「おい、アレ見たか?」
「魔導力車か?シュタインフェステのお金持ちさんは持ってる物も違うな」
「そっちもだが、中に乗ってた女だよ」
「いや、見てねえ。とびっきりの美人でもいたなら、惜しいことをしたな」
男は首を振る。
「額から角の飛び出た女だった」
「うえっ、なんだそりゃ、魔物か何かか?」
「記憶が正しければ『竜人』なんていう生き物でな、角から血肉まで高く売れるらしい」
「へぇ、それなら探ってみるか」
商人風の男が二人、魔導力車に視線を向けた。
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