7話 学び 1
「本日はルームシュヴァルト朝ヴァールシュ王国について学びましょう」
日に2時間程度、ツィトローナはグラーニアから座学を受ける。
アプフェリアーネには教えることがないので、完全なマンツーマンということもあり、授業はスムーズに行われている。
机に広げられているのは、シュタインフェステ家で制作されている教本の数々。
「ルームシュヴァルト朝ということは、現在の王朝ということでいいんですか?」
「はい。前フュンフルーム朝は、長く続いた統治権の争奪を主とした戦争により疲弊、このままでは王国そのものが崩壊してしまうと危惧したボークヴィン再興王が王座を“譲り受けました”」
「譲り受けたっていうのは、粉飾…ですよね?」
「ええ、もちろん。遺恨を残さないという名目のもとで、ルームシュヴァルト直系の一族は、歴史にのみ名が残る形となりました」
「うっ…」
「歴史とは血腥いものなのですよ」
現在の世界情勢は比較的平和で、戦争なんてものをツィトローナは経験したことはない。
「ルームシュヴァルト朝の起こりはいつかわかりますか?」
「正鏡暦857年で、今から316年前です」
「よろしい、よく覚えていますね。防衛戦争と内戦により国内が混迷を極める時代、ボークヴィン再興王は各地の領主と交渉し、それぞれに一定の自治権を与えることで内部分裂の矛を収められました」
「…それって国として大丈夫なんですか? 各地はバラバラのままですよね?」
「はい。一時的に国内の平定に成功をしましたが、各領地の増長を招き、己が領地を拡大し更なる利益を求める内戦を引き起こすこととなりました。それが正鏡暦862年です」
「たった5年後なんですか?」
「各地の平定に3年を要しましたので、実質2年後です」
王朝の興りから不安しかない流れに、ツィトローナは引いていた。
「よくまあこんな国が300年ちょっとも続いている、という顔ですね」
「え、あー…まあ」
「そこで台頭を始めるのは三大侯爵家となります」
「シュタインフェステ家ですか?」
「はい。モルゲンレーエラント侯爵、ブルーメンフロール侯爵、ゴルドシュトローム侯爵、と現在でもその名を残す侯爵広域領の始まりですね」
「侯爵広域領は…沢山の領地を包含した大きな領地、ですよね」
「そうです、詳しい仕組みについては追々。ボークヴィン再興王の配下である三傑と呼ばれた彼らは、各地の内戦に介入し“矛を収めてもらい”、中央の代わりに各領地の監視と調停、管理を行うこととなります」
「ブルーメンフロール侯爵とゴルドシュトローム侯爵も聞いたことがありますし、ヴァールシュ王国は落ち着いたんですね」
「…。」
真面目な表情を崩さないグラーニアに、ツィトローナは行く末を悟った。
「領地貴族の爵位というのは役職に近しいものなので、シュタインフェステ家を除く2つの侯爵家は断絶し、別の家が地位を継ぎました」
「戦争なんですか?」
「ゴルドシュトローム侯爵家は間違いなく内戦の結果ですが、ブルーメンフロール侯爵家は悩ましいところですね。 結果的には内戦に行き着くのですが、それ以前にあった巨額の借金で破綻していたともいいますか―――」
(すっごい饒舌、グラーニア家政長って歴史が好きなのかな?)
「…コホン、脱線してしまいましたね」
「あの、質問いいですか?」
「なんでしょう?」
「モルゲンレーエラント侯爵はずっとシュタインフェステ家が継いでいるのですか?」
「ええ、そうです」
「…内戦に勝ったからですか?」
「それは違います。初代モルゲンレーエラント侯爵様より続くシュタインフェステ家は、基本的にヴァールシュ王国の内戦には関与していません。理由を考えてみますか?」
「はい」
ツィトローナは教本を開いて、ヴァールシュ王国の地図へと視線を落とす。
モルゲンレーエラント侯爵広域領は、ヴァールシュ王国の東部から南東までに広がる広大な領地を有し、東端には国境が存在している。
(なんで、内戦に関与していないのかって考えよう。シュタインフェステ家を見てると、得る価値のない土地ってわけじゃない。じゃあ――)
「――『ヒンメルスシルム大樹林』でしょうか?」
教本の地図、その東端に位置する詳細の記されていない土地を指差したツィトローナに、グラーニアは鷹揚な動きで肯いた。
「太古より魔が溢れ出て、人々を襲う人跡未踏の呪われた地『ヒンメルスシルム大樹林』。魔物という大敵を凌ぎ、国防の要たる長壁を守ることこそが、モルゲンレーエラント侯爵のお役目なのです」
「邪魔をしたら大変だから、誰も攻撃できなかったんですね」
「国防が崩壊した日には…国すらなくなりかねません。 純粋に魔物の相手をするために戦力を多く蓄えていたので、勝ち目が薄かったということもあると思いますがね」
「教えていただき、ありがとうございます」
「聞きたいことはなんでも聞いてください。行儀見習いは学ぶことが本分ですから」
(グラーニア家政長は私の知りたいことを教えてくれる。 『これこれはそういうものだから!』って突っ慳貪にしない人なんだ)
「あの、グラーニア家政長を先生って呼んでもいいですか?」
「先生、ですか。教鞭こそ振るっていますが、本職の教師と言われれば首を傾けなくてはなりませんし、今まで通り家政長の方は合っているのですがね…教育の場であれば問題ありませんよ」
「ありがとうございます、グラーニア先生!」
満面の笑みを浮かべるツィトローナに呆れるグラーニアは、小さく肩をすくめながら座学を再開した。
(家格は不十分、礼儀作法も知識も拙い。褒められた娘ではありませんが、学びに対する意欲だけは認めましょう)
「先生。その…ヴァールシュ王国ってなんで滅んでないんですか?」
「滅ぶ理由がないからですよ」
二人の座学は続いていく。
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