6話 吐き出したもの 2
ツィトローナが重たい目蓋を持ち上げると、腕の中には黒い毛玉が丸まっており、一緒に目を覚ます。
「おはようございます、ルースさん」
「にゃにゃっ」
「んんっ〜…ふはぁー…」
ぐぐっと伸びをすると、黒い猫の姿をした魔物のルースも身体を伸ばす。
ルースはツィトローナのことを痛く気に入ったようで、毎夜現れては寝室に入り込み、同衾する間柄となっていた。
お互いは気にしている風ではないのだが、寝具にルースの毛が付くので、使用人たちは肩を落としているのだとか。
扉から鍵を回す音を耳にしたツィトローナは、ヴァイリスカと使用人たちに朝の挨拶をした。
―
「なんか、外が騒がしくないですか?」
「早朝にジルベリヒト様が、真っ黒いものを吐き出したと大騒ぎでして、今治癒魔法の魔法師様をお呼びしているみたいです」
「前にお会いした、お爺ちゃんのお医者さんですか?」
「ええ、シュタインフェステ家を始めとする、このあたりの貴族家と契約を交わしているお医者様で、出身はたしか…どこかの伯爵家だとか。人を助けたいからと家督の相続権を蹴ってまで魔法と医学を学んだ、と伺っております」
「すごい方なんですね」
(かっこいいなぁ。 私もいざとなったら…、家を出て生きていけるのかな?)
「あれ…?ジルベリヒト様が真っ黒なものを吐き出したって言いました?」
「はい。正体の分からない、真っ黒でゼリー状をした不思議なものを吐き出したそうです。ご病気などではないといいのですが…」
(ジルベリヒトの魔力は真っ黒な靄のような感じだったし、身体中から溢れ出ているというか、穴の開いたバケツみたいに、漏れ出ている雰囲気だったよね。魔力の放出の仕方も知らなかった)
ツィトローナには一つ、思い当たる節があった。
それは『魔力の澱』と呼ばれる、魔力の老廃物のようなものだ。
人間は澱を排出しやすい体質で無縁なのだが、竜人は事情が異なる。体調が傾いたりすると、喉の奥からゼリー状の魔力が溢れ出て、吐瀉物として吐き出さなくてはならない。
(どうしよう…昨日私が魔力を放出させたからだよね? でもそうしないと身体に悪いし…。澱を吐き出した後は、魔力焼けで喉や口を痛めちゃうから、薬が必要なんだけども)
『真っ黒いゼリー状の何か』としか認識できていない以上、対処法はないのだろう。
実際に老医もお手上げであった。
(渡したら私が何かしたかがバレちゃうかも……)
ツィトローナは考え込む。
(魔法を使っているなんて知られたら、魔導具みたいに取り上げられちゃうかもしれないし、今はまだ隠しておきたいんだよね。……でも自分でジルベリヒト様の手を握っちゃったし、覚悟を決めないといけない)
「あの、ヴァイリスカさん」
「なんでしょうか?」
「私の荷物から取り出したいものがあるんですけど、いいですか?」
「お着替えが終わってからでも間に合いますか?」
「はいっ」
笑みを返したヴァイリスカは、使用人に指示を出しツィトローナの荷物を持ってこさせる。
―
ガサゴソと荷物を漁ったツィトローナは、丁寧に口を縛った瓶を一つ取り出す。
中には薄緑の丸い飴が収まっている。
「これ、竜人に伝わる魔力焼けによく効く薬なんです」
「ジルベリヒト様の症状はまだ分かっていないのですが…」
「口からぷにぷにの何かを吐き出したなら、それは魔力の老廃物で…なんか汚い例しか思いつきませんが、あんまり良いものじゃないんです」
「竜人はそういった症状が起こると?」
「はい、体調が悪い時とかに。違っても、この薬は喉の調子が良くなるだけなんで、心配はありません。保証出来ます」
瓶の口を開いたツィトローナは、薬の一つを口へ放り込み、天地がひっくり返りこの世の終わる三秒前のような表情をした。
「……。」
「大丈夫、ですか…?」
「これ…すっごい不味いんです。初めての人はお湯で溶かして、飲み薬にしたほうがいいと思います」
彼女の様子を伺っていたヴァイリスカは、ツィトローナが善意で薬を差し出しているのだと考え、一つ受け取った。
「感謝します、ゼーゲルマン様。私はジルベリヒト様の許へと向かいますので、朝食へ向かってくださいませ」
「分かりました」
(深く追求されなくてよかった…)
安堵したツィトローナは、飴を噛み砕き一気に飲み込んでから、「んえっ」と声を上げて黄色いガラス玉のような何かを吐き出す。
その様子を見ていた使用人は驚きを露わに、大丈夫なのかを尋ねた。
「これは爛玉っていう、ぷるぷるじゃない魔力の澱なんです。体調がいいときに出すやつといいますか、何にせよ問題はありません」
指先で力を込めると爛玉は砕け散り、魔力となって霧散していった。
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