4話 ジルベリヒト 3
(この人がジルベリヒト様なんだろうけど…足のいっぱいある真っ黒虫を見つけた時みたいな、不快感だ)
眼鏡越しで黄色い瞳に収めたジルベリヒトという男は、しっかりした体格に、リリアンネと同じ銀髪、優しそうな表情をした、瑕疵の一つもなさそうな人間。
しかし、その外見とは裏腹に、ツィトローナの本能が感じ取ったのは曖昧な不快感。
(嫌な感じ、悪い感じ、言葉にできない気持ち悪さが溢れ出ている。…あんまり近寄ってほしくないかも)
挨拶をしようと目の前までやってきたジルベリヒトに対し、ツィトローナは無意識に距離を取るように後ずさる。
「あっ、えっと、ごめんなさい」
「…いや、不用意に近づいてしまい申し訳ありません。不躾でしたね」
「いえ、私もなんか足が勝手に動いてしまったといいますか、本当にすみませんでした…」
(この子は、魔力を感じやすい人なんだ。年下の子に怖がられ避けられるのは、少し心が痛むな)
(どうしよう、失敗した。頑張って礼儀作法を練習したのに…)
二人のやり取りに、リリアンネを始めとしたシュタインフェステ家に関わる者たちはバツの悪さを覚え、『これが噂の体質ですか』とアプフェリアーネは納得する。
「あの…、私はゼーゲルマン男爵家のツィトローナです。行儀見習いでお世話になっていまして、よろしくお願いします」
失礼なままでは終われない、とツィトローナはぎこちなく自己紹介と礼を行い。
「僕はジルベリヒト・モルゲンレーエラント・シュタインフェステ。…あー、迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、よろしくお願いします」
気まずいまま、二人は初対面を終える。
―――
「失敗したぁ…」
私室に戻ったツィトローナは、机に突っ伏してシュテルンカビネットを指先で突く。
(でもあの感じなんなんだろう、他の人たちは感じてなかったのかな?次に会った時はもっと自然に振る舞えるようにしないと、グラーニア家政長に怒られちゃう)
「はぁー…」
大きなため息を吐き出したツィトローナは、自習用の教本を手に取り、失敗を忘れるかのように勉強へと打ち込んでいく。
―――
「不用意に近づきすぎてしまいましたかね…?」
「変に身構えさせないよう、ジルの体質を教えないでいたのだけど失敗でした。私の方から謝罪させて」
「いえいえ、僕が気安く近づいたのが原因ですから、母上に非はありませんよ」
ジルベリヒトとリリアンネが反省会をしていると、珍しく落ち込んだ様子のグラーニアが口を開く。
「ゼーゲルマンの魔力は多いと報告が上がっていましたし、感受性の高さを考慮しておくべきでした。申し訳ございません」
「頭を上げてくれ、グラーニア」
「坊ちゃま…」
「すみません、坊ちゃまはちょっと…」
「申し訳ございません、昔の癖が抜けず」
再度謝罪をしていると、侯爵であるスタイレンが席に加わり、茶を受け取る。
「なんだジル、まだくよくよしているのかい?ゼーゲルマン嬢もいずれ慣れてくれるさ」
「そうだといいのですが…。教育の邪魔にならないよう、早めにモルゲンレーエラント騎士団への入団手続きを行いますね」
「ゼーゲルマン嬢の様子を伺いつつ、手続きの時間は決めよう。帰ってきて直ぐに騎士団勤めじゃ、お父さん悲しいよ」
口をとがらせて道化るスタイレンに対し、一同は笑みを零して歓談を続ける。
「ところでゼーゲルマン嬢はどんな娘なんだい?両親が気難しいと言っているのだろう?」
「そうですねぇ。今のところは表立った衝突はありませんし、最近は二人がお帰りになると聞いて必死に礼儀作法の勉強をなさっていましたわ。ねえ?」
「はい。基本的に学びを好む性格なのか、教育から逃げようとしたり、管を巻いたりすることはありません」
「いい子じゃないか。なら何故?」
「ご両親の方針と合っていない可能性はあります。ゼーゲルマン家は子供が6人で、彼女は末子。他の兄姉と同じ感覚で接して、それが肌に合っていないのではないかと考えられます」
「なるほど。親と距離を置き、心を整理する時間だということか」
「はい」
グラーニアの分析に頷いたスタイレンは、『私にも覚えがある』と呟いて楽しそうな笑みを浮かべた。
「そうそう、ツィトローナさんは竜人であることに対して、コンプレックスを抱いているようだから、刺激しないであげてくださいね。出迎えの際も、騎士たちがあれこれおっしゃった影響で、ひどく表情を歪めていましたから…」
「…生まれつきの特徴をとやかく言われるのは、苛立ちますし、苦しくもなりますからね」
「ジル」
「はい?」
「もしツィトローナさんがジルの体質に慣れてきたら、仲良くしてあげてね」
「承知しました」
(生まれ持っての徴が悪しざまに言われる。彼女も僕と同じ境遇にあったと思うと、初対面で近づきすぎたことが悔やまれる。…気が滅入るね)
『人生は思い通りにいかない』と実感させられるジルベリヒトであった。
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