6話 吐き出したもの 3
「竜人の体調が悪い時にねぇ…」
(母も知らないということは、子細を理解したうえで、行儀見習いとして迎え入れた、というわけではない?…僕が帰ってくることは決まっていたわけじゃないし当然か)
『飲みますよ。喉に良いなら尚更』
筆談をしたジルベリヒトの瞳をリリアンネはジッと見つめ、再びヴァイリスカへと視線を向けた。
「毒は検知できなかったのですよね?」
「はい。私も毒見を行いましたが、ゼーゲルマン様も目の前で証明してくださいました」
「…なら信じましょう」
ジルベリヒトの前に差し出された薬はドロっとしていて、枯れ草のような匂いが鼻を刺激する。
(…これ飲むのか。悍ましい味と言っていたが果たして)
「――――ッ!?!??!」
薬を口に含み、舌に覆いかぶさった瞬間、ジルベリヒトはそれを吹き出しそうになるも、必死に口を閉ざして堪え、一気に嚥下した。
(馬の飼料を最大まで濃縮し、一つまみ塩と砂糖を加えたような…激烈な不味さだ。あぁ、なんだろう今まで口にした食事…魚の酢漬けを軽く飛び越えた、堂々の一位だ)
頭を押さえたジルベリヒトは、器に残っている薬を目にして顔を引き攣らせる。
(気が滅入りそうだけど、ゼーゲルマン嬢が僕のために用意してくれたのなら無下にはできない。覚悟を決めるんだジルベリヒト)
自分自身を激励したジルベリヒトは、器を手に取り残りの全てを流し込む。
味わえる地獄が、喉の壁面を覆うように体内を流れていくと、喉を中心とした炎症がほんのりと和らいだ心地がしたようだ。
この薬に即効性はないので、気の持ちようが変わっただけである。
『ゼーゲルマン嬢にお礼を伝えてくれ「ありがとう」と』
「畏まりました。それでは失礼しました」
ヴァイリスカは器を回収しながら部屋を後にする。
『僕は暫く休みたいと思います。今は食事を摂る気分ではないので、夕食に喉の負担にならず軽いものを用意してください』
「ゆっくりおやすみなさいね」
『はい』
リリアンネはジルベリヒトの手を握ってから、スタイレンや使用人たちを連れて部屋を出ていった。
(ツィトローナ・ゼーゲルマン嬢。君は一体何者なんだ…?)
―――
着替えを終えて朝食に向かおうとするツィトローナは、キョロキョロと周囲を見回す。
(私の行動が疑われていたりしないといいんだけど、無理な気はするなぁ…。魔法を禁止されたりしたらどうしよう、追い出されたらもう終わりだ)
独りで百面相をするツィトローナの姿は、今に始まったことではない。使用人たちは半ば受け入れつつ、不審なお嬢様の後ろを歩く。
(ゼーゲルマン様って、悪い人じゃない…というか良い人なんだけど、なんというか変わり者だね。角とか鱗とかの方が全然おまけというか、今までにはいなかったお嬢様な気がするし)
別に奇行をしているわけではない。
自信がなくおどおどしていたと思ったら、騎士にあれこれ言われて不機嫌になり怒りを露わにしたり。
『シュタインフェステ家の行儀見習い』としては、いささか枠から外れている存在として認識され始めていた。
(ジルベリヒト様のためとはいえ、安くはないと思う薬を差し出すんだから驚き。変わり者だねー)
使用人がそんなことを考えていると、ヴァイリスカが合流し笑みを見せる。
「ゼーゲルマン様」
「はいぃっ!」
「ジルベリヒト様が『ありがとう』と仰っていましたよ」
「よかったです。私が薬を持ってること、疑われたりは…?」
大人の瞳を覗き込み、出方を伺うようなツィトローナ。 彼女を安心させるため、ヴァイリスカは朗らかに微笑みながら答える。
「私の方でも毒見をし、リリアンネ様に証明いたしましたので、問題ありませんよ」
(そういうことじゃないんだけど…なにもないならいいかな)
「ふぅー…」
胸に手を置き安堵するツィトローナは再び歩き出す。
「あの、ヴァイリスカさん」
「なんでしょう?」
「私の判断でお花のブローチを着けてみたんですけど、服との相性はどうですか?」
今日のツィトローナの衣装はフリルがチャームポイントの可愛らしいもので、胸元には小ぢんまりとしたワンポイントのブローチが輝いている。
「服に対して少し地味ではありますが、ゼーゲルマン様の可愛らしさをふんだんにアピールできる、良い組み合わせとなっていますよ。お次はもう少し大きめのものを着用しては如何でしょう?」
「分かりました」
手帳にヴァイリスカの指摘を書き記す姿を見た周囲の者たちは。
(もう少し自信を持たれてもいいと思うのですが)
(ゼーゲルマン様、もう少し自信を持っても良いんじゃないかなぁ)
(字はとても綺麗ですね)
などと考えていた。
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