7話 学び 2
行儀見習いとして教育に励む以外の時間は、自由に過ごすことが可能だ。
読書や自習をしたり、リリアンネやアプフェリアーネ、侍女たちとお茶会を開いたり、羽を伸ばす時間が設けられている。
本日は、シュタインフェステ家を懇意にしている家から招待を受けてリリアンネとアプフェリアーネが、小規模な茶会に出席するため出かけている。
それ故にツィトローナはお留守番兼自由時間となっており、こういった日は足繁く書庫に通う。
(魔法とか魔導具の本もあるっぽいけど、ヴァイリスカさんがいるし、大っぴらに読まないほうがいいよね…残念。でも、他にも面白そうな本は沢山あるし、沢山読んで勉強しよう)
「本日は何の本をお読みになられますか?」
「じゃあ天文学の本を」
「承知いたしました」
印刷の魔導具が普及し、植物紙の生産が広まり、本という存在は昔よりは身近になっている。
それでもシュタインフェステ家のような大貴族家に所有される蔵書は元が高価であり、運搬などは一部の者が請け負う取り決めであり、ツィトローナは大人しく待つ他ない。
(あそこら辺が魔法関連だよね。気になるなぁ…)
キョロキョロと書庫を見回す奇行めいた仕草には、ヴァイリスカを始めとする周囲の者たちも慣れてしまったようだ。
“現在”のツィトローナは無害で勉強熱心なため、甘やかされている側面もあるのだろうが。
行儀見習いとして滞在する令嬢には、キツい性格の者も少なくないのだ。
使用人を含めた人数分の本を、台車に載せて運んできたヴァイリスカは、各々に本を手渡してから席に着き、ゆったりとした読書の時間が始まる。
―――
読書を終え、ツィトローナが庭へ散歩を目的に出かけたため、使用人たちは彼女の許を離れ、別の仕事をする。
「ゼーゲルマン様のお相手は楽でいいね」
「本当。前の方は…大変だったし助かる」
「ねー」
使用人には役割があり、彼女たちは行儀見習いの令嬢についてまわって、身の回りの世話をする者たちだ。
それ故に相手次第で環境は変化するため、苦労の絶えない役割でもある。
「『田舎の男爵家出身で気難しい』なんて聞いた日には終わったって思ったけど、煩くないし、意味なくこき使ったり、見下したりしないのは最高だね」
「わかる」
「気に入られるメリットはあまりないけど、面倒じゃないならそれだけでいいっていうか」
「気楽に頑張ろう」
「おー」
「そういえばさ、模擬戦争の英雄譚を読んでたんだけど――」
使用人二人の雑談は続く。
―――
中庭を一人でのんびりと散策するツィトローナは、昨日ジルベリヒトと会った場所へと足を運び、何か証拠を残していないかを確認する。
(何もない、よね。…よかった)
安堵したツィトローナは、長椅子に腰を下ろして庭の花々を眺める。
昨晩は気にする余裕がなかったものの、シュタインフェステ家の庭は、どこを見ても心を奪われるほどに美しい。
(庭のお花の指示出しとかも、女主人の役割だって言ってたけど、全然できる気がしない。私が大きな貴族家に嫁ぐはずもないし、大丈夫だとは思うけど。…でも、しっかり出来たって褒めてもらいたいなぁ)
『頑張ってみよう』と気持ちを引き締めたツィトローナは、花の種類や色の配置などを大まかに記録し、特定の方向からの見え方など、感想を書き加えていく。
―――
寝ているのにも飽きたジルベリヒトが、気分転換にバルコニーで庭を眺めていると、手帳に何かを記しながら花畑を観察している少女を発見する。
(ゼーゲルマン嬢?)
「…………!」
(…声が出ないのを忘れていた。彼女は何をしているのだろうか?)
『花を愛でる』というよりは、観察や研究といった雰囲気で花壇を見つめ、あちらこちら歩いている姿は珍妙そのもの。
(ゼーゲルマン嬢は、どんな娘なんだろう?)
興味本位で眺めていると、屋敷の正門からシュタインフェステ家の魔導力車が姿を見せ、ツィトローナは姿を隠して魔導力車を食い入るように凝視していた。
(乗り物が好きなのだろうか?)
―――
花壇の観察をしていたツィトローナは、魔導力車の駆動音を耳にして、木の陰に体を隠し、音の方へと視線を向ける。
(魔導力車!昨日お出迎えした時も一瞬見たけど、直ぐに移動していっちゃったしほとんど見れなかったんだよね)
馬に曳かれていない車室が走る姿をツィトローナは不思議がり、姿が見えなくなるまで目で追い続ける。
(気になる…。触ったら拙いけど、遠目に眺めるだけならいいよね)
瞳を輝かせたツィトローナは、魔導力車を追いかけて庭を走っていく。
―
コソコソと隠れながら魔導力車を追っていくと、そこはシュタインフェステ家の車庫。魔導力車は停まっているものの人影はなく、ツィトローナは好機と近づいて確かめる。
(御者台にある輪っかで操作して、後ろの大きな箱に魔導具回路が仕込まれている感じかな? それ以外は馬車の車室と変わりないよね)
「ふむ。回路室が気になるけど…ダメダメ」
頭を振って思考を切り替えたツィトローナは、出来るだけ得られる情報を得ようと尽力する。
「屈めば、車室の下が見える、かも。…車輪を繋いでる軸に、回路室から伸びた軸が繋がってる?でも縦の棒を回しても横の棒は回らないよね?となると接合部に何かあるんだろうけど…あの歯車かな!」
手帳を地面に置き、車室の下を覗き込みながら楽し気に構造を写していくツィトローナは、後ろから響く足音を聞き逃してしまう。
「君は確か?」
「―――ッ!?」
声をかけられた瞬間、ヘビを見つけたネコかのようにツィトローナは大きく跳躍をした。
四つん這いの状態で。
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