5話 ワタリガラス座の夜に
久々に横になった“僕”のベッドは少し狭く感じて、王宮騎士団勤めの長さを改めて実感させられた。
心に残り続けているのは、『婚約者との婚約解消』と『ゼーゲルマン嬢への接し方の失敗』。
前者は政治的な都合もあるけど、干戈ばかりを握って彼女を放っておいた僕の責任だ。
後者は、失敗したなぁ…。
騎士団勤めの魔法師たちも、僕の呪いに慣れてきていて…油断してしまった。
この呪いは僕を孤独にするし、誰かが僕を嘲るための材料にしかならない。
真鍮色の角と鱗、ほとんど見かけない黒い髪色、そして芯の通ったような固い意志を宿した黄色い瞳。
「はて?」
彼女の瞳は、他の人と違って怯えていなかった気がするし、「足が勝手に動いた」という言葉から嘘を感じなかった。
…態度はおどおどしている感じだったけど。生まれつきの徴に悩まされる者同士、仲良くできたらいいな。
「ぐぁっ!」
く、苦しい、内側から張り裂けそうな痛み。
…いつもの発作だ。
「はぁ、はぁ、」
なんだっていうんだ。
僕は…。
―
春の終わりだというのに夜風は冷たい。
けれど、この冷たさが苦しさと痛みを和らげてくれる。
「はぁ…」
満天の星空。
あの星々を繋げたら、なんていう星座になるんだったっけ?
確か―――。
「あの…、大丈夫ですか?」
後ろから聞こえてきた声に、僕は驚きつつも振り返る。
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「ぅぐっ!?」
ジルベリヒト様が頭を抱えながら苦しんでいる。
なんとなくだけど、この不快な感じは魔力なんだと思う。
そしてあの苦しそうな姿は、私にも経験がある。魔力が身体に溜まりすぎると、暴れ出して苦しくなるんだ。
「苦しそうですね…。身体の中の魔力を逃さないと…眠れないんじゃないですか?」
「できれば…苦労していません。はぁ…、僕も父も、多くの医者を頼り、方法を探していたのですが」
「そうなんですか…?」
魔力なんて放出すればいいだけだと思うんだけど、…とりあえず見てみよう。
「魔力量は多いけど抜けないほどじゃない、よね。嫌な雰囲気があるし、黒い靄々に見えるけど、でもこれって特殊な何かなのかな?」
このまま放っといたら大変なことになる、そんな気がする。
魔法を使えることが気付かれるのは嫌だけど、見捨てるのはもっと嫌だし…昼間の失敗は挽回したいっ。
「魔力を放出するだけなら、可能かもしれません…どうでしょう?」
私は布を絞るかのように、勇気を出した。
―――
「君は…僕を救ってくれるのか?」
「そんな仰々しいことじゃなくて、魔力を抜くだけです。 もし私が必要でしたら、手を取ってください」
ツィトローナは両手をジルベリヒトの前へ差し出し、反応を伺う。
「お願い、したい。苦しいのも、怖がられるのも嫌なんだ」
昼間のことを思い出したジルベリヒトは、ツィトローナの手に触れる寸前、自身の手を引っ込めようとしたのだが、彼女が一歩踏み込み手を固く握る。
「怖くなんてありませんよ」
(この魔力は不快だけど)
「っ!?」
(この子の瞳には嘘がない、気がする)
(婆ちゃんの手記にあった魔力放出の反閇。普段通りに足を動かすと、ジルベリヒト様からは反転しちゃうから、動きを逆にして…)
「ジルベリヒト様、私の足の動きをよく見て、見た通りに動かしてください」
「…分かりました」
ツィトローナはゆっくりとした動きで、反閇を刻みジルベリヒトに真似をさせる。
反閇を知らないジルベリヒトからすれば、意味のないダンスは不思議そのものなのだが、身体を貫かんばかりの痛みが正常な判断を奪っていた影響で、自然と足が動いていく。
「これが一連の動きです。もう一回やりましょう」
「ああ」
(ほんの少しだけど、黒いもやもやが剥がれた。繰り返せば身体が楽になる程度の魔力まで放出できるかな?)
同じ動きを二度三度と繰り返していくと、ジルベリヒトの身体を支配していた苦痛が軽くなっていき、思考の霧が晴れていくかのようであった。
(綺麗な真鍮の角だ。彼女は確か、ツィトローナ・ゼーゲルマン嬢……誰かと手を取って踊るというのは、こんなにも楽しいものなのか)
他者から疎まれ、他者を遠ざけていたジルベリヒトは、ツィトローナと手を取り、風変わりなダンスを踊ることを楽しみ始めていく。
(こんなにも身体が楽になったのはいつぶりだろうか。…不調に慣れすぎて日常となっていた、それに気がつくことができるとはね)
「ゼーゲルマン嬢、ありがとう」
「え、あっはい…どういたしまして。楽になりましたか?」
「ああ、心に翼が生えた、そんな気分だ」
「それはよかったです。あと何回か踊ればよく眠れると思いますよ」
「…ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
―
(黒い靄がだいぶ収まって、不快感もほとんど感じない。 やっぱり魔力が悪さをしていたんだ。…けど、お医者さんでも分からないものなのかな?)
反閇が終わったと判断したツィトローナが手を離そうとすると、ジルベリヒトが固く握る。
「あの…もう大丈夫かと」
「す、すまない!手を、離したくないと思ってしまってね、いや思いまして!」
「魔力が抜け出て疲れたからだと思いますよ。それじゃあ私は部屋に戻るんで!夜歩きしてたなんて知られたら怒られそうですし!」
「あっ…」
『待って』と言い終わる前にツィトローナは走り去り、月の見下ろす中庭でジルベリヒトは一人になった。
(ツィトローナ・ゼーゲルマン嬢…)
ジルベリヒトは手に残っていた温もりを握り、自室へと戻っていく。
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