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侯爵家に行儀見習いとして送られた竜人の令嬢は、魔導具作りの夢を捨てたくない  作者: 野干かん


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6話 吐き出したもの 1

 明くる日。

 ジルベリヒトが目を覚ますと、今までの人生では感じたことのない開放感が胸にあった。

 慢性的すぎて認識できていなかった体調不良もなくなり、『生まれ変わったのではないか』と錯覚するほど。


(昨日は確か…夜にゼーゲルマン嬢と会って、魔力を抜き出してくれた、はず。月明かりに見守られ、ダンスを踊ったひとときは現実、でいいのだろうか)


 少しばかりの夢心地。

 夢か現かの狭間に区切りをつけるため、ベッドから立ち上がり、窓越しの外を眺めれば、朝日に照らされた世界が宝石のようにも思えた。


(呪いは、終わったのか? ただ魔力を抜くだけ、なんて言ってたような)


 ぐぐっと伸びをして、快調な身体を動かそうと部屋を出ようとした瞬間。


「――ッ!??」

(なんだ、猛烈な吐き気が!まずい!)


 ジルベリヒトは大急ぎで扉を開いて、御不浄へと走っていく。


「ジルベリヒト様!?どうかなされたのですか!?」

「すまない!吐き気がしていて、急がせてもらう!!」


 簡単に説明してから再度足を動かすと、使用人は大急ぎで周囲の者へと状況を伝える。



 道中に口が決壊しなかったのは幸運だったジルベリヒトだが、自身が吐き出したものを目にして顔を引き攣らせる。


(真っ黒な…なんだ、これは!?)


 それは禍々しさすら感じる真っ黒なゼリー状の何か。

 吐けども吐けども止まることを知らず、ジルベリヒトの喉や口内は痛みを覚えるほどに。

 起床時の気分が台無しとなってしまった。


「これは一体…。身に覚えはありませんか?」

「………………、……? …………っ!?」


 口を必死に動かすジルベリヒトだが、喉からは立て付けの悪い扉程度の音しか出てこず、喉を押さえて困惑の色を露わにする。


「お声が!?魔法師様は未だですか!?」

「……。」


 何度か声を出そうと試みるも成果は得られず、再びの吐き気が喉を突き抜け、黒い吐瀉物を嘔吐するばかり。



 何度吐き出したか分からなくなると、ようやく吐き気は収まり、ジルベリヒトは自室に戻ることが出来た。

 喉を傷めたのか、声は今も出ず飲み込む唾ですら若干の痛みを覚える。


「実物も見せてもらいましたがね、正直お手上げな状態なのね。何か心当たりはあるかな?」

(心当たり…やはり昨晩のゼーゲルマン嬢だろうか。 しかし、夜中に密会をしていたとあれば、彼女にも迷惑をかけてしまう。どうしたものか…)

「思い当たらないのね。喉に治癒魔法をかけてあげたいところだけど、状況が分からない以上は経過を観察して、それに伴った対応をするしかないの。魔法は万能じゃないからね」


 老医は申し訳なさそうに眉をハの字にし、ジルベリヒトの口内を確認する。


「魔力焼けに近い症状だけど、体内が焼けることなんて、滅多にないんだよねぇ。皮膚なら湿布薬があるけど、口の中に入れていいものではないし、喉に良いものを飲んでね」

「…。」


 ジルベリヒトはコクリと頷いた。


「というかね、ジルベリヒト君の雰囲気がだいぶ丸くなったし、今回吐き出したのは魔力と思っていいよ」

(……雰囲気が丸く?)


 使用人に紙とペンを持ってこさせ、筆談へと切り替える。


『呪いを感じなくなったのですか?』

「完全にではないよ。昔は…家ほどの大きさもある魔物と対峙している気分だったのだけど、今は膝ほどの犬くらいだ。このままの調子なら、他者を気にせず生きていけるかもね」


 筆を迷ったジルベリヒトは、何も書かずに照れくさそうな笑みを浮かべる。


(ありがとうございます、ゼーゲルマン嬢)



「そう。魔力が落ち着いたのね、本当に良かったわ…」

「本当に…、長かったな、ジル」


 涙を浮かべて喜ぶ両親に笑みを向けながら、ジルベリヒトは『どう説明したものか』と悩む。


(ゼーゲルマン嬢からそれとなく聞ければいいのだけど、初めて会った時には避けられていたし、嫌な雰囲気とも言われていたような…。大丈夫なのだろうか…?そもそも彼女は一体)


「もっと早くに吐き出せていれば、まだ王宮騎士団に勤めていられたのにな…」

『政治的な話なので、避けられない結果でしたよ』

「そんな悲観する必要はない。王女殿下とまでは行かなくとも、いい人が隣に立ってくれるさ」

「うふふっ、そうですよ。少ししたらお見合いでも組みましょうね」

『お手柔らかに』


(母上の温かい手を握るのは、いつ以来だろうか)


 リリアンネの手を握り返し、ジルベリヒトは心を落ち着けた。



「失礼します」

「あら、ヴァイリスカさん?ツィトローナさんに何かありましたか?」


 ジルベリヒトの部屋に入室したのはヴァイリスカで、お盆の上には陶器の器が湯気を立てている。


「実はジルベリヒト様が喉を痛めたと聞いたゼーゲルマン様が、“魔力焼け”に効く薬があるということで、こちらを用意いたしました。毒の検知と簡単な毒見を行いましたが、…悍ましい味であること以外は異常はありませんでした」

(悍ましい味…)

「ヴァイリスカさん」

「はい」

「何故ツィトローナさんが、ジルの魔力焼けを知っているのかしら?」

「それはですね、―――」


 時間は少しばかり戻っていく。

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